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くずれゆく森
兵役
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グラントの兵役の受け入れ先。
それは魔物が中心の部隊。
騎士団ワルタハンガ。
アッシャーのところだった。
新兵の兵舎に知っている顔がいた。
職人島で出会ったコンウェイだ。
領主や貴族が総入れ替えになり、彼の住む島の産業が変わったのだ。
家族は無事だったものの仕事がなくなってしまった。
彼はラグラスに移住してきていた。
家族と共に鉄砦に住んでいる。
大きな鉄を扱える職人は重宝されていた。
「……対象者だったの?」
てっきり年上だと思っていたから。
彼は妻も子もいるし。
「そうらしい」
すっかり体調も良さそうな大柄の職人は、グラントのそばに来た。
そのシャツの袖口に、小さな刺繍がある。
とげとげしたモチーフだ。
物珍しそうにしていると、彼はグラントに袖を近づける。
「厄除けだ。刺すような形をしたものは悪いものを遠ざける。
まあ、迷信だが、子どもがしてくれたんだ」
彼の子どもは男の子で、いま五歳だ。
顔立ちは父親似で、純粋そうな鳶色の目で見上げてくる。
くしゅくしゅした髪は母ゆずりだった。
父の真似をして重いものを持ち上げようとする。
まだ丸いその背中が可愛らしいのだ。
「どうしてここに希望を出したの?
バレットにすれば家から通えたでしょ?」
「ああ、それはウーシーが」
コンウェイは腕を組む。
「グラントと一緒のところに行ったら面白いぞって、勧めてきた」
「……後で怒っておきます」
ただの人間コンウェイをこんなところに送るなんて。
あくどい修道士だった。
コンウェイ以外にも人間は結構いた。
理由を聞いたら、他の騎士団では断られたということである。
秋口に希望が集中しすぎていた。
ワルタハンガは、即答であぶれた人間たちを受け入れた。
やがて軍服を着た騎士がやってきて部屋に案内した。
今日は座学と言い置かれた。
兵役を終えた証明書は都の領地デラニーにあるから帰ったら取りに行くのだそう。
この土地にあるのは兵舎と兵士用の食堂。
そして医療院だけ。
「グラント・ルースはいるか?」
廊下から誰かが声をかけた。
コンウェイと話していたグラントは廊下に出る。
ユハという騎士が立っていた。
「着いたばかりのところ悪いなあ。
部屋でいいよ。団長から頼まれてたことがある」
人間に近い姿の魔物だ。
目や爪が琥珀のような色をしている。
砂漠の砂に似た髪色が何となく親しみやすい。
背が低く細身なのは、主に合わせているのだ。
右手に入れ墨がのぞく。図柄は蛇だ。
同じ年くらいの騎士が入ってきて、コンウェイは居住まいを正す。
「ああ、うち、そんなに人間の礼儀とか気にしないからな。
一言声かけて挨拶してくれるくらいでいいんだよ」
ユハはひらひらと手を振った。
「グラント・ルースの入れ墨を、兵役の間消しとくようにって。
団長から頼まれてんだよ。
枷がかかってちゃ危険だから。ほら、ワルタハンガは魔物や珍獣と戦う部隊だろ」
コンウェイが初めて聞いたような顔をする。
ユハはそれに吹き出した。
「心配ないよ。新兵は兵器の整備から習う。
いきなり竜だ巨人だなんて当たらせない」
「竜? 巨人?」
「そのための座学だからな。ちゃんと話は聞いておいてくれ」
面倒見の良さそうな青年、といった雰囲気のユハは、グラントを椅子に座らせる。
右手の小指を確かめていた。
そうしながらコンウェイの方を見て話し続ける。
「幻獣や魔物といったって、実体がある限り物理的な攻撃は有効だ。
そういう奴らは兵器で倒せる。やり方さえ知っていればな。
うちは火薬も使うけど、ラグラスは使わないって聞いてる」
「扱う者の事故も深刻になるので使ったことはないんです」
グラントは小指を探るような爪の動きに不審を覚えた。
「そうなんだよな。威力は強いけど、間違えた時の損傷が……」
小指から骨を引き抜かれたと思った。
