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くずれゆく森
空谷を知る 1
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青みがかった灰色の石。
滑るような光沢ではないけれど、落ち着いている。
崖の上に立つ大きな城だ。
都の城ほど大きい。
話していたほど寒くはない。
崖の中程から突然岩が落ちていくのを見た。
上に乗っていた雪が続いて滑る。
木の根が張りすぎているのだ。
家人は十分な数がいた。
皆青白い顔をしている。
主人があんな事をしたのだ。無理もない。
調度品は立派なものばかり。
総じて古い。大切に使ってきた。
執務室は小さい。
壁には武具が飾ってあった。
宝飾の見事な剣が一振りかかっている。
大きなホールだが寒々しい。
真冬だというのに暖炉に火はなかった。
雪が吹き込んだわけでもないのに角には氷がかたまっている。
ラグやカーテンもない、石の空間だ。
それが、彼の住む森の城だった。
ほんの一刻前までは都にいた。
外が騒がしくなり、大勢の人間が王宮のホールに詰めた。
シェリーは不安で、アリアを抱えながら窓から見ていた。
何かの木が生えてきて奥の館を包んだ。
その所作が悲しそうで、思わずダヴィに報告しにいった。
自室に隠れるように言われ、従った。
窓から見ていたら杖を持ったグラントがいた。
廊下を歩く足音が聞こえて振り返る。
重そうな音だ。
剣の音。騎士。
シェリーは目を閉じて聞いていた。
「久しぶりです。シェリー、開けても構いませんか」
レイの声だった。
家人が扉を開ける。
「……聞いていますか? 私の目のこと」
初めて直に見るレイにそっと尋ねた。
「見えてきていると聞いています」
喜ばしそうに束の間笑みを見せる。
それはすぐにしまわれた。
「今日はウィラード公爵が城に来ています。
今すぐ移動します。公爵は王宮の中を手当たり次第に探している」
「ここを離れたくない」
語気強くシェリーが言う。
「ダヴィ殿下を見守らせてください」
「できない。ホールはもう公爵のために混乱しています。
家人の棟にも枝が出てきていました。
あれはシェリーを探しているんでしょう?
今のうちに王宮を出ないと見つかってしまう」
廊下のどこかから鞭打つような音が聞こえた。
木の枝が生えてきたのだと分かって一同息を呑む。
窓の外を蔦のように枝がはい伸びて来るのが見えた。
家人がシェリーを庇って窓から離れる。
階下で止まった音は、次に軽い足音に変わった。
人の様ではないが、上がってくる姿はウィラードだ。
レイはグラントが言った幻という言葉に納得する。
足音は微かだ。
幽霊のように軽い。
「シェリー殿下を招きに来た」
クイルの騎士たちを見回して公爵は言った。
どこか懐かしそうに制服を見る。
「承知しかねます」
公爵は声を発した者に視線をとめた。
レイがシェリーを隠すように立ちはだかる。
「このままお帰りください。でなければ剣を抜きます」
「卿は」
ウィラードが剣を抜いた。
レイはすぐに廊下へと飛び出す。
扉を閉めてから剣を抜き放った。
「ここがどなたの館かご存知の上ですか」
「ダヴィ殿下の館だ。
改築してずいぶん変わった」
「狼藉ですよ」
「もとより逆賊である」
ウィラードが剣をまっすぐ切り下ろす。
頭ひとつ分低い位置からの一撃は、それでも弾けないほど重かった。
受けたレイが両手で柄を握って押し返す。
「卿が伯爵家の子息か。レイ・ユーリーだ。
何用あって再びシェリー殿下を庇い立てする?」
事情を知っているような口ぶりだ。
レイは数回打ち返して間合いを取る。
「公爵のご意向を存ぜずに、拙宅では夏に結納品を納めました」
内心頭を抱えながらレイは告げた。
「まだ返事は受け取っておりません。
私は正当に邪魔だて致す理由がございます」
ウィラードが可笑しそうに笑う。
「私はまた遅れをとったわけだ」
レイは視界に木の枝が飛びこんできてそちらを見た。
