115 / 175
昔話
Wald 3
しおりを挟む
足の速い小さな帆船で使節に追いついたジェロディは、すぐに幻術を解いた。
ジャックスの突然の高慢に辟易していた家人たちは、魔法だったのかと安堵した。
もう大丈夫かと引き返そうとしたジェロディを引き止めた者があった。
ジャックスの上司にあたる騎士レミーだ。
「任務が嫌でわがままを言っているのだとばかり。
気づいていただいてありがとうございます」
丁寧な物腰に、ジェロディはどうしてか不愉快なものを感じる。
「私が気づいたのではないよ。
罪人を連れているから、長居はしない。それでは」
「お待ちください。ジェロディ」
同じバロールの制服を着ているが、口を聞いたことなどない。
レミーは頭を下げたまま尋ねた。
「連れている罪人とは、過日脱獄したガンナーでございますか。
もともと我が騎士団にいた、魔法使いの」
「だったらなんだ」
「彼が逮捕される前、私はお世話になったのです。
親身に相談にのってくれる方でした。
お話しすることは叶いますでしょうか」
軍人らしからぬ柔らかすぎる口調が気持ち悪い。
ガンナーが脱獄したという話をどうして知っている。
その耳の早さにもいい感じはしなかった。
「親身に相談……?」
裏稼業で忙しかったガンナーにそんな心の余裕はなかったように思う。
ひとを思いやる気持ちが残っていたら、あんなことはしなかった。
「もしかしてガンナーに身支度させたのはおまえか」
「いえ、滅相もございません。
ただ館に訪ねてはいらしたようなのです。
私は直接会ってはおりませんが、従僕からそのように伝わっております」
「……もうこれ以上面倒は容赦してくれ」
その時奉公していたジャックスを幻術にかけたのだろうか。
それとも、レミーは……。
証拠がないことを口に出しても面倒が増えるばかりだった。
ジェロディは苛々と踵を返す。
「もうガンナーと関わるな。以前のあいつじゃない」
「承知でございます」
最後まで嫌な感じのする声だ。
ジェロディは振り返らずに帰路についた。
もうこれ以上面倒は抱えたくない。
なのに、牢獄へガンナーを送り届けた帰り、馬でジェロディを探し回っていた者から複数詰め寄られた。
「すぐに王宮へ上がってください」
「い……」
いやだ、と思わず言いそうになって舌を噛む。
若干呆れた表情で警備隊の一人は乗ってきた馬を差し出した。
「突然熱病が発生したのです。
現在、城に残っていた人間のほとんどが罹患しています。
我々は外の警備をしていたせいかまだかかっておりません」
「突然って、いつだ」
「ホルスト殿下の発たれた日です」
面倒この上ないタイミングに頭を抱えた。
最初に熱が出たのはホルストの妃殿下だった。
次が第二王子、王陛下とどんどん広がっていったという。
それと、と城の警備兵は遠慮がちに切り出した。
「市井にておかしな噂が広がっているようです。
あなたを探す道すがら聞かれました。
ホルスト殿下が奴隷を買い集めているというのは本当かと。
そんなことをなさる方ではありません。
しかしあまりに多くの民が知っている噂のようなのです」
「私だってそんな噂知らないし、事実じゃないと思うね」
頭から手を離してジェロディは呟く。
面倒だ。
「とにかく私は急いで城に向かう。
馬をありがとう」
王宮では、外から帰ったばかりのジェロディはまずダヴィのもとに遣わされた。
不思議なことに今回彼に熱病の兆候はない。
第四王子ローガンが持ち帰った薬草を調べているところだった。
とても珍しい薬草で、魔除けにもなるのだと。
