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麦秀に寄す心
夏に南へ旅することに
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ウーシーに頼まれた書きかけの設計ノート(板)を船に積んだ。
途中リケに立ち寄って商船の注文をする。
小さな帆船なのでひと月余りでできるらしい。
ただ数日、図書を読ませてもらいに訪れるのではなくなった。
領主として赴任する。
バレットは、ラグラスの町屋敷となる。
あの書類の空欄にラグラス領と記せば、話はぴったりできあがった。
グラントは朝の空気の中でため息を吐く。
コーマックのところの兵士は朝のうちに出港していった。
領主に土産話ができて、それは嬉しそうな顔で。
ケイレブは豪商の旅の護衛に雇われて都を離れた。
レイは仕事に戻った。
夏休みは取らないそうだ。
グラントは今、ケリーと一緒にセリッサヒルへと向かっている。
そしてものすごく怒られている。
「先生、私、学校は夏休みに入りましたよ?」
マーシャみたいな勢いで怒鳴ってきた。
「二ヶ月、学校はないんです!
先生が南の辺境領に行くなら、当然連れてってくれると思うじゃないですか!
どうして?! なんで留守番なんですか?!」
マーシャと同じ顔で、同じ声で、怒らないでほしい。
そばで鳥の魔物たちが笑っている。
「もし、彼女が行くって言った場合だよ。
その時にはケリーには大事なことを頼みたくて」
「辺境領に行くより大事なことなんて思いつきませんけど!
私は役に立てますよ?! いいんですか、頼りになるこの子を置いていって!」
「一緒に行きたかったよ。
だけどバレットはまだ人員不足で……」
「もうゴロツキなんていないんだから平気ですよ!
行きたい! 行きたい! 魔物のさとー!」
「ケリーには、セリッサヒルで留守居役をお願いしたいんだ」
「何ですかそれっ?!」
興奮した魔法使いは名誉な職に対しても叩き壊すような声色で尋ねた。
ひと呼吸おいて、何だそれはと改めて気づく。
「何ですか? それ」
馬の耳がぱたぱたとなった。
「シェリーの代わりに屋敷に住んでいてほしいんだ」
大役に、ケリーは大きな瞬きを二度する。
「君なら悪い人間が来ても撃退できる。
どこに魔物たちをつかいにやればいいかもわかる。
ケリーでないとできない役なんだよ」
学校の同級生を呼んでいいか。
孤児院の子ども達も一緒に住んでいいか。
お菓子を食べたいと言ったら買ってもらえるのか。
庭で転がってみても怒られないか。
ケリーは色々と確認し始める。
家令と家政婦長さんに相談するように言った。
すっかり目が輝いたケリーに、グラントは冷水を浴びせるようなことを告げる。
「夏の終わりにね、シェリーが出席する予定の舞踏会。
君も女中に紛れて護衛につくようにと言われている。
侍女としての作法を身につけておきなさい。
……て、シェリーのおばあさまからお手紙をいただいた」
「っ……はい」
侯爵家からの言いつけに、いやとは言えない。
思った通りシェリーの屋敷には一刻もかからず到着した。
ケリーが早速家令と家政婦長のところに相談に行く。
シェリーは屋敷の中を杖なしで歩いてきた。
重そうな装具の音がする。
「辺境伯」
シェリーが笑ってそう呼びかけた。
「ご無沙汰しております、殿下」
言い合ってから、お互いに吹き出す。
「ああ、こそばゆいね。
わたしはただのグラントだよ。魔法使いのグラント・ルース。
それだけだ」
「グラントの口から殿下なんて、くすぐったい」
グラントはシェリーを支えてホールに入った。
席に座り、任命にあたって不思議だった顛末を話す。
「アッシャー侯爵が推薦してくれたのは分かるんだけど。
二人の殿下まで揃って推薦してくださったことが不思議でならないんだ」
アリアに任命書を読んでもらった。
「ダヴィ殿下は、私のところに手紙をくれました。
一通だけですけれど」
「シェリーにとても好意的でいらっしゃいます」
グラントの膝の上に乗って、アリアは言い添える。
「まだお話ししたことはないのだけれど。
