ただの魔法使いです

端木 子恭

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くずれゆく森

ことの紛紛

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 初対面が不機嫌の最大値だと思っていた。

 王宮の前庭で見たこともないくらい不機嫌なクイルの騎士に出会した。

「シェリーはどこなんだ」

 ワルタハンガの隊列に入ってきて一番にそう尋ねた。
 コンウェイが割って入るほどの雰囲気で。
 ユハが口を開けて見やるほどの低い声で。

 あと数刻のうちにウィラードが入城する。
 その前に玉座の周りに配置していなければならなかった。
 そんな時にやって来た、不機嫌の精霊のようなレイにグラントは苦い顔をする。

「体調を崩して療養してる」

 うっそりと答える魔法使いを締め上げた。

「嘘をつくな」

 不在中に色々ありすぎたレイは王宮の兵舎へ続く道の方に引っ張っていく。

「まず、出張中にフランカ様とは会ってない」
「ああそう」

 瑣末さまつなことからきた。
 戻ってからよほど聞かれたのか。
 本当にイライラしている。

「シェリーの目はどうなった」
「徐々に見えてきて、今は色と形が判別できる」
「ダヴィ王の容態を教えろ」
「熱が引かず、寝台を離れられない」

 背中に刺さる視線が痛い。
 争ってるって思われている。

「その制服はなんだ」
「ああこれ、クロテンの毛だったんだって。
 高価だよねえ。どうりで……」
「服の素材じゃない。どうしてグラントがワルタハンガにいる」
「兵役」

 早く受けないと罰金だったから。

 レイは頭突きしそうな形相でグラントを見た。

「間違いだって突っぱねろ」
「ああなるほど」

 そんな怖い顔ができる人間ならそうしてみたかもしれない。

「帰ったら、関係のない知人から言われた。
 シェリーは地権を受け取ったらしいと。
 噂によると私は結婚することになってるんだが。
 税制が変わって今年は税金がいくらになるのか分からないのに。
 父は資産のほとんどをメイソン卿に渡すつもりだった」

 借金せずに済むユーリー家はすごい。
 グラントは悪くないのに、はたから見ると完全に締め上げられていた。

「シェリーは受け取ってないよ。
 夏からずっと体調が良くない」
「シェリーはまさか地権を押し付けられたと知らないのか」
「シェリーは地権のことを知らない」
「居場所は」
「地権の問題と関係ない」

 レイがさらに不機嫌そうな顔になる。
 まだ不機嫌に余地があったことに驚いた。

「家令さんに言って支払いを止めさせた?」
「止めた。親の方はにはもう出ていくと脅した」

 それは、レイの親にとって最大に回避せねばならない事項である。

「なぜシェリーの居所は秘密なんだ」
「ウィラード卿の姿をして現れているものは、わたしの祖母と同種の木だ。
 詳しくは分からないが、枝先に幻を作れるのは同じらしい。
 その枝に魔力を吸われてシェリーは体調を崩した」

 レイの不機嫌が顔から立ち消えた。

「それが今からここへくる?」
「おそらくね」
「誘拐の恐れがあるから、居所はまだ秘密」
「……」

 レイが考える目になる。

「目的は見えているのか」
「レイはどう思う?」
「はたから見れば玉座の奪還だ」



 グラントがブレイズのことを話した。
 研究段階で廃棄になった兵器のこと。

 それを持ってヘーレ公はヘイゼルの油井に攻撃してきた。
 従業員が逃げ込む先にあるラグラスへ持ち込むつもりだったのではないかと思う。
 ラグラスは魔物の血を引く者のさと。


 石を輸入しているのはヘーレ公バルトサール。
 監視をかいくぐれるよう計らったのはレミーだ。

 油井の件は一旦アッシャーの預かりになっている。
 ヘーレ公を王宮に連れて来た。

 このまま都にいるのが長引けば、輸入の件でも追及される。
 レミーともども。



「ウィラード卿が関わった事実はその焚き付けにはなくて」


 フットマンがいただいてきた書類は焚き付けにされるのを免れたもの。

「その書類は証拠として使えないが、石の件は運輸省に報告できる。
 グラントがその石を拾ったのはヘーレの領内か?」
「判然としない。西の山あいだった」

 レイが長期出張していた理由が石の調査だった。

「私は北の辺境領が輸入に関わっているのではないかと聞いていた。
 東の島嶼国を回って確認してきた。
 確かに一度北の辺境領を通っている。しかしその道筋は湾の奥。
 一度外に出て再び国内に入ってきている」