そういう話でローガンが土産にした。
魔除けとして効果があったのかは不明だが。
お守りにとっておいたらいいと笑って館を出る。
王のもとには高位の術師が集結しているはずだ。
ジェロディは症状の重い王族から順番に診て回る。
第二王子はすでに意識がなかった。
単なる病とは違うことはすぐに分かる。
何かの痕跡があった。
もう魔物などの姿はない。宿主はかなり危険だ。
発熱に対してはあまりできることはなくて、兵士たちと一緒に薬湯を配る。
その間にも症状が出る者は続々と増えた。
感染とは異なるのに、対象者が筋道だっていないため呪詛とも言い切れない。
翌日になると、第二王子の一家と、王女夫妻が亡くなった。
先だって没した第三王子の息子一家も息を引き取った。
呪いか病かはっきりしないまま、第四王子の妻が倒れたと報告が入る。
同じ頃に熱が出始めたローガンのもとを訪れた。
寝室に入るなりジェロディが杖を手に握る。
「つかまえた」
静かに言った。
ローガンの体にくっついている小さな魔物を引き離す。
「おまえ、仕事に来たところだな。
誰が遣わしたんだ。術者のところに案内しろよ」
魔物はまだ厄災を運び終わっていなかった。
動きを封印されておどおどと人間たちを見上げる。
ジェロディが杖の足で床にはたき落とした。
小脇に細長いものを抱えている。
魔物は呪詛の種のようなものを植え付けるようだ。
根をはられてからは取るのが厄介そう。
急に体調が回復したローガンは驚いてジェロディを見る。
魔法使いは足元に手を伸ばしていた。
「だ、れ、の、命令だ」
魔物を鷲掴みにして問う。
動けなくされた魔物は悔しそうに暴れていた。
「王宮内か? おい、早く言え」
頭の上に高く掲げて大きく振ってやる。
魔物は揶揄われていよいよ怒った。
「仕事を終えたら人の命を一つもらう約束なんだ。
これを植えるのは誰でもいいんだぞ。
おまえに植えてやるから」
「へー……」
ジェロディはすっと目を細める。
まずい。
思い出してしまった。
あの噂。
ホルストの屋敷に奴隷を集めている。
「んー……」
一秒悩んで確かめに行くことにする。
ローガンの家人たちには彼はもう平気だと伝えた。
病ではなかった。
元凶を今から確かめにいく。
「殿下、ご子息と一緒にいるといいですよ。
土産に賜った薬草、大当たりでした」
にこっと笑って部屋を出た。
ホルストの館は城の背後にある。
他の王族の誰の館からも遠かった。
夜になるとそこまでの道は寂しい。
物資の消費を抑えるためにホルストが外の蝋燭をやめていた。
騒ぐ魔物をつまみながらジェロディは向かう。
仕事の種を取り上げられて不愉快に顔を歪めていた。
あれの対抗策は呪い師たちに任せる。
ついていけなかった任務を思い出しながら道を歩いた。
ホルストは確か帰還兵の休憩場所としても公開していたはず。
なのに今、明かりが見えない。
日暮前に全てを終わらせて日没とともに就寝するなんてことがあるか。
杖を地面に差し向けた。
「リビー、来てくれ」
仲の良い精霊を呼び出す。
リビーのとげとげした葉に打たれると、小さな魔物くらいなら消し飛んでしまうのだ。
手元の魔物が震え上がる。
「行くかぁ」
その言葉と同時に手の中の魔物を放り投げた。
「承知したよ」
穏やかに応じた木の精霊は、裏腹に強力な一打で病の運び手を滅する。
ジェロディが走り出した。
木の精霊はジェロディの魔力で支えられる範囲を動く。
今は杖の先に限定されていた。
「何があったの?」
のんきなリビーは魔法使いの頭の上から尋ねる。