春先は毎年体調がすぐれないそうなの。
秋から冬にかけても病をもらうことが多くて。
ダヴィ殿下は体の不自由な私に非常に共感してくださっている。
よければ城壁内にある殿下の図書館を見にきてほしいと申し出を受けた」
「図書館」
幻の出来事が本当のことだったなら。
10代の終わりにはすでに図書室では収まらない量の本を読みこんでいた人物。
領民や家人にも心を寄せる優しい方だ。
「宴会の後で日を改めてとおっしゃっていたの」
「お返事は?」
「是非に図書館を拝謁いたしたいとお返事済み」
「グラントと行きますって言いました」
アリアがグラントの顎下をつついて言う。
「本当? 見てみたいと思っていたんだ。
ありがとう、シェリー。アリアも」
こういう話題の時、グラントの顔はきらきらしていることを、シェリーは知らない。
「宴にはグラントも招待されている?」
「招待状は受け取った。今、それでダンスの講習を受けていて。
……シェリー、よければ南の辺境領に何日か滞在して、一緒に練習してくれる?」
シェリーがグラントの胸元を見て、黙った。
遠慮がちに尋ねたグラントに、どう反応を返せばいいか迷っている。
視界の真ん中にあるのはアリアのおでこだ。
「ごめんなさい」
小刻みに肩を震わせながらシェリーが言う。
グラントの前で飛び上がって驚いて、急いで準備がしたかった。
しかし。
「そのお話は……」
「レイがすでに持ってきました。
グラントは絶対ラグラス領にシェリーを誘うから。
家人の方々は準備をしておいてくださいって」
「もう準備は整っていて、あとは出発するだけ」
「どこに? 準備?」
グラントの方が驚いて飛び上がりそう。
「バレットの帆船に、家財と人を乗せました」
「いつ?」
「今朝、グラントが港を離れてから」
あの人、何に忙しかったんだろう。
別にシェリーをびっくりさせたかったわけではないが。
グラントはこの場にいない不機嫌そうな人を睨んだ。
「もちろん行く。ナタリオさんは一ヶ月いってらっしゃいと」
「一ヶ月?」
グラントはケリーと話している家令を見た。
静かな表情はいつもと変わらない。
ケリーは信じられないような顔をして喜んでいる。
望みの全てが叶ったかのようだ。
「辺境領に一ヶ月? まだ人もおらず復興もしていない場所だよ?」
じじいのところとは違う。
「グラントがいれば」
シェリーがアリアの帽子をなでる。
「きっと楽しいことが起こるから。
冬にそうだったように」
期待に添えるかな、と一瞬不安になった。
しかし、彼女の言う通りかもしれないと思い直す。
魔物の血を引く者の住まう土地。
それにウーシーもいる。
楽しくないはずがないのだ。
途中リケに立ち寄って商船の注文をする。
小さな帆船なのでひと月余りでできるらしい。
ただ数日、図書を読ませてもらいに訪れるのではなくなった。
領主として赴任する。
バレットは、ラグラスの町屋敷となる。
あの書類の空欄にラグラス領と記せば、話はぴったりできあがった。
グラントは朝の空気の中でため息を吐く。
コーマックのところの兵士は朝のうちに出港していった。
領主に土産話ができて、それは嬉しそうな顔で。
ケイレブは豪商の旅の護衛に雇われて都を離れた。
レイは仕事に戻った。
夏休みは取らないそうだ。
グラントは今、ケリーと一緒にセリッサヒルへと向かっている。
そしてものすごく怒られている。
「先生、私、学校は夏休みに入りましたよ?」
マーシャみたいな勢いで怒鳴ってきた。
「二ヶ月、学校はないんです!
先生が南の辺境領に行くなら、当然連れてってくれると思うじゃないですか!
どうして?! なんで留守番なんですか?!」
マーシャと同じ顔で、同じ声で、怒らないでほしい。
そばで鳥の魔物たちが笑っている。
「もし、彼女が行くって言った場合だよ。
その時にはケリーには大事なことを頼みたくて」
「辺境領に行くより大事なことなんて思いつきませんけど!
私は役に立てますよ?! いいんですか、頼りになるこの子を置いていって!」
「一緒に行きたかったよ。
だけどバレットはまだ人員不足で……」
「もうゴロツキなんていないんだから平気ですよ!
