ただの魔法使いです

端木 子恭

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くずれゆく森

あたり年

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 ヘーレの西側。
 冬季間は山から吹き下ろす風で皮膚が切れそうだ。
 
 貸与された制服の外套は外側に毛皮がついているものじゃなかった。
 既製服なのでちょっと大きい。
 風を通さないよう革でできていて、内側には何かの動物の毛皮が貼ってある。
 
 アッシャーのは竜の皮だとユハは言った。

「アッシャー侯爵がここに来て魔物と戦うこともあるのですか?」

 いつも人の家に茶を飲みにくる。

「あるよ。でかい魔物とか、要注意人物を捕まえちゃった時とか」

 その言い方は、面倒臭い時、ということだ。
 山の腹にあいている洞窟を紹介しつつユハは新兵二人の足元を気遣う。

「空気は届くと思うんだよ。
 足元見える? あかりが必要か?」

 難儀している様子のコンウェイに、彼は鉱石でできたランプを差し出した。

「ちょっと待て。石炭が近くにあるはずだから」

 地面を探ってひとかけら黒い石を取る。
 グラントにそれを渡した。

「火、つけてランプに入れて。木の根がその辺に出てるからそれも使え」

 フットマンみたい。

 グラントが目を丸くして魔物の技を見ている。
 ランプを灯してコンウェイに持たせた。

「洞窟はたくさんあるんだ。
 でも行き止まりや崩落した箇所も多くてな。
 絶対ひとりでは入るな」

 ユハは説明しながら進む。
 風が通り抜けていた。
 ここは領土内に行くには短い方の洞窟。
 それでも朝入って出るのは昼くらいになるという。


 前日に大きな卵がここから転がってきた。
 親蛇によって一度は卵塊に収まっていたものが、一つ剥がれ落ちてきた。

 コンウェイと同じ背丈の卵だった。
 もう息絶えていた子蛇を取り出した。
 子蛇なのにコンウェイとグラントを合わせたよりも長い。

 洞窟を確かめることになった。

 親蛇か、卵塊を見つけた時点で撤収する。
 この洞窟はしばらく使用禁止だ。

「あんまり大きい蛇って、大量発生しないんだけどな」

 ユハがぼやくように言った。

「昨年から夏が暑かったせいですか?」

 グラントが尋ねる。

「食料が豊富で生き残った個体が増えた?」
「そうかもな。それにしてもなんだが。
 大蛇の天敵をあまり見かけていない気もする。
 大型の魔物たちだよ」
「だからアッシャー侯爵は毎日バレットへ来てたんですか?」
「あの人そんなとこで遊んでたのか」

 もっと商売しに行けばと笑った。
 振り返ったその口の端がすっと落ちる。

「コンウェイは」
「え」

 グラントも振り返った。
 ランプのあかりが見えない。

「振り切ったか。まずいな」

 慌ててユハは戻り始めた。

「コンウェイ、無事か?」

 どこからか返事が聞こえる。
 よかった。無事なのだ。

「グラント」

 ユハの声が遠くなる。
 そんなに離されたのかと追う速度を上げかけた時、「止まれ」と声がかかった。

「下だ。コンウェイといる」

 地面の割れ目からあかりが見える。



「滑り落ちちゃったな」



 ごめんとユハは頭をかいていた。

「ケガは?」

 杖をベルトから引き抜いて聞く。
 ないという返事が二つ。

「ここも洞窟になってるようだ。
 風が来るから領土側に通じてるんだろう。
 ちょっと進んでみる。どんづまったら無理やり脱出する」

 ユハが落ち着いた口調だったので、グラントは異状ないものと思い込んでいた。
 次のコンウェイの言葉に肩が強張る。

「ここが巣だ」

 端の方からよく見ると白い塊が見えた。

「親蛇はいないんだが、この卵は生まれてひと月以内だ。
 生きてる。きっと親が守ってるんだ」

 割れてしまった卵もいくつかある。
 外敵に襲われたようだ。

 親は追い払いに行っている。
 向こうに転がってきた卵はその敵が落としたのだと思われた。


「グラントはそのまま領土側へ出ろ。
 出口で合流しよう。きっとどこかで繋がってる」
「了解です」

 グラントはすぐにその場を離れていく。
 それを見送って、ユハはふと首を傾げた。

「あの子、暗闇でちゃんと見えているね」

 傍でランプを手放さないコンウェイを見る。

「団長の言うとおりだったかな。グラントを魔物として扱えって言われてる」
「グラントは人間ですよ。
 魔物になったところなんて見たことない。
 海賊とやり合ったって人間のままでした」

 早く卵から離れようとコンウェイは歩き出していた。

「そうかぁ……。魔法の方が得意?」
「魔法使いだと自認してます」

 納得したのかしてないのか、ユハはへえ、と呟きながら歩いた。
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