「誰かが病を運ぶ魔物を呼んで放ってる。
一人の命を奪うのに一人の命を消費してるみたいだ」
「ひどいねえ」
精霊の嘆息に合わせて、枝が鳴った。
館の中に人影が確認できる。
ジェロディは思い切り杖を振った。
「行ってこい、リビー」
魔力がレールのように敷かれる。
その上を通ってリビーは屋内に入った。
枝が軋む音が外まで聞こえてくる。
ジェロディは主人用の出入り口から中に入った。
真っ暗な廊下を進む。
ホールに入ったところで何かが足に当たった。
戦場でよくある感触に沈鬱なため息をつく。
引っかかりながら奥へ行く。
寝室を全て確認した。
生きている人間には会えないのかと諦める。
廊下の隅で物音がした。
「誰?」
近づいてみると子どもだった。
ホルストには孫が三人いる。
その中の一人だ。
「……ウィラードです」
倒れた鉢植えの陰から出てこられずに、小さな声が答える。
一番大きい孫だ。
いま五歳のはず。
「ここで何をしてたんです?」
「魔除けを……」
彼がひっくり返したのは魔物を祓うと言われる木だった。
鉢から引き抜いた木を両手で握っている。
これで戦おうとしていたようだ。
「賢明でした」
ジェロディが手を差し伸べる。
しかしウィラードは壁に身を寄せて拒んだ。
「誰も。城の呪い師や神官以外には誰にも触れてなはらぬと言いつかっています」
その頑なさも致し方ないかと、ジェロディは手を引っ込める。
「他に魔物の仕業と気づいたご家族はいますか」
ウィラードは小さな頭を横に振った。
「ご不在にしていたご家族は?」
「お祖父様と、父上が」
それならばホルストの子息だけは助かっているのかもしれない。
ジャックスと同じ用件かな。
戦を仕掛けた相手国へ謝罪の旅。
そこへ、松明の明かりが窓から差し込んだ。
屋内の様子が照らされて、高い声の悲鳴が上がる。
ジェロディが動揺して子どもの目の前に屈んだ。
「もうことは終わっています。
魔物は今、私の精霊が打ち倒しているところです。
怖いことはこれ以上……」
必死に宥めているところへ兵士の足音が聞こえてくる。
煩わしいやら慌てふためくやらで挙動不審なジェロディは、すぐに取り押さえられた。
「ジェロディ? 何してるんですか?」
誰かがものすごく不審そうな声をかける。
「第四王子に取り憑こうとしてた魔物を調べにきたんだよ。
ここが発生源じゃなきゃいいなと思って確認しにきただけ。
なんでおまえら踏みこんでんの?」
槍の背で背中を突かれてむせこんでいた。
リビーが兵舎で暴れている、と報告が入っていよいよ怪しくなる。
「リビー、こっち来い」
杖を取り上げられる前にジェロディは叫んだ。
すぐ目の前に杉の木の精霊が顔を出す。
兵士たちを遮るように枝を左右に振っていた。
「ジェロディは本当に調べにきただけですよー」
なんとものんびりした証言にがっくりくる。
「ここから術師の気配がしたのです。
僕の葉は尖ってて、魔物をやっつけられますからねえ。
ジェロディは僕に魔物をやっつけるように命じたんですもの。
悪者ではありませんよー」
「リビー、もういい。気持ちだけでいいや」
ジェロディが止めた。
どんどん兵士の顔がヤバくなってる。
ふざけていると心象が悪くなりそうだ。
「地下に術師がいたんだな。
魔物を仕事前にやっつけたから捧げ物にならずに済んだ人間がいる。
話を聞いてくれ。私が呪詛に関わってないと明らかになる」
杖を放って兵士に渡した。
拠り所を失ってリビーの姿が掻き消える。
「ウィラード殿下。どうです?