行きたい! 行きたい! 魔物のさとー!」
「ケリーには、セリッサヒルで留守居役をお願いしたいんだ」
「何ですかそれっ?!」
興奮した魔法使いは名誉な職に対しても叩き壊すような声色で尋ねた。
ひと呼吸おいて、何だそれはと改めて気づく。
「何ですか? それ」
馬の耳がぱたぱたとなった。
「シェリーの代わりに屋敷に住んでいてほしいんだ」
大役に、ケリーは大きな瞬きを二度する。
「君なら悪い人間が来ても撃退できる。
どこに魔物たちをつかいにやればいいかもわかる。
ケリーでないとできない役なんだよ」
学校の同級生を呼んでいいか。
孤児院の子ども達も一緒に住んでいいか。
お菓子を食べたいと言ったら買ってもらえるのか。
庭で転がってみても怒られないか。
ケリーは色々と確認し始める。
家令と家政婦長さんに相談するように言った。
すっかり目が輝いたケリーに、グラントは冷水を浴びせるようなことを告げる。
「夏の終わりにね、シェリーが出席する予定の舞踏会。
君も女中に紛れて護衛につくようにと言われている。
侍女としての作法を身につけておきなさい。
……て、シェリーのおばあさまからお手紙をいただいた」
「っ……はい」
侯爵家からの言いつけに、いやとは言えない。
思った通りシェリーの屋敷には一刻もかからず到着した。
ケリーが早速家令と家政婦長のところに相談に行く。
シェリーは屋敷の中を杖なしで歩いてきた。
重そうな装具の音がする。
「辺境伯」
シェリーが笑ってそう呼びかけた。
「ご無沙汰しております、殿下」
言い合ってから、お互いに吹き出す。
「ああ、こそばゆいね。
わたしはただのグラントだよ。魔法使いのグラント・ルース。
それだけだ」
「グラントの口から殿下なんて、くすぐったい」
グラントはシェリーを支えてホールに入った。
席に座り、任命にあたって不思議だった顛末を話す。
「アッシャー侯爵が推薦してくれたのは分かるんだけど。
二人の殿下まで揃って推薦してくださったことが不思議でならないんだ」
アリアに任命書を読んでもらった。
「ダヴィ殿下は、私のところに手紙をくれました。
一通だけですけれど」
「シェリーにとても好意的でいらっしゃいます」
グラントの膝の上に乗って、アリアは言い添える。
「まだお話ししたことはないのだけれど。
春先は毎年体調がすぐれないそうなの。
秋から冬にかけても病をもらうことが多くて。
ダヴィ殿下は体の不自由な私に非常に共感してくださっている。
よければ城壁内にある殿下の図書館を見にきてほしいと申し出を受けた」
「図書館」
幻の出来事が本当のことだったなら。
10代の終わりにはすでに図書室では収まらない量の本を読みこんでいた人物。
領民や家人にも心を寄せる優しい方だ。
「宴会の後で日を改めてとおっしゃっていたの」
「お返事は?」
「是非に図書館を拝謁いたしたいとお返事済み」
「グラントと行きますって言いました」
アリアがグラントの顎下をつついて言う。
「本当? 見てみたいと思っていたんだ。
ありがとう、シェリー。アリアも」
こういう話題の時、グラントの顔はきらきらしていることを、シェリーは知らない。
「宴にはグラントも招待されている?」
「招待状は受け取った。今、それでダンスの講習を受けていて。
……シェリー、よければ南の辺境領に何日か滞在して、一緒に練習してくれる?」
シェリーがグラントの胸元を見て、黙った。
遠慮がちに尋ねたグラントに、どう反応を返せばいいか迷っている。
視界の真ん中にあるのはアリアのおでこだ。
「ごめんなさい」
小刻みに肩を震わせながらシェリーが言う。
グラントの前で飛び上がって驚いて、急いで準備がしたかった。
しかし。
「そのお話は……」
「レイがすでに持ってきました。
グラントは絶対ラグラス領にシェリーを誘うから。
家人の方々は準備をしておいてくださいって」
「もう準備は整っていて、あとは出発するだけ」
「どこに? 準備?」
グラントの方が驚いて飛び上がりそう。
「バレットの帆船に、家財と人を乗せました」
「いつ?」
「今朝、グラントが港を離れてから」
あの人、何に忙しかったんだろう。
別にシェリーをびっくりさせたかったわけではないが。
グラントはこの場にいない不機嫌そうな人を睨んだ。
「もちろん行く。ナタリオさんは一ヶ月いってらっしゃいと」
「一ヶ月?」
グラントはケリーと話している家令を見た。
静かな表情はいつもと変わらない。
ケリーは信じられないような顔をして喜んでいる。
望みの全てが叶ったかのようだ。
「辺境領に一ヶ月? まだ人もおらず復興もしていない場所だよ?」
じじいのところとは違う。
「グラントがいれば」
シェリーがアリアの帽子をなでる。
「きっと楽しいことが起こるから。
冬にそうだったように」
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