突然叫び声を上げたグラントにコンウェイが駆け寄る。
ユハの手にあった黒い紐のようなものが、瞬時に黄色い鉱石の中に閉じこめられた。
「悪いなあ。痛いんだよ、これ。入れる時も抜く時も」
「何なんだ、それ」
青ざめたコンウェイがグラントを庇う。
後日もう一度痛いと思ったらグラントは震えがきた。
「これは生き物みたいに見えるけど、作り物だ。
呪符の一種で、魔物の力を使う時覆っておかないとこいつが吹っ飛ぶ」
針ほどの蛇に見える。
もうそのままでいいや。絶対人を傷つけたりしない。
こんなものなくても。
「ひっぺがして封印していれば入れ墨の効果はない。
石を壊すと元に……」
ユハが試しにやってみようかという感じで鉱石に爪を立てた。
「やめて、痛い!」
グラントが必死で叫ぶのを笑いながら見る。
「しないしない。あーでも知っておいた方がいいかな?」
「遊ばないでください。グラントはそういう揶揄いは嫌いなんです」
コンウェイが抗議した。
「ごめん。いや、ゲラルドがどうして途中でやめたのかがわかって可笑しくて」
祖父の名前が出て、グラントはちょっと頭を上げる。
コンウェイが先に鉱石を受け取った。
「途中ですか?」
「うん。普通はもっと大きい。
大きい必要は全くないんだが、根性なしだと思われたら嫌だから」
ユハは軍服の上着を脱いで背中の右側を見せる。
「俺はこれが右の手まである。
人間の世界で生きていく気がどれだけあるか示すためのものだ。
邪魔だと思ったら自分で封印すればいいこと」
鱗まで細かく描かれた黒い蛇が右手の甲まで這っていた。
まるでそこで飼っているような迫力がある。
「ゲラルドは孫に嫌われたくなかったんだなあ」
上着を着直してユハが言った。
「可愛くて仕方なかったんだ。泣かずに我慢できたのがそこまでなんだな」
我慢できる幼児はいない。
絶対。
ヘーレから西に飛び出して、ここは正式には外国。
山に囲まれた土地に私有地を持って騎士団を配置している。
ワルタハンガの役目は、山あいから国内に入っていく危険生物を排除することだ。
「呪具や手紙など怪しいものを持ってなきゃ、基本的に人間は見逃している」
座学、というか夕食の時間にユハは教えてくれた。
彼がグラントの属する隊の隊長だった。
「今年は大蛇の当たり年でなあ。卵が、わんさと取れる」
その卵の大きさが両腕いっぱいの幅である。
実寸か、それとも卵の数が多いのか。
小隊はユハを含めて八人だ。
その中に新兵はグラントとコンウェイの二人である。
「卵を守ってる最中の蛇に会ったら何とか逃げろ。
必ず二人以上で動いてくれな?
二人って、新兵同士は単独行動と一緒だからな?」
新人二人で神妙に頷いた。
「俺たちは力の弱い魔物だ。
だから仕事だって人間と大差ない。
大砲を整備して、試弾して、時々小さい幻獣を狩る。
そうやって二ヶ月、体力と知識をつけながら無事に帰ってくれ」
ユハはそう言って人間たちの肩を叩いた。
それは魔物が中心の部隊。
騎士団ワルタハンガ。
アッシャーのところだった。
新兵の兵舎に知っている顔がいた。
職人島で出会ったコンウェイだ。
領主や貴族が総入れ替えになり、彼の住む島の産業が変わったのだ。
家族は無事だったものの仕事がなくなってしまった。
彼はラグラスに移住してきていた。
家族と共に鉄砦に住んでいる。
大きな鉄を扱える職人は重宝されていた。
「……対象者だったの?」
てっきり年上だと思っていたから。
彼は妻も子もいるし。
「そうらしい」
すっかり体調も良さそうな大柄の職人は、グラントのそばに来た。
そのシャツの袖口に、小さな刺繍がある。
とげとげしたモチーフだ。
物珍しそうにしていると、彼はグラントに袖を近づける。
「厄除けだ。刺すような形をしたものは悪いものを遠ざける。
まあ、迷信だが、子どもがしてくれたんだ」
彼の子どもは男の子で、いま五歳だ。
顔立ちは父親似で、純粋そうな鳶色の目で見上げてくる。
くしゅくしゅした髪は母ゆずりだった。
父の真似をして重いものを持ち上げようとする。
まだ丸いその背中が可愛らしいのだ。
「どうしてここに希望を出したの?
