ただの魔法使いです

端木 子恭

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くずれゆく森

轗軻に処する

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 ウーシーは真正面から見張の兵士に近づいた。
 話しかけようと手を上げた。
 あの、見たことがない短剣を扱う人だ。

「こんばんは。お願いがあって来たんだけど……」

 柄の綺麗な網目模様が手で隠れる。
 剣が引き抜かれて刃が迫った。

「待って、ちょっと待って! 敵じゃないって」

 のけぞったウーシーの顎先で空を切る音がする。
 本気で来てると知って青ざめた。

 よろよろと飛び退いて足を踏ん張る。
 テントで休んでいた兵士たちが出てきた。

「俺は、ラグラスの人間だよ。
 ヘーレは誤解があって油井を撃ったんだろ?
 敵じゃないよね? 剣をしまって」

 ウーシーの服装を見て、兵士たちはいったん構えを解く。

「大砲の仕組みが知りたくて来たんだ。
 俺、そういうの作るの好きなんだよ」
「ヘーレの人間以外に勝手に見せられない」

 もっともだ。
 
 ダメか、とつまらなそうな顔をしたウーシーの手を、兵士たちは見咎めた。

「その石をどういう訳で持っている」
「落とし物を友達が拾ったんだよ」

 ウーシーは網の中に収まる赤い石を見せる。
 
「それはヘーレの物だ。返せ」

 一番近いところにいる短剣を持った兵士が手を出した。
 ウーシーは首を振って距離をとる。

「返せない。友達から預かったんだ」
「落としたのはうちの人間だ」
「そんなの分かんないよ」

 森の道の方へ進んだ。
 藪の上から雪が落ちて、ウーシーはフットマンかとそちらを見る。

「あ…」

 逃げる方向の薮に頭を出したのは黒い猪だった。

「魔物ですよ、ウーシー」

 ブレイズが警告する。
 大砲の管理をしていた兵士たちの顔つきが厳しくなった。

 外部の者に秘密を知られた。

 危険に挟まれてウーシーが視線を彷徨わせる。
 どっちがマシだ。
 どっちが生き残る可能性がある?

 剣を抜いた兵士と、魔物の猪と。
 または崖を登るか、崖を飛び降りるか。

「飛ぼう」

 重力には従うことに決めたウーシーが踏み出しかけた。

「待って。ウーシー、猪へ飛びつくんです」
「ぇえ?」

 ブレイズの作戦にウーシーは困った表情になる。
 しかし一秒後には魔物の方を見た。

「よし」

 十歩ほど向こうの薮へと駆け出す。

「その作戦のってみるっ」

 薮から突進してくる猪を一瞬やり過ごして抱え込んだ。
 数歩引きずられて雪の上へ落ちる。

 痛い、と叫んだのは兵士たちの悲鳴とほぼ同時だ。

 ひとを何人か倒した猪は大砲のところまで走っていって滑りながら止まる。
 引き返して再び人間を何人か轢いた。
 
「わあ、こっち来る」
「大丈夫、ウーシーは襲われない」

 ブレイズが早口に言う。
 猪が兵士たちを制圧していた。

「……」

 呆気に取られているウーシーの前に黒い獣がゆっくりとやってくる。
 頭を下げて、懐くように石を嗅いだ。

「ブレイズさんの魔法なの……?」

 石の中から安堵のため息が聞こえる。

「よかった。ウーシーの友だちが知らずにちょっと使ってくれたんです。
 このくらいの大きさの魔物ならなんとかなった」

 力無く笑った。

「しかし、もう限界です。
 私はこれ以上働けません」
「ありがとう。無理してくれて」

 ウーシーがにこっと笑い返す。
 それからうきうきと紐を取り出した。

「よーし、大砲見放題だ。
 寝床と、火と……」

 手早く兵士たちを拘束するとテントを覗く。
 干し肉があった。野菜も水もある。

「やったあ、食事付き! 最高だ」

 猪はもう一生ブレイズに懐くのだと教えてくれた。
 石の中の主人のいう通り、兵士たちをテントの隅まで運んでみせる。

 お利口さん、とブレイズの代わりにウーシーが褒めた。

 期せずしてゆっくり敵の兵器を観察できる。
 ウーシーはグラントが探しに来るまでに分解し尽くした。
 大砲も、砲弾も、ついでにあの短剣も。

「何やってんの、ウーシー」

 呆れた魔法使いに、非常に満足げな修道士。

「ありがとう。やっぱすげーね、グラントは」
「なんのこと?」

 よそのテントでやりたい放題か。

「ウーシー、その石、……」
「うん。友だちになったよ。
 この人はブレイズさん。仕事は弁務官。
 この子は猪のバディ。名前をついさっきつけた」
「バ……」

 傍にいるのは、魔物だけれども?

