ただの魔法使いです

端木 子恭

文字の大きさ
135 / 175
くずれゆく森

忘れてない

しおりを挟む
 顔当てを取ってみたら、意外と若い人間だった。
 防具の中を調べる。
 当て布に小さな紋章が刺繍されてあった。

 矢羽が六本集まるような形が三つ。

「ヴァルト」

 ナタリオの記憶で見た紋章だった。

「どんな命令を受けたのか聞きたい」

 逃げた兵士の行き先を見やる。
 馬の音が聞こえた。単騎だ。

「グラント、馬に乗って!」

 ウーシーが走ってくる。
 オークたちが叫んだ。

「騎馬が来ます」

 先ほどよりも数の多そうな蹄の音がしてくる。
 グラントは敵兵の馬に乗った。

「オーク、マーシャを連れてくるんだ。
 勝手をさせるな」

 元気のいい返事がきた。
 
 馬の音から離れようとすると、坂道を駆け上がることになる。
 この辺りは崖が多い。

「グラント!」

 崖のそばを二つ上がったところでマーシャが声を上げた。

「ジェロディがいる!」

 本当に驚いたように指さした。
 オークに手綱を任せて、なぜジェロディがいるのかとそちらを凝視している。

「一緒にいるの、私のを事業に誘ったお客さん!」
「……」

 一見すると散歩中の友人たちだ。
 森を歩き疲れて、見晴らしのいい場所で一休みしているような。

 けれど、ジェロディの隣にいるのはガンナーだ。
 昔話に花なんか咲かない。



 どうなっているのか分かった。


 ウィラード。
 仲間の中にはヘーレ公とガンナーがいる。

 ガンナーが隣国のクーデターに乗ってリケへ侵入したのは、国内に入るため。
 グラントのせいでガンナーの入国は明らかになった。
 
 ガンナーを呼び寄せた理由は、ジェロディだ。
 彼に思い知らせなければ溜飲が下がらない。
 ウィラードはジェロディの無関心のせいでこんな境遇になったと考えている。


 実際は違う。
 グラントは知っていた。


 ジェロディは何年も嘆願を出して再審を請求している。
 ホルストの裁判に自分を締め出したのは公平ではなかった。
 そう言い続けている。

 ここはリビーに近く、ヴァルトからは離れている。
 まだ木の根はそんなに広がってはいないのだ。

 自由に動けないウィラードは、ガンナーに任せた。


 暗殺を。



 ヴァルトの騎士はその隠蔽のために近くにいるものの口を封じている。


「マーシャ、あの人は幻術使い」

 グラントは分かれ道で馬を降りた。

「ジェロディを裏切った人だ」

 マーシャの額が歪む。

「マーシャはジェロディの命を奪うために協力させられた。
 わたしに手を焼かせるように仕向けられた」

 物騒な言葉にマーシャが崖の上を睨んだ。
 グラントは杖を構えて後ろを振り返る。

「聞きたいことがある。ここで敵兵を倒す」
「分かった」

 ウーシーが馬を降りた。
 藪の中へ隠れるように言いつけて、マーシャのところへ行く。

 

 藍色の軍服の騎兵は八騎。
 矢がこちらへ飛んできた。

「大熊」

 馬の背丈より大きな茶色の熊が杖から現れる。
 壁のように矢を受けた。

「敵兵を馬から降ろせ」

 強力な打撃で騎兵の体を殴り飛ばす。
 大熊は体当たりして馬を倒しては人間を投げ飛ばした。

「ヴァルト兵なの?」

 頭の上を放られる最後の兵士に尋ねる。
 地面に転がったところをウーシーに捕えられた。



「任務はなんだったかな?」


 視線を合わせて問いかける。


 一旦闇の中に落ちて、次にその兵士は城の兵舎を出るところにいた。
 仲間から促されて顔あてをかぶる。

「今日、この辺りに人間を入れるな」

 隊長がそう命じた。

「閣下の邪魔者を一人消す。
 完遂まで誰にも見られてはならん」



 グラントが静かに立つ。


「行ってくる。マーシャを逃さないで」


 親友の肩に一度手を置いて、森の道を駆け上がって行った。

 



「ウーシー、私に弓をちょうだい。早く」

 マーシャが小人を何人か馬の背から放り投げながら言った。

「私ならあいつをやっつけられる。グラントの足より早い」
「いけません」

 オークが拒否した。

「マーシャは嘘つきです」
「ずるい人間です」
「人を騙して稼ぐ悪党です」
「武器なんてとんでもない」

 酷い言われようにマーシャは口を尖らせる。
 しかしすぐ自ら馬を飛び降りた。

 尻餅をついてから、まとわりつく小人の助けを借りて立ち上がる。

「ジェロディはお父さんなの」

 ウーシーに取り縋ってそう言った瞳が思ったよりも真剣だった。
 マーシャの足元にくっついたオークたちがはっとしてそれを見上げる。

「お父さんが危険なんでしょ。助けさせて」
「んー……」

 数秒。
 ウーシーは自分の弓と矢筒をマーシャに与えた。

「信じるよ」
「やった。ありがとう」

 マーシャは素早く武器を受け取る。

「本当に敵を仕留めるのですね」

 オークに念を押されて何度も頷いた。

 駆けていくグラントの少し先で、ガンナーがゆらゆらと動く。
 そろそろ自分は現実に戻るのだ。

 マーシャの放った矢が、グラントの鼻先を掠めて森に消える。

「マーシャ!」
「合図!」

 飛びかかろうとするオークをとどめた。

「大丈夫。久しぶりだけど狙いは悪くない……」

 口の中で呟いて、灰色の髪の魔法使いに矢を向ける。
 何をしているのか分かればもっと狙いがつけやすいが。

 幻術使いはどうやってジェロディの命を奪う?

 グラントの幻術は、望みを叶える。
 その間に現実では逃げたりと、なんか腹が立つ。


「なんにせよ、あいつはジェロディに触れる」


 マーシャが矢を放った。
 矢はジェロディとガンナーの間をすり抜けるかと思われた。

 ガンナーがジェロディに近づいた。
 手を、相対するジェロディの肩に置く。

 手首に矢が食い込んだ。

「マーシャ、当たりました!」

 オークがはしゃいだ声を上げる。
 その背後ではウーシーがそっとクロスボウを下ろした。
 

 幻術に落ちているはずのジェロディの片手が動く。
 気遣うようにガンナーの傷口を庇った。
 



 ガンナーの背が突然そりかえる。

 肩を押さえ、何が起こったのか確かめようと背をのぞいた。
 負傷した。
 爆発にでも巻き込まれたように背中に無数の傷ができていた。


「何だ……」
 
 地面を打つ杖の音に、確かめる猶予はないと気づく。
 逃げようと身を捩りざまにジェロディを崖の方へ押した。

 グラントが魔法でその体を弾き飛ばす。
 藪の中へ突っ込んだガンナーは、それでもすぐに起き上がって防御し始めた。

「呪術師」

 グラントが思い切り杖を振った。
 フードを被った男性が瞬時にジェロディの元へ届く。

「幻術を解け!」

 呪術師の体をすり抜けて、傾いだジェロディの体は崖の方へ倒れた。
 グラントは真っ直ぐに崖から飛ぶ。
 落ちていくジェロディを抱えた。

 幻術が解けても意識がない。
 どこか怪我をしている。

「……リビー! ジェロディを助けて!」

「はぁい」

 崖の下からのんびり声がした。
 精霊の手が出てくる。

「待ってたよー、ジェロディ」

 地面にぶつかる寸前で、杉の枝葉に支えられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

処理中です...