 倫理協定に参加はしていない。
 けれど非人道兵器の使用禁止の条約の方にはぎりぎりひっかかるかもしれない。
 
「ブレイズさんが証言している。
 バルトサール卿と、レミー、ウィラード卿はヘーレで何度も会っていた」

 グラントは仮説が立っているようだ。

「グラントはどう見立てている?」

 始まろうとしているのは単純な内戦ではない。
 グラントの想像ではウィラードは決して傀儡ではなかった。

 かつての隆盛。
 王家からの厚遇を望んでいるのはバルトサール。

 レミーは自分が操れる王を欲している?

 ウィラードは、祖父の汚名をすすぎたい。
 許されるのを待って大人しくしているのはやめた。
 待っているうちに祖父ホルストは亡くなってしまった。


「悲しんでいる」


 グラントの呟きに、レイは一瞬眉を顰める。

「ウィラード卿は嘆いているんだよ。
 誰とも共感し合えないまま、間違えたんだ。
 知らずにわたしの祖母の木の枝を精霊に願った。
 本物は今この世にはない。
 人間の手で死なないように生かされている弱った幼木をつかまされた。
 そのためにひとの命二つ分を差し出している」
「それは、……」
「先代ヘーレ公と、ウィラード卿の父上だ」
「二年前だな」
「お二人は王を攻撃するのに反対でいらっしゃったんだと思うよ。
 ウィラード卿を思いとどまらせる人がいなかったんだ」

 バルトサールもレミーも、若いウィラードを守らなかった。
 あまつさえ犠牲にした。
 祖母の木を大きく育てるため。

「あの石は、木の養分を集めてこられる。
 西の辺境領のあたりは魔物が出るもの。
 集めて木に与えたんだ。人の手であんなに大きくできた事例はない。
 それがとうとうこの冬は大きな魔物がいなくなった。
 領主不在のラグラスに言いがかりをつけて乗りこめばまだ木を育てられる」
「木を見たのか。二年でどれだけ大きくなった」
「領地の端まで常時枝を伸ばす力があった」

 グラントは耳の後ろに触れた。

「根は城と同じ大きさに張っている。
 枝は一つくらいなら国の端に届くまで伸ばせるようになっているんだろう」
「ウィラード公爵はどうやってそんな魔物の木を操っている」

 レイの質問には答えにくい。
 推論でしかない、と断ってからグラントは息を吐いた。


「自分に植えた」

 しばらく無言でレイはグラントを見つめる。

「ウィラード卿は反乱の前にまずはシェリーを仲間にしたがってる。
 連れて行かれる寸前でシェリーは逃れた。
 今回の登城の目的のひとつはシェリーを探すことかもしれない」

 そう話すグラントは、どうも敵の情報を話している様子ではなかった。

 憐れむべき同世代の青年の事を話しているようだ。
 追放された者が勝手に王宮へ押しかけるということがどんな大事なのか。
 そんなことは全く考えていない。

 レイの表情が、小さく小さく変わっていって、やがて不機嫌に落ち着いた。

「グラント、もしかして彼を憐れんでるか」

 そんなことが不機嫌の理由なのかとグラントはレイを見返す。

「不運じゃないか? ウィラード卿は」
「そうだな。公爵は不運であられた。人にも恵まれず、遺憾だ。
 だが、もう勝負を仕掛けてきた。王を狙っているなら倒さねばならない」
「なんでそう、命をやり取りする」
「そういう事をしてきたのは向こうからだ」
「だからって同じ力で返すのが正義?」

 レイが目を剥いてグラントの肩を掴んだ。

「簡単に言えばそうだ」

 守るものは決まっている。

「国を守るんだ」
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