彼らとならここを出ることにしてもよろしいですか?」
廊下の隅で固まっている小さな子に聞いた。
首を振って拒否している。
「殿下は城の呪い師や神官とのみ行動をともにせよとの言いつけを守ってる。
呼んできてくれ」
兵士が何人か城へ向かった。
ジェロディはそうしてもう一度ウィラードを振り返る。
「もうすぐ父上も戻られますよ。
しっかり言いつけを守ったと報告いたしますね」
ジェロディは兵士に取り囲まれているとは思えないくらい穏やかに話した。
「父上に言われたのではありません」
ウィラードは硬い表情で言う。
「私に忠告くださったのは、騎士団の方です。
父上を呼びにいらした、バロールの」
ジェロディは表情を動かさないまま首を傾けた。
「どんな団員ですか? 名乗りましたか?」
「名はお聞きしませんでした」
「何か特徴は覚えていらっしゃいますか?」
少し考えて、ウィラードは辿々しく答える。
「あまり見ない瞳のお色でした。
灰色の」
誰のことかと兵士たちが推しはかり始めた。
「いつのことです?」
ジェロディの声がかたい。
ウィラードは答えを間違えたかと身構えた。
「正確には、もう分かりません……」
子どもを怯えさせてしまったことに気がついて、ジェロディは頬を緩める。
「殿下の情報でより多くのひとが救われますよ。
ありがとうございます」
もし魂が動かせたら、いますぐ牢獄に行っているところだった。
神官が迎えにきて、ウィラードは城で休むことができた。
ジェロディは血生臭いホルスト邸で徹夜で事情を聞かれた。
翌る日の午後になってやっと杖を返してもらえたものの、まだ館を出るなという。
夕暮れにはさらに悪い知らせを受けた。
「ジェロディ、コーマックが怪我をしてた」
ホルストの隊の帰りを見張らせていた木の精霊たちが教えにくる。
「どんな?」
館の窓から見える木々がしばらく相談していた。
葉の擦れる音がする。
「雷が石に当たって、馬が死んだ」
「馬? じいさんは避けたのか?」
「違うらしい。当たったけれどなんともなかったって」
「石が? 雷か?」
どっちにしろ、馬が死ぬような衝撃を喰らってなんともないはない。
「いつ戻る?」
「船が明日の夕刻には港に入る。
そうしたら夜には城壁の外に来るだろうって」
「急げるか? みんなで手伝って船がもっと早く港に着くように」
木の精霊たちは尻込みし始めた。
「塩は苦手だなあ」
「岸から枝を伸ばして押してくれるだけでいい」
「うーん…」
その様子にジェロディが短気を起こす。
「コーマックが帰途で天に帰ったら、全員切りっ倒してやる」
杖を床に差し向けた。
思いきり振って指令する。
「いけるやつ全員で行って船をひいてこい!
日の出には港につけろ!」
悲鳴のような声とともに木の精霊たちが走り去った。
ジャックスの突然の高慢に辟易していた家人たちは、魔法だったのかと安堵した。
もう大丈夫かと引き返そうとしたジェロディを引き止めた者があった。
ジャックスの上司にあたる騎士レミーだ。
「任務が嫌でわがままを言っているのだとばかり。
気づいていただいてありがとうございます」
丁寧な物腰に、ジェロディはどうしてか不愉快なものを感じる。
「私が気づいたのではないよ。
罪人を連れているから、長居はしない。それでは」
「お待ちください。ジェロディ」
同じバロールの制服を着ているが、口を聞いたことなどない。
レミーは頭を下げたまま尋ねた。
「連れている罪人とは、過日脱獄したガンナーでございますか。
もともと我が騎士団にいた、魔法使いの」
「だったらなんだ」
「彼が逮捕される前、私はお世話になったのです。
親身に相談にのってくれる方でした。
お話しすることは叶いますでしょうか」
軍人らしからぬ柔らかすぎる口調が気持ち悪い。
ガンナーが脱獄したという話をどうして知っている。
その耳の早さにもいい感じはしなかった。
「親身に相談……?」
裏稼業で忙しかったガンナーにそんな心の余裕はなかったように思う。
ひとを思いやる気持ちが残っていたら、あんなことはしなかった。
「もしかしてガンナーに身支度させたのはおまえか」
「いえ、滅相もございません。
ただ館に訪ねてはいらしたようなのです。
私は直接会ってはおりませんが、従僕からそのように伝わっております」
「……もうこれ以上面倒は容赦してくれ」
その時奉公していたジャックスを幻術にかけたのだろうか。
それとも、レミーは……。
