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くずれゆく森
お父さん
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領主不在の初めての農繁期だった。
それで緊張したのだろう。
農機具に挟まれて子息と家人が怪我をした。
大した怪我ではなかったので、用事はすぐ済んだ。
ジェロディが治療している間、ガンナーは畦にいた。
「帰るよ」
起こされた時、ちょっとすぐには動けないほど熟睡していた。
夏の道は暑くて、ガンナーは制服の上着を脱いでいる。
城壁が見えてきた頃に向こうからやってくる馬の音がした。
バロールの団員だと分かった時は別の任務に赴く道中だと思った。
しかし、ガンナーは青ざめた。
「ジェロディ、言わなきゃならないことがあるんだよ」
ジェロディは不思議そうにガンナーを振り返る。
「俺、バロールを辞める」
その言葉と共に脇のあたりに痛みがあった。
声を上げるのも忘れて、ジェロディはガンナーを見つめる。
「悪いね、こんな形で」
ガンナーが手を伸ばした。
その目が知らない人間のように昏く澱んでいる。
薄く、その唇が笑みの形になった。
「お別れになるなんて」
肩に置かれたガンナーの腕に矢が刺さる。
ジェロディは咄嗟にその傷を庇った。
「待て、傷を……」
仲間の放った矢だ。
ガンナーは何かしでかした。
それでも傷を治そうと手を伸ばした。
離れていくガンナーの腕に、ジェロディの手が触れる。
その瞬間、背後から何かに射抜かれたようにガンナーは仰け反った。
「ガンナー!」
愕然と傷を覗くガンナーに、ジェロディは首を振った。
助けようとした。
なのになぜ負傷したのか分からない。
仲間の馬が二人の間に雪崩れこんだ。
ガンナーは取り囲まれ、ジェロディは道の外に追いやられていった。
慰めるように枝葉で背を包まれる。
ここはリビーの根が張る領域だった。
「……」
グラントが目の前にいる。
ジェロディはよっこらせとか言って身を起こして座った。
「……まさか」
「生きてます」
上も下もない真っ暗な空間にいる。
「助かりそうか」
こうしてグラントが無理やり話をしにきたということは、きっとそうだ。
自分の魂が世を去りかけていると悟ってジェロディは頭を掻く。
「助かる気、あります?」
眦を吊り上げて問うてきた。
「致命傷をくらってるんですよ。
捨て身にも程があります。
しかも気狂いじみてる」
二十年間、ジェロディはずっとリビーに魔力を預けていた。
どこでガンナーとやり合うか分からないのに。
勝負はリビーの根が張る領域内だと確信していた。
自分に罠を設置する。
意識がない間の魔力はリビーに補ってもらう。
あとは運次第。
やっぱり気がフれている。
「当時はガンナーが首謀者だと思ってた。
小さなウィラード卿を利用してくるかなって思ってね。
まあ、ガンナーも手駒だったんだけど。それでもなんとなく続けてた」
二十年経って、リビーの根はさらに縄張りを広げて伸びていた。
ガンナーがそこにジェロディを連れてきたのは偶然。
博打に勝っただけなのだ、この師匠は。
「ウィラード卿は、やはり私を恨んでるんだね」
「本当のことを知らないからです。
誰が陥れたのか知らないまま、取り返しのつかないことをしています」
「……」
真実はもう彼の救いにはならないかもしれない。
そんなことをジェロディは考えた。
「何が起こってるのかな」
「わたしにもまだ全部は分かりません。
ただ、ウィラード卿の計画が見えた気がするのです」
ジェロディの暗殺だけが目的ではない。
ウィラードが報復しようとしているのは、ホルストを陥れたすべてだ。
でなければあの木を育てたりしない。
「どうしてこんな周りくどい仕掛けにしておいたんですか?」
もともと根気が苦手なジェロディ。
呪符を作ったり罠を仕掛けたりは性に合わない。
「正面から叩くのは私の方が得意だった。
ガンナーに派手な攻撃はないから、幻術にかけるだろうと思ってたんだよ。
そうしたら私は死んでも気づかないだろう?
