ただの魔法使いです

端木 子恭

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Allied Forces

潜ませたもの2

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 壁際に立って、グラントは迷っていた。


 ゲームに狂乱した目の貴族たちを見ている方がいいか。
 眉間がどうも具合悪そうなグイドを見ている方がましか。

「グイドは冬の間、殿下の護衛をしているの?」

 ゲームのやり方を学ぶよりグイドの情報を集めることに決める。

 グイドは木製の棒を指に挟んで弄ぶカーラを見やった。
 まだまだ区切りは来ない。

「殿下の護衛は今日だけだ。上司から命令された。
 冬はいつも高官の屋敷の護衛につく」
「住み込みで?」
「そうだ」

 それは、かなり大変そうだ。
 冬は都の政治の繁忙期とポーターが言っていた。
 高官のお客様に何かあってはいけない。

「大変な仕事だね」

 グラントが言った言葉の意味を、穿つような視線が来た。

「そのままの意味だよ。屋敷の護衛業務は大変だろう?
 休みと言っても職場にいるんだから」

 グイドが苛々したようにため息をつく。

「君はもともとこの国の人?」

 突然そんなことを聞く魔法使いは、彼にきつく睨まれた。

「聞いちゃいけない事だったらすまない。
 わたしは生まれた場所の記憶はないが、幼い頃シュッツフォルトに流れ着いたんだ。
 領地が突然戦場になってしまって、杖を持たされて逃げてきた」

 その話に、グイドは肩をややグラントの方へ入れる。

「……焼け出された」
「うん。……ん?」

 自らの話なのだと気がついて、グラントは彼の少し尖らせた口を見た。

「俺は島ひとつ丸ごと領主のものっていう場所で育った。
 ある日大人たちが争いを始めて収集がつかなくなったんだ。
 それで海へ逃れて、……」

 グラントはそっと自分の耳に触れる。

「小舟に乗った。それもいつの間にか転覆して、気がついたら港にいた。
 十四の時だ。そんなに幼い頃じゃない」

 小舟で、誰かと二人でいる光景が浮かんだ。
 お互い背中を向け合って、話も弾まない。
 相手は細い肩のひとだった。黒髪から海水が滴っている。

 港についた時にはグイド一人だった。



「その時、この国の高官に拾われた。
 養子の先も見つけてもらって、俺は貴族のもとで暮らすことができた」

 グイドの目に感謝が浮かぶのを、グラントは新鮮な気持ちで受け止める。

「友だちは? どうなったの?」

 何気なく聞いたグラントは、また頑なになった空気に失敗を悟った。
 表情が変わらないうちに言い直す。

「その島は今、どうなってるの?」
「さあ、行ってない。話にも聞かない」

 むっと黙り込んでしまった。

 ケイレブはどうやってこの人と話を弾ませることができるんだろう。
 それはもう特殊能力ではないか。



 カーラがテーブルを離れる。ほっとした。

「ありがとう、辺境伯。お話がしたくて呼びつけてしまったんです」

 壁際の椅子に座る。

 気が高揚していた。弾んだ息を整えている。
 足をばたつかせてまだテーブルを見た。
 グイドに促されて用件があったと思い出す。

「私、冬にあなたの知り合いにお世話になったんです」

 グラントは思わずテーブルの貴族たちを覗った。
 聞かせていい話ではない。
 カーラはそんな様子をふっと笑った。

「ここにいる人たちは私の遊びに関する話は全部知っています。
 お気遣いはいりません。
 誰が告げ口したのかも、分かっていますよ」

 脅すような雰囲気はなく、無邪気にされていると、どこかシェリーにも似ている。

「報復なんて考えてません。それよりも、胴元の方のお話です。
 ラグラス公の親しい方だとお聞きしました」
「親しいは、見方によります」

 アリアなどは否定派だ。

「同じ院で育って、世話を焼いてくれました。
 いいお姉さんでしたが現在は違います」
「お姉さんですか」

 カーラは鼻歌でも歌いそうな口調で繰り返す。

「お姉さんは私の素性を見抜いておられた?」

 裁判では顔を合わさなかったのだ。
 特別な配慮のもとに裁きが進んだ。
 このカーラを犯罪者の目に晒さないため。

「聞いたことはありません。わたしは、彼女の生業の話を聞いたことがない」

 賭博には伯爵家の侍女の身分を借りて参加した。
 カーラは侍女にも、その家族にも、王宮にも迷惑をかけた。
 きっと助けられるのが当然で、なんとも思っていない。
 
「そうなのですか? あなたが運転資金を出していたって噂が立っていますよ」
「確かな話ではないのですよね?」

 マーシャが吹聴したのか、カーラが思いこみを言いふらしたのか。
 面倒な噂話で裁判に呼ばれたのだとげんなりした。
 
「彼女の犯罪に加担したことはありません。
 だからよく怒られていました。周囲に確かめてもらえばすぐにはっきりします」

 うっそりとグラントは宙にため息をつく。

「姉の罪は賭け事だけです。命を奪われるような罪は犯していない。
 累積して寿命が先か刑期の満了が先かというようになるでしょうが。
 彼女は腕っぷしも強いので、あまり心配はしていません。
 ……もし万が一命を落とすようなことになったら、謀を疑います」
「大切なお姉様なんですね」

