ただの魔法使いです

端木 子恭

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くずれゆく森

空谷を知る 2

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 やりにくい。

 そういえば最初もそうだった。
 この魔法使いと一緒に戦うのはやりにくい。

 好結果であったのは、別部隊を受け持った時。

 戸口に立つウィラードの肩を切りつけた。
 確かに入ったと思われた攻撃は、次の瞬間にすり抜ける。

「楽しいものだね。騎士と試合うのは」

 小さなつぶやきの意味は、グラントだけが理解した。

「今からでも」
「無理だろう」

 冷静な声でウィラードは言う。

「手遅れだ」

 グラントの横にレイが立った。
 立つように促す手が肩を叩く。

「敵と話すな。特におまえのような考えの者は」
「……」

 グラントが一度強く目を閉じた。
 振り払うようにとんと杖が地面を突く。

「話したいんだよ。
 もしかしたら公爵は……」
「敵だ。魔物の力を手に入れて王宮で暴れている。
 事業には溶岩を使うのに、どうして戦いでは使わないんだ。
 あれに対抗できるのはグラントの右手だろう」


 レイはあの赤い山を見ても同じことを言うだろうか。


 グラントはいつもあの山の光景が浮かぶ。
 それだけで怖くなる。
 建物が連なるこの都で使うことが。


「簡単に言わないで」

 右手から赤い糸が滴った。

「魔物の喧嘩がどんなものか知らないでしょ」

 小さな小さな珠のようにばらけた溶岩が散らばっていく。
 地面に出ていた枝の棘に刺さると、吸い込まれるように消えた。

 杖をウィラードに差し向ける。

「公爵、本日のところはお帰りください」

 溶岩を吸った枝が燃え上がった。
 ダヴィの館の周辺が炎に包まれたようになる。

 王宮の前にいた兵団がざわめいた。
 集団が慌てて泉に駆け出す。

「審議はきっと再開されます」
「それ一つでは不足だ」
「お願いです」

 グラントが歩み寄っていった。
 ウィラードの足元に膝をつく。

「シェリーを自由に生きさせて」


 右手が地面を掴んだ。


 ウィラードの足元から引き摺り出されたのは少し太い枝だ。

「これ、幹につながる枝ですね」

 立ち上がって引き上げると胴と同じほどの径がある。

 グラントは魔力をこめて内側から破ろうとした。
 木は確かに嫌がるそぶりをする。

「幹をやられては生きていられない。
 何千年生きたおばあさまであっても」

 ウィラードは枝の先をもたげた。
 棘が長く長く突き出す。

「ひとの方が容易く倒れる」



 どちらが目的を早く達するか。



「競争ですね」


 周辺の枝が集まってくる。
 グラントの周りを取り囲んで繭のようになった。

 家が軋むような音がする。
 ばくんと音を立てて枝の一部が割けた。

 痛みを訴えるように枝が震える。
 時間がなくなったことを察してウィラードが繭を見た。
 
「邪魔をするな」

 繭の中で、棘はグラントに刺さらない。
 魔法がかたく身を守っていた。
 
 苛立って枝がしなる。

 枝の繭は、その中身ごと地面に打ち付けられた。
 木の破片が飛び散る。



 恐ろしい音がした。



 叫び声はグラントのものだった。



 いつの間に、シェリーが戸口にいた。
 扉につかまって膝をついている。
 階段を転げたのか装具は外れかけていた。

公爵ヘルツォーク


 折られた太い枝を庇うウィラードに呼びかける。
 彼女の青い顔はじっと解かれていく枝を見ていた。

「シェリー殿下」

 にこやかに、ウィラードはそばに寄る。
 シェリーの片手を取った。

 もう片方の手にはしっかりとアリアが抱かれている。

「おいでいただけますか」
「参ります」

 断固とした声色でシェリーは答えた。
 ウィラードをまっすぐ見て手を握り返す。

ヴァルトへ私をお連れください。
 不要な攻撃はなさらないで」

 レイが急いで上着を脱ぐとグラントを覆った。




 王宮から避難してくる貴族たちを、街区の住民は見た。
 槍に追い立てられるバロールの軍服を見てしまった。

 飾りのついた馬を駆るヴァルト公爵。
 その前にいる人のことを知っていた。

 不遇の中にいた殿下。
 民に親しもうとしていた人。




 きっとジャックス王には耐えられなかったと噂がたった。

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