証拠がないことを口に出しても面倒が増えるばかりだった。
ジェロディは苛々と踵を返す。
「もうガンナーと関わるな。以前のあいつじゃない」
「承知でございます」
最後まで嫌な感じのする声だ。
ジェロディは振り返らずに帰路についた。
もうこれ以上面倒は抱えたくない。
なのに、牢獄へガンナーを送り届けた帰り、馬でジェロディを探し回っていた者から複数詰め寄られた。
「すぐに王宮へ上がってください」
「い……」
いやだ、と思わず言いそうになって舌を噛む。
若干呆れた表情で警備隊の一人は乗ってきた馬を差し出した。
「突然熱病が発生したのです。
現在、城に残っていた人間のほとんどが罹患しています。
我々は外の警備をしていたせいかまだかかっておりません」
「突然って、いつだ」
「ホルスト殿下の発たれた日です」
面倒この上ないタイミングに頭を抱えた。
最初に熱が出たのはホルストの妃殿下だった。
次が第二王子、王陛下とどんどん広がっていったという。
それと、と城の警備兵は遠慮がちに切り出した。
「市井にておかしな噂が広がっているようです。
あなたを探す道すがら聞かれました。
ホルスト殿下が奴隷を買い集めているというのは本当かと。
そんなことをなさる方ではありません。
しかしあまりに多くの民が知っている噂のようなのです」
「私だってそんな噂知らないし、事実じゃないと思うね」
頭から手を離してジェロディは呟く。
面倒だ。
「とにかく私は急いで城に向かう。
馬をありがとう」
王宮では、外から帰ったばかりのジェロディはまずダヴィのもとに遣わされた。
不思議なことに今回彼に熱病の兆候はない。
第四王子ローガンが持ち帰った薬草を調べているところだった。
とても珍しい薬草で、魔除けにもなるのだと。
そういう話でローガンが土産にした。
魔除けとして効果があったのかは不明だが。
お守りにとっておいたらいいと笑って館を出る。
王のもとには高位の術師が集結しているはずだ。
ジェロディは症状の重い王族から順番に診て回る。
第二王子はすでに意識がなかった。
単なる病とは違うことはすぐに分かる。
何かの痕跡があった。
もう魔物などの姿はない。宿主はかなり危険だ。
発熱に対してはあまりできることはなくて、兵士たちと一緒に薬湯を配る。
その間にも症状が出る者は続々と増えた。
感染とは異なるのに、対象者が筋道だっていないため呪詛とも言い切れない。
翌日になると、第二王子の一家と、王女夫妻が亡くなった。
先だって没した第三王子の息子一家も息を引き取った。
呪いか病かはっきりしないまま、第四王子の妻が倒れたと報告が入る。
同じ頃に熱が出始めたローガンのもとを訪れた。
寝室に入るなりジェロディが杖を手に握る。
「つかまえた」
静かに言った。
ローガンの体にくっついている小さな魔物を引き離す。
「おまえ、仕事に来たところだな。
誰が遣わしたんだ。術者のところに案内しろよ」
魔物はまだ厄災を運び終わっていなかった。
動きを封印されておどおどと人間たちを見上げる。
ジェロディが杖の足で床にはたき落とした。
小脇に細長いものを抱えている。
魔物は呪詛の種のようなものを植え付けるようだ。
根をはられてからは取るのが厄介そう。
急に体調が回復したローガンは驚いてジェロディを見る。
魔法使いは足元に手を伸ばしていた。
「だ、れ、の、命令だ」
魔物を鷲掴みにして問う。
動けなくされた魔物は悔しそうに暴れていた。
「王宮内か? おい、早く言え」
頭の上に高く掲げて大きく振ってやる。
魔物は揶揄われていよいよ怒った。
「仕事を終えたら人の命を一つもらう約束なんだ。
これを植えるのは誰でもいいんだぞ。
おまえに植えてやるから」
「へー……」
ジェロディはすっと目を細める。
まずい。
思い出してしまった。
あの噂。
ホルストの屋敷に奴隷を集めている。
「んー……」
一秒悩んで確かめに行くことにする。
ローガンの家人たちには彼はもう平気だと伝えた。
病ではなかった。
元凶を今から確かめにいく。
「殿下、ご子息と一緒にいるといいですよ。
土産に賜った薬草、大当たりでした」
にこっと笑って部屋を出た。
ホルストの館は城の背後にある。
他の王族の誰の館からも遠かった。
夜になるとそこまでの道は寂しい。
物資の消費を抑えるためにホルストが外の蝋燭をやめていた。
騒ぐ魔物をつまみながらジェロディは向かう。
仕事の種を取り上げられて不愉快に顔を歪めていた。