苦手でも罠を作っておくのが一番良かった」
やりきって清々した顔をしている。
「若い頃、ガンナーが逮捕された時、あいつは私を刺したりしなかったよ」
そして思い出したことがあった。
「矢も、実際にはなかった。
あれを放ったのは誰だ?」
「マーシャです」
その答えに嬉しそうに笑う。
「さすがだね。マーシャはエリカの弓の愛弟子だった」
「弓だけですけど」
他は総じて叱られていたマーシャだった。
グラントが何か伺うような仕草をする。
身じろいで、不安そうな色を瞳に宿した。
「私は満足だ」
つい最近もそんな言葉を聞いた。
振り落とすように首を振る。
「嫌だ」
声が震えた。
ジェロディがグラントの頭に手を乗せる。
「ありがとう、グラント」
グラントが頭の上の手を握った。
「嫌だ」
「もう戻れ。あんまり長居するんじゃないよ」
「目を開けるって言って。
でないと戻らない」
ジェロディの掌が少しの間離れた。
額を弾かれて、グラントは見開いた目を向ける。
「できない約束をさせるな。
戻れ。私はこれでいい」
呆然としているグラントは、幼い頃の面影がのぞいていた。
ジェロディはその顔に苦笑する。
「自分の人生を大切にするんだよ」
闇が解けていく。
現実に戻っていく。
「生きていてください……」
掻き消える刹那、グラントが囁いた。
「……お父さん…」
それで緊張したのだろう。
農機具に挟まれて子息と家人が怪我をした。
大した怪我ではなかったので、用事はすぐ済んだ。
ジェロディが治療している間、ガンナーは畦にいた。
「帰るよ」
起こされた時、ちょっとすぐには動けないほど熟睡していた。
夏の道は暑くて、ガンナーは制服の上着を脱いでいる。
城壁が見えてきた頃に向こうからやってくる馬の音がした。
バロールの団員だと分かった時は別の任務に赴く道中だと思った。
しかし、ガンナーは青ざめた。
「ジェロディ、言わなきゃならないことがあるんだよ」
ジェロディは不思議そうにガンナーを振り返る。
「俺、バロールを辞める」
その言葉と共に脇のあたりに痛みがあった。
声を上げるのも忘れて、ジェロディはガンナーを見つめる。
「悪いね、こんな形で」
ガンナーが手を伸ばした。
その目が知らない人間のように昏く澱んでいる。
薄く、その唇が笑みの形になった。
「お別れになるなんて」
肩に置かれたガンナーの腕に矢が刺さる。
ジェロディは咄嗟にその傷を庇った。
「待て、傷を……」
仲間の放った矢だ。
ガンナーは何かしでかした。
それでも傷を治そうと手を伸ばした。
離れていくガンナーの腕に、ジェロディの手が触れる。
その瞬間、背後から何かに射抜かれたようにガンナーは仰け反った。
「ガンナー!」
愕然と傷を覗くガンナーに、ジェロディは首を振った。
助けようとした。
なのになぜ負傷したのか分からない。
仲間の馬が二人の間に雪崩れこんだ。
ガンナーは取り囲まれ、ジェロディは道の外に追いやられていった。
慰めるように枝葉で背を包まれる。
ここはリビーの根が張る領域だった。
「……」
グラントが目の前にいる。
ジェロディはよっこらせとか言って身を起こして座った。
「……まさか」
「生きてます」
上も下もない真っ暗な空間にいる。
「助かりそうか」
こうしてグラントが無理やり話をしにきたということは、きっとそうだ。
自分の魂が世を去りかけていると悟ってジェロディは頭を掻く。
「助かる気、あります?」
眦を吊り上げて問うてきた。
「致命傷をくらってるんですよ。
捨て身にも程があります。
しかも気狂いじみてる」
二十年間、ジェロディはずっとリビーに魔力を預けていた。
どこでガンナーとやり合うか分からないのに。
勝負はリビーの根が張る領域内だと確信していた。
自分に罠を設置する。
意識がない間の魔力はリビーに補ってもらう。
あとは運次第。
やっぱり気がフれている。
「当時はガンナーが首謀者だと思ってた。
小さなウィラード卿を利用してくるかなって思ってね。
まあ、ガンナーも手駒だったんだけど。それでもなんとなく続けてた」
二十年経って、リビーの根はさらに縄張りを広げて伸びていた。
ガンナーがそこにジェロディを連れてきたのは偶然。
博打に勝っただけなのだ、この師匠は。
「ウィラード卿は、やはり私を恨んでるんだね」
「本当のことを知らないからです。
誰が陥れたのか知らないまま、取り返しのつかないことをしています」
「……」
真実はもう彼の救いにはならないかもしれない。
そんなことをジェロディは考えた。
「何が起こってるのかな」
「わたしにもまだ全部は分かりません。
ただ、ウィラード卿の計画が見えた気がするのです」
ジェロディの暗殺だけが目的ではない。
ウィラードが報復しようとしているのは、ホルストを陥れたすべてだ。
でなければあの木を育てたりしない。
「どうしてこんな周りくどい仕掛けにしておいたんですか?」
もともと根気が苦手なジェロディ。
呪符を作ったり罠を仕掛けたりは性に合わない。
「正面から叩くのは私の方が得意だった。
ガンナーに派手な攻撃はないから、幻術にかけるだろうと思ってたんだよ。
そうしたら私は死んでも気づかないだろう?
苦手でも罠を作っておくのが一番良かった」
やりきって清々した顔をしている。
「若い頃、ガンナーが逮捕された時、あいつは私を刺したりしなかったよ」
そして思い出したことがあった。
「矢も、実際にはなかった。
あれを放ったのは誰だ?」
「マーシャです」
その答えに嬉しそうに笑う。
「さすがだね。マーシャはエリカの弓の愛弟子だった」
「弓だけですけど」
他は総じて叱られていたマーシャだった。
グラントが何か伺うような仕草をする。
身じろいで、不安そうな色を瞳に宿した。
「私は満足だ」
つい最近もそんな言葉を聞いた。
振り落とすように首を振る。
「嫌だ」
声が震えた。
ジェロディがグラントの頭に手を乗せる。
「ありがとう、グラント」
グラントが頭の上の手を握った。
「嫌だ」
「もう戻れ。あんまり長居するんじゃないよ」
「目を開けるって言って。
でないと戻らない」
ジェロディの掌が少しの間離れた。
額を弾かれて、グラントは見開いた目を向ける。
「できない約束をさせるな。
戻れ。私はこれでいい」
呆然としているグラントは、幼い頃の面影がのぞいていた。
ジェロディはその顔に苦笑する。
「自分の人生を大切にするんだよ」
闇が解けていく。
現実に戻っていく。
「生きていてください……」
掻き消える刹那、グラントが囁いた。
「……お父さん…」
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