 初めて一瞬だけカーラと目が合った。
 怖いもの知らずな輝きをしている。
 それはすぐにテーブルへと移っていった。

「私はね、父とこうやってゲームで遊ぶのが大好きでした。
 もっと幼い頃から夜通し遊んだりして。
 母との思い出は小言しかないけれど、父との思い出は楽しかったことばかりです」

 カーラは花のような笑顔で話す。

「父は私と遊戯室で過ごすのが一番楽しいと言ってくれます。
 私が欠陥品でなくて良かったと喜んで遊んでくれるのです」

 誰に何を言っているのか、きっとカーラは知らない。
 グラントの背中がそっと苛立ったのを、知らない。

「お姉さんのゲームも楽しかった。結果は大負けでしたけれど、また参加したいんです。
 あの時はいろいろ学びがありました。なんとかなってしまうものだと」

 学んでいない。

「それでね、ラグラス公。提案があるのです」

 胸の前で指を組んで、カーラはグラントを見上げた。

「もし、お姉さんが牢獄を出て、外に幽閉などの処分になったら。
 そうなったら、今よりは安心できるんじゃないかしら。
 趣味の範囲の事業なら、認めてあげてもよろしいですよ。
 私がそのように命じることもできます」

 誰かの負けがこんでいくにしたがってカーラの腰がそわそわと浮き出す。

「そうしてあげましょうか? もし、ラグラス公が」

 飛び跳ねるように立ち上がった。

「私の味方についてくださるなら。すぐにでもいたします」

 さっと空いた席につく。
 チップを台にぶちまけるように広げた。
 
「味方とは?」

 聞こえているか確信なくグラントは尋ねる。

「父の侍従レミーが言うのです。
 きっと近い将来内乱が起こるんですって」

 カーラの口にした異説にも、その場の貴族たちは無反応だった。
 聞こえないくらい熱中しているのだと思ったら、薄ら寒くて首筋が粟立つ。

「父は大したことないっておっしゃるの。
 騎士団があるのです。反乱なんて起こしても意味ないでしょう。
 けれどレミーは個人についてくれる軍を確保しておくようにと。
 彼も探してくれているのですよ。
 ただ、今日はせっかくご縁のあるラグラス公が王宮にいらしてるのです。
 打診してみるべきですよね?」

 打診。
 
 気の重い話にグラントは目を伏せた。

「私を守っていただきたいの。辺境伯の軍に」

 気前よく賭け金を積み上げてカーラが言った。
 配られたカードを真剣に吟味する。

 真剣に考えるべきはカードの手ではない。

 国の有事の際にこの殿下は、自分だけを守らせる気なのだ。
 主力の一を担うべき辺境領の軍に対して。

「反乱の危険があるのなら、よく話し合うべきなのでは?
 不満を持っているのはどなたなんですか?」

 カーラはしばらく答えられなかった。
 ゲームが回り始めてそれどころではない。
 だいぶあってから「森の公爵ヴァルト」と短い返事がきた。

「ではその方のところへ赴くべきでしょう?」
「行かない。煩わしいって、父が言ってました。
 追放の憂き目にあったのは今のウィラード卿のお爺さま。
 現公爵は都を知らないのですよ。
 今さらいらしたらきっと驚かれます。昔と全然違いますもの。
 それを知らずにまだお爺さまの時代の王都だと思って攻めてくるのなら哀れです」

 父でなくとも。

 王位継承権が第三位のカーラが行けばいい。
 自分の将来に関わることなのだから。
 
「手紙のやり取りはされてるのですか?
 内乱とは、大事ではないのですか?
 カーラ殿下がお心を砕くことだってできますよ」

 重ねて言うグラントの言葉はもう断片的にしか入ってこないらしかった。
 途切れ途切れに届く諫言に眉を顰めるさまはまさにジャックスである。

「ラグラス公は私の味方になってくださるのですか、そうではないのですか」

 考える邪魔になることをさっさと押し退けたいと言いたげな声色だ。
 グラントは束の間口を閉じる。

 シュッツフォルトの都は、ジャックスから数十年間このような考えのもとに統治されるのだ。
 誰かがやってくれる。 
 自分ですることは楽しいことだけ。

 臣下に、レミーに放任する。


「嫌です」


 自分でもはっきりと言いすぎた自覚はあった。
 さすがにテーブルの貴族たちがグラントを振り返る。

 カーラは数秒遅れて断られたことに気がついた。

「なんて……?」

 グラントは扉に手をかけるところだった。
 振り返ったとき、瞳は吸い込まれそうな黒い色をしていた。
 それを見てカーラは息を呑む。

「嫌です」

 顔はいつも通りうっそりしていたが、はっきりとした拒絶だった。
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