ただの魔法使いです

端木 子恭

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くずれゆく森

出奔

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 領土側に出た途端、湿った風に目を細める。
 居場所の目印を立ててもあっという間に飛ばされそうだ。

 洞窟から出たところまっすぐに見える木の幹に剣で傷をつける。
 先に出ていると知らせたかった。

 森にいるうちに鹿でも獲ろう。
 グラントは獣道を少し入った。

 空はどんよりしている。
 もしかしたら雪が降るのかも知れなかった。

 歩いていたら上の方に残っているアケビを見つけて取りに行く。
 枝の上で食べていたら、少し先に栗の木があった。

 地面に落ちているものはあらかた食べられている。
 グラントはもう一度木の上に登って実を探した。

「……」

 動物の臭いがして、辺りをうかがう。
 風の吹いてくる方を見た。

 マダラ模様の背中が見える。
 剣に手をやった。

 小さな崖の下に蛇がいる。

「親かなあ。別の蛇?」

 木をおりて近づくと、落ち葉を吹き飛ばしながら火が飛んできた。

「火竜……?」

 どちらもありうるほど大きい体をしている。
 グラントは駆け寄って崖下をのぞいた。

 口吻周りの鱗が岩のようになっている大蛇が頭をもたげる。

「あ……」

 目が合った。

 がつんと音がする。伏せた頭の上を火が通った。
 グラントは崖を蹴って飛び出す。
 剣で頭を狙って打とうとした。

 下から誰か人間が武器を振り上げるのを見つけて、自分の攻撃を引っ込める。
 無理やり回避して蛇の体を伝いおりた。

 相手の顔を見て口の中で悲鳴を上げる。

 グイド。

 地面に着いたと同時にその場を離れかけて呼び止められた。

「おい、行くな!」
「なんで?」
「普通置いていかないだろ、この状況」
「平気だよ」

 なおも離れようとするのを見て、グイドは大蛇から下りる。
 グラントの腕を掴んでメイスで蛇を指した。

「竜とやってんだぞ。手伝うだろ」
「あれは蛇だ。一人でいける」

 グイドは軍服ではない。
 私用か。……こんなところで?

 また石を打つような音がした。
 咄嗟に二人で木の陰に丸まる。
 落ち葉が燃えながら巻き上がった。

「蛇は火なんかふかないだろ?」
「顔が竜じゃない。足もない」
「あれは魔物?」
「違う。珍しい動物」

 隠れた木が細すぎた。
 蛇が尾を絡めて折り取っていく。

「避けろ」

 飛んでくる木を見てグイドが肩を掴んだ。
 木立の方へ飛びこんで身を守る。
 
 グラントは杖を引き抜いて地面を打った。
 飛び散った木の破片が二人を避けていく。

「あれ、雌かな、雄かな」
「この状況でなんの関係がある?」 

 呑気な様子にグイドが眉間に皺を刻んだ。

「近くの洞窟に巣がある。雌なら親蛇で卵を守っている可能性が」

 蛇の胴体が傍を通る。
 樹木ごと人間を絞めようとしていた。

「親なら見逃してやるのか?」
「別に食べるわけじゃないんだろう? 見逃したっていい」

 グイドが絞められる前に木に登って脱出する。
 蛇を観察し続けるグラントを引っ張り上げた。

 枝に乗った魔法使いは真剣に雌雄を見分けようとしている。

 煩わしそうにグラントを見た。
 軋みを上げる木を飛び降りて大蛇の体に沿って走る。

 頭の近くで再びメイスを抜いて振り上げた。
 横面を叩くと蛇は大きくのけぞる。

「……固い!」
 
 もう一撃上段から真っ直ぐに当てにいった。
 岩のような顎で受け止められ、グイドは数歩飛び退く。

「あー……、雄だねえ」

 背後からのんびりした声が聞こえて毒気が抜けた。
 見やると蛇の腹の上に乗ったグラントが蹴爪を確認している。

「いいよ。やっつけて」

 グイドがこちらを見ているのに気づいてそう告げた。

 杖を振って、蛇の唾からグイドを守る。
 がちんと音がして火花が散った。

 自分の顔に火がかかった大蛇は叫び声と共に身を捩る。

 グイドが何度かその頭を殴った。
 蛇は地面に身を擦り付けるようにして離れていく。

「追うの?」
「いや、いい」

 では、と去りかけるグラントを再び制止した。

「グラントは何やってんだ」
「兵役」

 杖をベルトに差し戻してグラントは短く答える。

「ワルタハンガ」

 グイドはその制服を見て言った。
 手に握ったままの武器の先がぼろりと崩れ落ちる。

「途中で折れた気がしてた。グラントの魔法か」

 戦っている間は魔法で支えてくれたのだ。
 グイドは笑った。意地悪く。

「気持ち悪いな。なんで咄嗟にそんなことできるんだ」
「こちらこそだよ」

 無表情でグラントが答える。
 グイドと一緒に戦うのは意外に楽だった。

 剣士が前へ出てちゃんと戦ってくれるとやりやすい。
 魔法使いが後方で視野を広く保てるのはいい。

 それがグイドで叶うのが嫌。



 どうしようかと迷うような表情で、グイドは武器を打ち捨てた。


「グイドは何の任務なの?」
「任務じゃない」

 迷ったままの表情でグラントを見る。

「バロールを辞めた。
 俺は無職で、家出中」

 ぼうっとした魔法使いの顔が、唖然となった。
 冬にさしかかる山辺はもう日がかげってくる。

 グラントは現在地を確かめようとあたりの風景を見回した。
 来たことがない場所だ。






 まずいな、という顔をして、ユハは頭を掻いた。
 隣でコンウェイが不穏を察して押し黙る。

「全っ然、違う場所に出た」

 予想通りの答えだ。新兵は頭を抱えた。
 隊長は、そんな人間を安心させるように笑う。
 ぽんぽんと背中を叩いた。

「安心しろ。俺がついてる。
 コンウェイは魔物に襲われるなんてないない」
「夜営ですか? 嘘でしょう?
 俺、新兵なんですけど?」
「心配ない。俺が護衛するからな」
「グラントは」
「あー……」

 琥珀色の瞳は言い訳を探してくるくる回る。

「心配ない。グラントは、運が良さそうだ」

 答えとしては全くの不正解だ。
 コンウェイはあたりを見回して尋ねる。

「ここはどこです?」
「ヘーレだ。辺境領の中だな。
 入ったことがバレたらまずいから内緒な」

 どうりで夕方だあ、とユハはのんびりため息をついた。

「グラントはおそらく山を一つ越えた向こうだ。
 明日には合流できる。もう少し丘の道に近い方へ移動したら休もう」
「……」

 コンウェイは心配そうに山を見上げる。
 シャツの袖の糸にそっと触れた。
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