ただの魔法使いです

端木 子恭

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半輪の月を眺む

復興に向かう砦

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 氷の色をした大きな湖。

 それが人魚のトーニャが守る場所だ。

 山が迫る位置にできた湖には大きなくびれがある。
 その突き出した半島に城が建っていた。

 少し前までは対岸から船で渡るしかなかった。
 今は湖を回るように道ができている。
 
 敵兵を港に帰すため、グラントが整備しまくったものだ。
 その後舗装したのはトーニャの配下の魔物たち。

 彼女の腹心は湖に住むエビだった。
 小柄だが知恵者で、主人の願いならばなんでも叶えると気合の入った従者である。
 そんなエビの指揮下で舗装作業を頑張ったのは、湖に数多棲む亀の魔物たちだ。

 城同士を繋ぐ舗装路の整備は急務だったとして。
 鉄砦までやけにきれいな街道を完成させたのは、多分に主のわがままであった。
 


 シェリーがラグラスで滞在するのはトーニャの城である。



 ラグラスで一番静かなところだ。
 主城へ通って日中をそこで過ごし、夜にはまた湖へ戻る。


「シェリー、鉄砦に出発する」

 朝食後、そう言われて読書を切り上げた。
 アリアを隣に座らせて鉄砦へ向かう。

 湖からそちらへ向かうということは、山に行くということだ。

 右手に黒々とした山がある。
 真ん中より上は夏でも雪をかぶっていた。


 鉄砦はその山から流れてきた川に分断されたまちである。


 溶鉱炉のある地区と、ウーシーが修道院を建てたという地区。
 二つを繋ぐのは、広く大きな石の橋だ。





 ラグラスに到着した日。
 海砦のあるまちでは住民が集まって歓迎してくれた。

 グラントの友だちならもうラグラスのみんなと友だちと言われた。
 精霊たちも馴染んでいて、出遅れたアリアは本当に驚いた。

 
 家人が忙しく荷下ろしをしている間、グラントの精霊たちはここがどんな土地かを一生懸命シェリーに教えてくれた。

 グラントは子どもの頃、この領地の端を通って王都へやってきた。
 オークの本体である砦はこの土地にある。
 今はウーシーが鉄砦の頭領だ。


 鉄砦は少し前までシチという花の精霊が守っていた。
 ウーシーは彼女の功績に敬意を表して、修道院を建てた。
 院の名前はシチだ。

 
 修道院にはもう見習いの子どもたちが住んでいる。
 親がいなかったり、事情のある子どもたち。

 修道院の敷地にシチの残した作品をみんなで飾ったそうなのだ。
 それを今日は見られる。


「グラントは今日、山の方に行っているそうなの。
 先に修道院で昼食をとっているようにと言づてがあったそうよ」

 馬車の中でトーニャが言った。

 膝まで届くような長い赤毛を侍女にまとめさせて座っている。
 その侍女はずっと昔から湖に住んでいる魚の化身なのだという。

「待っている間、ウーシーがシェリーに見せたいものがあると言っていた。
 楽しみね」

 トーニャの声はウーシーのことを話す時、弾む。

 彼女はいつも感情の動きがよく表れるような口調で話した。
 シェリーはそれがとても楽に感じる。

 鉄砦に近づくと、崖崩れのような音がこだましてきた。

「何でしょう、この音」

 アリアと不安げに尋ねる。
 トーニャは何でもないというように答えた。

「グラントが鉱山に入って岩盤を砕いてる音よ。
 魔法って便利よね。人間がツチで地道に掘り出すよりも早い」
「すごいですね。グラントは……」

 思わず呟いたシェリーに、人魚は反論する。

「普通ではないかしら」

 また基準のあやふやな言葉が出てきた。

「グラントはそういうことができる魔法使いだもの。
 あの杖を持っている者としてはできて当然でしょうね。
 シェリーだって遠慮せずにグラントにどんどん頼み事をしていいのよ」