剣を握った手の甲に長い棘が刺さる。
いつの間にか床から生えていた枝の棘に刺された。
体から力を吸い取られるような感じがする。
抗って身を捩った。
「首を刎ねれば遅れは取り戻せるか」
ウィラードが剣を薙ぐ。
「公爵」
階段から声がした。
剣はレイに当たる手前で止まる。
見えないが壁に当たってそれ以上刃が進まなかった。
「レイはシェリーの友だちです。
大切にしてください」
手すりにつかまって、グラントは噛み締めた歯の間から言う。
「嫌われますよ」
最初それで怒られた。
「傷を癒す魔法……?」
「わたしが扱うのは幻です」
訝しげな表情に、まだよく知られていないと悟る。
お互いに知っていることは同程度だ。
「レイ、公爵の操る木はね、聖油で燃える。
コンウェイが教会に向かってるから、手伝って」
レイが騎士たちを何人か行かせた。
「魔法を使える者、精霊や呪いを見られるものは木に力を奪われる。
そういう人間は近づかないで」
グラントの言葉にクイルの騎士たちは顔を見合わせる。
「よく知っているな」
ウィラードが剣をグラントに向けた。
杖がとんと床を叩く。
「家族なのです」
床から飛び出した枝を押しとどめた。
一本だけ魔物の右手で掴んでみる。
確かに杖と同じような感じがした。
枝の途中にある棘の根元から犬が飛び出す。
ウィラードの袖に噛みついた。
「取り押さえろ」
レイが命じる。
騎士たちがつかみかかった。
「枝はたくさんある」
腕の下でウィラードが笑う。
床から生え出した枝は騎士たちを弾き飛ばした。
グラントの掴んでいた枝がしなって襲いかかる。
杖で受けたグラントは階段を転げた。
「グラント、溶岩で焼け!」
公爵に斬りかかりながらレイが怒鳴る。
剣で防ぐウィラードを蹴飛ばした。
階段の踊り場まで退いた彼に剣を突き立てようとする。
グラントのそばに枝が出てきた。
それは公爵の姿となって現れる。
倒れ込んでいたその襟首を掴んで扉から外へと放り出した。
「グラント」
レイは一度手元を見る。
目の前にあったはずのウィラードの姿が消えていた。
滑るような光沢ではないけれど、落ち着いている。
崖の上に立つ大きな城だ。
都の城ほど大きい。
話していたほど寒くはない。
崖の中程から突然岩が落ちていくのを見た。
上に乗っていた雪が続いて滑る。
木の根が張りすぎているのだ。
家人は十分な数がいた。
皆青白い顔をしている。
主人があんな事をしたのだ。無理もない。
調度品は立派なものばかり。
総じて古い。大切に使ってきた。
執務室は小さい。
壁には武具が飾ってあった。
宝飾の見事な剣が一振りかかっている。
大きなホールだが寒々しい。
真冬だというのに暖炉に火はなかった。
雪が吹き込んだわけでもないのに角には氷がかたまっている。
ラグやカーテンもない、石の空間だ。
それが、彼の住む森の城だった。
ほんの一刻前までは都にいた。
外が騒がしくなり、大勢の人間が王宮のホールに詰めた。
シェリーは不安で、アリアを抱えながら窓から見ていた。
何かの木が生えてきて奥の館を包んだ。
その所作が悲しそうで、思わずダヴィに報告しにいった。
自室に隠れるように言われ、従った。
窓から見ていたら杖を持ったグラントがいた。
廊下を歩く足音が聞こえて振り返る。
重そうな音だ。
剣の音。騎士。
シェリーは目を閉じて聞いていた。
「久しぶりです。シェリー、開けても構いませんか」
レイの声だった。
家人が扉を開ける。
「……聞いていますか? 私の目のこと」
初めて直に見るレイにそっと尋ねた。
「見えてきていると聞いています」
喜ばしそうに束の間笑みを見せる。
それはすぐにしまわれた。
「今日はウィラード公爵が城に来ています。
今すぐ移動します。公爵は王宮の中を手当たり次第に探している」
「ここを離れたくない」
語気強くシェリーが言う。
「ダヴィ殿下を見守らせてください」
「できない。ホールはもう公爵のために混乱しています。
家人の棟にも枝が出てきていました。
あれはシェリーを探しているんでしょう?