バレットにすれば家から通えたでしょ?」
「ああ、それはウーシーが」
コンウェイは腕を組む。
「グラントと一緒のところに行ったら面白いぞって、勧めてきた」
「……後で怒っておきます」
ただの人間コンウェイをこんなところに送るなんて。
あくどい修道士だった。
コンウェイ以外にも人間は結構いた。
理由を聞いたら、他の騎士団では断られたということである。
秋口に希望が集中しすぎていた。
ワルタハンガは、即答であぶれた人間たちを受け入れた。
やがて軍服を着た騎士がやってきて部屋に案内した。
今日は座学と言い置かれた。
兵役を終えた証明書は都の領地デラニーにあるから帰ったら取りに行くのだそう。
この土地にあるのは兵舎と兵士用の食堂。
そして医療院だけ。
「グラント・ルースはいるか?」
廊下から誰かが声をかけた。
コンウェイと話していたグラントは廊下に出る。
ユハという騎士が立っていた。
「着いたばかりのところ悪いなあ。
部屋でいいよ。団長から頼まれてたことがある」
人間に近い姿の魔物だ。
目や爪が琥珀のような色をしている。
砂漠の砂に似た髪色が何となく親しみやすい。
背が低く細身なのは、主に合わせているのだ。
右手に入れ墨がのぞく。図柄は蛇だ。
同じ年くらいの騎士が入ってきて、コンウェイは居住まいを正す。
「ああ、うち、そんなに人間の礼儀とか気にしないからな。
一言声かけて挨拶してくれるくらいでいいんだよ」
ユハはひらひらと手を振った。
「グラント・ルースの入れ墨を、兵役の間消しとくようにって。
団長から頼まれてんだよ。
枷がかかってちゃ危険だから。ほら、ワルタハンガは魔物や珍獣と戦う部隊だろ」
コンウェイが初めて聞いたような顔をする。
ユハはそれに吹き出した。
「心配ないよ。新兵は兵器の整備から習う。
いきなり竜だ巨人だなんて当たらせない」
「竜? 巨人?」
「そのための座学だからな。ちゃんと話は聞いておいてくれ」
面倒見の良さそうな青年、といった雰囲気のユハは、グラントを椅子に座らせる。
右手の小指を確かめていた。
そうしながらコンウェイの方を見て話し続ける。
「幻獣や魔物といったって、実体がある限り物理的な攻撃は有効だ。
そういう奴らは兵器で倒せる。やり方さえ知っていればな。
うちは火薬も使うけど、ラグラスは使わないって聞いてる」
「扱う者の事故も深刻になるので使ったことはないんです」
グラントは小指を探るような爪の動きに不審を覚えた。
「そうなんだよな。威力は強いけど、間違えた時の損傷が……」
小指から骨を引き抜かれたと思った。
突然叫び声を上げたグラントにコンウェイが駆け寄る。
ユハの手にあった黒い紐のようなものが、瞬時に黄色い鉱石の中に閉じこめられた。
「悪いなあ。痛いんだよ、これ。入れる時も抜く時も」
「何なんだ、それ」
青ざめたコンウェイがグラントを庇う。
後日もう一度痛いと思ったらグラントは震えがきた。
「これは生き物みたいに見えるけど、作り物だ。
呪符の一種で、魔物の力を使う時覆っておかないとこいつが吹っ飛ぶ」
針ほどの蛇に見える。
もうそのままでいいや。絶対人を傷つけたりしない。
こんなものなくても。
「ひっぺがして封印していれば入れ墨の効果はない。
石を壊すと元に……」
ユハが試しにやってみようかという感じで鉱石に爪を立てた。
「やめて、痛い!」
グラントが必死で叫ぶのを笑いながら見る。
「しないしない。あーでも知っておいた方がいいかな?」
「遊ばないでください。グラントはそういう揶揄いは嫌いなんです」
コンウェイが抗議した。
「ごめん。いや、ゲラルドがどうして途中でやめたのかがわかって可笑しくて」
祖父の名前が出て、グラントはちょっと頭を上げる。
コンウェイが先に鉱石を受け取った。
「途中ですか?」
「うん。普通はもっと大きい。
大きい必要は全くないんだが、根性なしだと思われたら嫌だから」
ユハは軍服の上着を脱いで背中の右側を見せる。
「俺はこれが右の手まである。
人間の世界で生きていく気がどれだけあるか示すためのものだ。
邪魔だと思ったら自分で封印すればいいこと」
鱗まで細かく描かれた黒い蛇が右手の甲まで這っていた。
まるでそこで飼っているような迫力がある。
「ゲラルドは孫に嫌われたくなかったんだなあ」
上着を着直してユハが言った。
「可愛くて仕方なかったんだ。泣かずに我慢できたのがそこまでなんだな」
我慢できる幼児はいない。
絶対。
ヘーレから西に飛び出して、ここは正式には外国。
山に囲まれた土地に私有地を持って騎士団を配置している。
ワルタハンガの役目は、山あいから国内に入っていく危険生物を排除することだ。
「呪具や手紙など怪しいものを持ってなきゃ、基本的に人間は見逃している」
座学、というか夕食の時間にユハは教えてくれた。
彼がグラントの属する隊の隊長だった。
「今年は大蛇の当たり年でなあ。卵が、わんさと取れる」
その卵の大きさが両腕いっぱいの幅である。
実寸か、それとも卵の数が多いのか。
小隊はユハを含めて八人だ。
その中に新兵はグラントとコンウェイの二人である。
「卵を守ってる最中の蛇に会ったら何とか逃げろ。
必ず二人以上で動いてくれな?
二人って、新兵同士は単独行動と一緒だからな?」
新人二人で神妙に頷いた。
「俺たちは力の弱い魔物だ。
だから仕事だって人間と大差ない。
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