 主城を守るエルネストは、グラントに新しくできた農村地域の整備を頼んでいた。
 海砦のダルコは隣国からの人間が急に増えた港町で法整備を催促している。
 森砦のラーポだって広大な辺境領の枝払いを頼んでいた。


 そして鉄砦のウーシーは、鉱山の岩盤を粉砕しろと要求している。

 
 それに応えているグラントはやはりすごいと思うのだ。
 シェリーはこの土地で自分が魔法使いなんて名乗ってはいけないような気持ちになってしまう。

 


 修道院では子どもたちとサイラが出迎えてくれた。
 
 急いで作った平屋の建物。
 ウーシーが所属している宗教のシンボルマークがついている。

 敷地は広かった。
 修道院の前にシチの作品が飾られている。

 シェリーは手で触れて、大きな造形物であることに驚いた。
 花の精霊はたくましい者だったのだ。


 作品の展示の向こうには小さな畑と、小屋がある。


「シェリー殿下。こちらへ来ていただけますか。
 ウーシーから紹介しておくようにと言われているものがあります」

 サイラがシェリーの手を取った。
 畑を通り過ぎると、敷地は舗装路に変わる。

 こんなところに何だろう。

 シェリーは辺りをうかがうように顎を上げた。

 重いものを積み込む音がする。
 何人もが近くで作業中だ。


「鉄道です」


 階段を登らせながら教える。

「私とウーシーで機関車を作りました。
 部品が多くて、間に合わないかと諦めかけたこともありましたが」

 工具の精霊はシェリーを支えて客車の中に招いた。

 蒸気の噴き出す音がする。
 初めて乗る乗り物に、シェリーはため息をついた。

 レイは外国で乗ったことがあると言っていた。
 アリアに読んでもらって知識はあったけれど、実際に乗ってみるとこんなに迫力ある乗り物なのだ。
 
 王都では材料不足で着手できない。
 セリッサヒルまでこれを通したいと言っていた。

「これがそうなの」



 そばでアリアが感嘆の声をもらす。
 サイラはちょっと自慢げに笑った。

「今日は試運転を予定しています。
 家人の方は不承不承でしたが、ゆっくり行きますし。
 グラントがいれば殿下の身に危険は及ばないと申したら許可くださいました」




 昼食後、修道院にやって来たウーシーが台帳をつけていた。
 アリアは叫ぶほど驚く。
 
 あの、好きなことしかしないウーシーが。
 まともな人間のようなことをしていた。

 シェリーが昼食を取ったのを確認すると、ウーシーは待ちきれなかったように新しい装具を見せる。

「これね、サイラと作ったの。
 だからすごくいい物だと思うんだ」

 工具の精霊サイラ。
 彼女の宿る道具で作ったものは良品になる。


「軽い」

 手に持ったシェリーは驚いた。

「そう。軽いの。それに木より造形が容易い。
 サイラが教えてくれた鋼は折れにくくて。
 それを部品に使ってるんだよ。
 今のより絶対いい。使ってみて」

 今の装具は主な部品が木でできている。
 脚に固定する部分の芯は鉄で、非常に重かった。

 新しい方を装着して立ってみる。
 感じが違って不安定だが、杖をついていれば問題なかった。


「ありがとう。ウーシー」


 また一段と自由になったような感覚に、シェリーは笑った。



 競うようにシェリーを支えるトーニャとサイラに挟まれる。
 二人とも連れて行きたい方向が違って言い争いになった。
 見習いの修道士たちがはらはらしている。


 アリアが主人の気配に気付いて外へ走っていった。


「グラント、シェリーを取り合いされています」

 むう、と口を尖らせる精霊を抱き上げる。

「本当だ」

 そう言った声が笑いを含んでいた。
 ウーシーは台帳を閉じてカバンに入れる。

「戻ったな。行くか」
「うん」

 その顔を見上げるアリアがまた驚いていた。

 シェリーに装具の様子を尋ねるグラントの顔。
 いつもどこかぼうっとした顔をしている主人の顔が。

 ここでは楽しそうに笑っているのだ。
 

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