「ウーシー、とうとう獣の魔物まで友だちにするようになったの」

 唖然とする親友に高く笑う。

「違うよ。ブレイズさんの魔法。
 でもこれ一回きりだって。もうやんない」
「……」

 グラントは初めて見る魔法に興味がありそうだ。
 石を覗き見るようにしている。
 なんとか封印を解きたいのはこの親友も同じだ。

「話し合いはどうなった?」

 観察していた短剣を鞘に収めてウーシーが聞く。

「うん……。侯爵が来て、解散になったよ」
「へえ?」

 驚いたウーシーのそばにグラントがしゃがんだ。

「都で全団招集がかかったんだって。
 西の辺境伯の沙汰は一緒に都に行ってすることになったよ」
「大事?」
ヴァルトが来てる。あと1日ほどで城壁の外に並べそうだって」

 思ったより大事だ。

「二週間ほど前にバロールの団員が半数近く辞めてしまって。
 都の警備が現在手薄なんだそうだよ。
 そこにヴァルト兵が来て、数は相当多いのだって」
「うちはどうすんの」
「バレットにいる兵士千人で王城に上がる。
 ラグラスは待機だ。
 北も西も兵士はまだ動かさない」
「グラントはすぐ行くの?」
「そうなる」
「ワルタハンガで? バレットで?」
「そうなんだよねえ」

 今、従軍経験のある者も身分を与えられた者もバレットにはいない。

「シュトラールらしいなー」

 ウーシーが半笑いになった。
 グラントがテントを振り向いて怪訝な顔をする。

「フットマンは?」
「特命を遂行中」

 愉快そうな笑い方をした。

「面倒ごとなら今言って」
「泥棒してる」
「は?」

 グラントが掴みかかるようにウーシーの方を向く。

「人んちの領地で何好き勝手してるの」
「いや、ブレイズさんのため。多分みんなのためでもある」
「非合法な手段で手に入れた証拠は裁判で使えません」
「裁判になんてなんないよう」
「なんで分かるの? ウーシーの気まま! もう一生直らない」
「んー……」

 直す気もあんまりないウーシーだった。




「ねえ、ウーシー。
 不遇っていうのは何なの?
 対処するためにはどんな結果を招いても許されるの」

 フットマンを待つ間にグラントが尋ねる。
 白い朝日が森の上に出てきていた。

「西の辺境伯の行動?」
「彼だけじゃないよ。
 出て行った知り合いも、森の公爵も。外の伯爵たちも。
 自分の不遇をなんとかするための行動は当然だって思ってた。
 ジャックス陛下の子どもっぽい行動もそうなんじゃないかと思う時すらある」

 ウーシーがグラントの肩を叩く。

「許される」

 にこっと笑って言った。

「神様はきっと不遇に対処しようとした事は許す。
 怒られるのは、犠牲を承知で進んだ時」

 神様はよく分からないけれど、とグラントは前置きした。

「犠牲が出る前に止めたい。
 間違えきる前にやめてほしい」
「だろ? だからさ、何が起こってたのか、過去を探るために」
「泥棒は大間違い」
「時と場合だよー」
「いついかなる時もない」

 そうは言ったが、フットマンが持ち帰った書類を見て顔色が変わった。

「これ、焼けこげているでしょう?」
「我らは焚き付けを拾ってきただけです」
「燃えさしにたまたま重要機密が記されていたのです」

 しれっと言ってのける。

 確かに端が焦げてはいた。
 紙は冷え切っている。
 燃やそうとしたのは随分前のことだ。

「そうです。このようなことを確かに話しておりました」

 石の中からブレイズが証言する。

 書類はバルトサールとレミーの間で主に交わされたものだ。
 輸入や交易、編成について計画している。

 ウィラードに関することは何もなかった。
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