今のうちに王宮を出ないと見つかってしまう」
廊下のどこかから鞭打つような音が聞こえた。
木の枝が生えてきたのだと分かって一同息を呑む。
窓の外を蔦のように枝がはい伸びて来るのが見えた。
家人がシェリーを庇って窓から離れる。
階下で止まった音は、次に軽い足音に変わった。
人の様ではないが、上がってくる姿はウィラードだ。
レイはグラントが言った幻という言葉に納得する。
足音は微かだ。
幽霊のように軽い。
「シェリー殿下を招きに来た」
クイルの騎士たちを見回して公爵は言った。
どこか懐かしそうに制服を見る。
「承知しかねます」
公爵は声を発した者に視線をとめた。
レイがシェリーを隠すように立ちはだかる。
「このままお帰りください。でなければ剣を抜きます」
「卿は」
ウィラードが剣を抜いた。
レイはすぐに廊下へと飛び出す。
扉を閉めてから剣を抜き放った。
「ここがどなたの館かご存知の上ですか」
「ダヴィ殿下の館だ。
改築してずいぶん変わった」
「狼藉ですよ」
「もとより逆賊である」
ウィラードが剣をまっすぐ切り下ろす。
頭ひとつ分低い位置からの一撃は、それでも弾けないほど重かった。
受けたレイが両手で柄を握って押し返す。
「卿が伯爵家の子息か。レイ・ユーリーだ。
何用あって再びシェリー殿下を庇い立てする?」
事情を知っているような口ぶりだ。
レイは数回打ち返して間合いを取る。
「公爵のご意向を存ぜずに、拙宅では夏に結納品を納めました」
内心頭を抱えながらレイは告げた。
「まだ返事は受け取っておりません。
私は正当に邪魔だて致す理由がございます」
ウィラードが可笑しそうに笑う。
「私はまた遅れをとったわけだ」
レイは視界に木の枝が飛びこんできてそちらを見た。
剣を握った手の甲に長い棘が刺さる。
いつの間にか床から生えていた枝の棘に刺された。
体から力を吸い取られるような感じがする。
抗って身を捩った。
「首を刎ねれば遅れは取り戻せるか」
ウィラードが剣を薙ぐ。
「公爵」
階段から声がした。
剣はレイに当たる手前で止まる。
見えないが壁に当たってそれ以上刃が進まなかった。
「レイはシェリーの友だちです。
大切にしてください」
手すりにつかまって、グラントは噛み締めた歯の間から言う。
「嫌われますよ」
最初それで怒られた。
「傷を癒す魔法……?」
「わたしが扱うのは幻です」
訝しげな表情に、まだよく知られていないと悟る。
お互いに知っていることは同程度だ。
「レイ、公爵の操る木はね、聖油で燃える。
コンウェイが教会に向かってるから、手伝って」
レイが騎士たちを何人か行かせた。
「魔法を使える者、精霊や呪いを見られるものは木に力を奪われる。
そういう人間は近づかないで」
グラントの言葉にクイルの騎士たちは顔を見合わせる。
「よく知っているな」
ウィラードが剣をグラントに向けた。
杖がとんと床を叩く。
「家族なのです」
床から飛び出した枝を押しとどめた。
一本だけ魔物の右手で掴んでみる。
確かに杖と同じような感じがした。
枝の途中にある棘の根元から犬が飛び出す。
ウィラードの袖に噛みついた。
「取り押さえろ」
レイが命じる。
騎士たちがつかみかかった。
「枝はたくさんある」
腕の下でウィラードが笑う。
床から生え出した枝は騎士たちを弾き飛ばした。
グラントの掴んでいた枝がしなって襲いかかる。
杖で受けたグラントは階段を転げた。
「グラント、溶岩で焼け!」
公爵に斬りかかりながらレイが怒鳴る。
剣で防ぐウィラードを蹴飛ばした。
階段の踊り場まで退いた彼に剣を突き立てようとする。
グラントのそばに枝が出てきた。
それは公爵の姿となって現れる。
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