あれの対抗策は呪い師たちに任せる。
ついていけなかった任務を思い出しながら道を歩いた。
ホルストは確か帰還兵の休憩場所としても公開していたはず。
なのに今、明かりが見えない。
日暮前に全てを終わらせて日没とともに就寝するなんてことがあるか。
杖を地面に差し向けた。
「リビー、来てくれ」
仲の良い精霊を呼び出す。
リビーのとげとげした葉に打たれると、小さな魔物くらいなら消し飛んでしまうのだ。
手元の魔物が震え上がる。
「行くかぁ」
その言葉と同時に手の中の魔物を放り投げた。
「承知したよ」
穏やかに応じた木の精霊は、裏腹に強力な一打で病の運び手を滅する。
ジェロディが走り出した。
木の精霊はジェロディの魔力で支えられる範囲を動く。
今は杖の先に限定されていた。
「何があったの?」
のんきなリビーは魔法使いの頭の上から尋ねる。
「誰かが病を運ぶ魔物を呼んで放ってる。
一人の命を奪うのに一人の命を消費してるみたいだ」
「ひどいねえ」
精霊の嘆息に合わせて、枝が鳴った。
館の中に人影が確認できる。
ジェロディは思い切り杖を振った。
「行ってこい、リビー」
魔力がレールのように敷かれる。
その上を通ってリビーは屋内に入った。
枝が軋む音が外まで聞こえてくる。
ジェロディは主人用の出入り口から中に入った。
真っ暗な廊下を進む。
ホールに入ったところで何かが足に当たった。
戦場でよくある感触に沈鬱なため息をつく。
引っかかりながら奥へ行く。
寝室を全て確認した。
生きている人間には会えないのかと諦める。
廊下の隅で物音がした。
「誰?」
近づいてみると子どもだった。
ホルストには孫が三人いる。
その中の一人だ。
「……ウィラードです」
倒れた鉢植えの陰から出てこられずに、小さな声が答える。
一番大きい孫だ。
いま五歳のはず。
「ここで何をしてたんです?」
「魔除けを……」
彼がひっくり返したのは魔物を祓うと言われる木だった。
鉢から引き抜いた木を両手で握っている。
これで戦おうとしていたようだ。
「賢明でした」
ジェロディが手を差し伸べる。
しかしウィラードは壁に身を寄せて拒んだ。
「誰も。城の呪い師や神官以外には誰にも触れてなはらぬと言いつかっています」
その頑なさも致し方ないかと、ジェロディは手を引っ込める。
「他に魔物の仕業と気づいたご家族はいますか」
ウィラードは小さな頭を横に振った。
「ご不在にしていたご家族は?」
「お祖父様と、父上が」
それならばホルストの子息だけは助かっているのかもしれない。
ジャックスと同じ用件かな。
戦を仕掛けた相手国へ謝罪の旅。
そこへ、松明の明かりが窓から差し込んだ。
屋内の様子が照らされて、高い声の悲鳴が上がる。
ジェロディが動揺して子どもの目の前に屈んだ。
「もうことは終わっています。
魔物は今、私の精霊が打ち倒しているところです。
怖いことはこれ以上……」
必死に宥めているところへ兵士の足音が聞こえてくる。
煩わしいやら慌てふためくやらで挙動不審なジェロディは、すぐに取り押さえられた。
「ジェロディ? 何してるんですか?」
誰かがものすごく不審そうな声をかける。
「第四王子に取り憑こうとしてた魔物を調べにきたんだよ。
ここが発生源じゃなきゃいいなと思って確認しにきただけ。
なんでおまえら踏みこんでんの?」
槍の背で背中を突かれてむせこんでいた。
リビーが兵舎で暴れている、と報告が入っていよいよ怪しくなる。
「リビー、こっち来い」
杖を取り上げられる前にジェロディは叫んだ。
すぐ目の前に杉の木の精霊が顔を出す。
兵士たちを遮るように枝を左右に振っていた。
「ジェロディは本当に調べにきただけですよー」
なんとものんびりした証言にがっくりくる。
「ここから術師の気配がしたのです。
僕の葉は尖ってて、魔物をやっつけられますからねえ。
ジェロディは僕に魔物をやっつけるように命じたんですもの。
悪者ではありませんよー」
「リビー、もういい。気持ちだけでいいや」
ジェロディが止めた。
どんどん兵士の顔がヤバくなってる。
ふざけていると心象が悪くなりそうだ。
「地下に術師がいたんだな。
魔物を仕事前にやっつけたから捧げ物にならずに済んだ人間がいる。
話を聞いてくれ。私が呪詛に関わってないと明らかになる」
杖を放って兵士に渡した。
拠り所を失ってリビーの姿が掻き消える。
「ウィラード殿下。どうです?
彼らとならここを出ることにしてもよろしいですか?」
廊下の隅で固まっている小さな子に聞いた。
首を振って拒否している。
「殿下は城の呪い師や神官とのみ行動をともにせよとの言いつけを守ってる。
呼んできてくれ」
兵士が何人か城へ向かった。
ジェロディはそうしてもう一度ウィラードを振り返る。
「もうすぐ父上も戻られますよ。
しっかり言いつけを守ったと報告いたしますね」
ジェロディは兵士に取り囲まれているとは思えないくらい穏やかに話した。
「父上に言われたのではありません」
ウィラードは硬い表情で言う。
「私に忠告くださったのは、騎士団の方です。
父上を呼びにいらした、バロールの」
ジェロディは表情を動かさないまま首を傾けた。
「どんな団員ですか? 名乗りましたか?」
「名はお聞きしませんでした」
「何か特徴は覚えていらっしゃいますか?」
少し考えて、ウィラードは辿々しく答える。
「あまり見ない瞳のお色でした。
灰色の」
誰のことかと兵士たちが推しはかり始めた。
「いつのことです?」
ジェロディの声がかたい。
ウィラードは答えを間違えたかと身構えた。
「正確には、もう分かりません……」
子どもを怯えさせてしまったことに気がついて、ジェロディは頬を緩める。
「殿下の情報でより多くのひとが救われますよ。
ありがとうございます」
もし魂が動かせたら、いますぐ牢獄に行っているところだった。
神官が迎えにきて、ウィラードは城で休むことができた。
ジェロディは血生臭いホルスト邸で徹夜で事情を聞かれた。
翌る日の午後になってやっと杖を返してもらえたものの、まだ館を出るなという。
夕暮れにはさらに悪い知らせを受けた。
「ジェロディ、コーマックが怪我をしてた」
ホルストの隊の帰りを見張らせていた木の精霊たちが教えにくる。
「どんな?」
館の窓から見える木々がしばらく相談していた。
葉の擦れる音がする。
「雷が石に当たって、馬が死んだ」
「馬? じいさんは避けたのか?」
「違うらしい。当たったけれどなんともなかったって」
「石が? 雷か?」
どっちにしろ、馬が死ぬような衝撃を喰らってなんともないはない。
「いつ戻る?」
「船が明日の夕刻には港に入る。
そうしたら夜には城壁の外に来るだろうって」
「急げるか? みんなで手伝って船がもっと早く港に着くように」
木の精霊たちは尻込みし始めた。
「塩は苦手だなあ」
「岸から枝を伸ばして押してくれるだけでいい」
「うーん…」
その様子にジェロディが短気を起こす。
「コーマックが帰途で天に帰ったら、全員切りっ倒してやる」
杖を床に差し向けた。
思いきり振って指令する。
「いけるやつ全員で行って船をひいてこい!
日の出には港につけろ!」
悲鳴のような声とともに木の精霊たちが走り去った。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる