ただの魔法使いです

端木 子恭

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闇に寄り添い、願いを結ぶ

悔悟

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「閣下」

 シェリーが呼びかけたが、言葉は通じていない。

 木の幹に半身を飲み込まれる形になっていた。
 幹の太さはすでに出入り口より大きく、背後に並んだ棺を押すほど。
 小さな廟は侵食されて今にも崩れ落ちそうだ。

 突然現れてじっと自分を見つめる獣。
 ウィラードはヤモリを見つけて笑う。

「暖を求めて入ってきたのか?
 ここは安全ではないよ。もっと上の階に冬の住処を作れ」

 愛しむような表情だった。
 少し話すと呼吸が乱れる。


 木と共存しているのではないのか。


 シェリーは人の姿に戻った。


 木の根の上に座り、静かに彼を見つめる。


「シェリー殿下の魔法か……」


 驚いた後、ウィラードは傷ついたような表情になった。


 見られてはいけないものを見られてしまったよう。



「木の一部になったのですか?」


 仕組みを知ろうと。
 それだけの気持ちでシェリーは尋ねた。

 グラントの祖母の花の木。
 狩りをする植物。

 接木で増やしたければ人間の魂二つと交換で精霊が授けてくれる。
 人間の世界にはそう伝わっている。

 種子も発見されているが発芽した例はない。


 シェリーは背後の棺を見た。
 三体安置されている。


 そのうちのふた方を犠牲に枝をとってきてもらった。


 グラントは呼び出し方を知っていたようだった。
 見せてはくれなかった。

 呪符を作るのが得意な魔法使いなら比較的簡単に作れる。
 魔法使いでなくとも精霊を呼べる道具が。
 

「お一人で願われたのですか?
 それとも、どなたかと……?」

 ウィラードは自由な片手で額を覆った。

「精霊の話や方法もご存知ですか」
「私の友だちはすごい魔法使いなのです」


 シェリーは本を抱く力を一瞬強める。


「恥ずべきことは何もありません。
 閣下は誰にも知られず戦っておられた。
 この木を精霊に願ってしまったことは間違いですが。
 恥ではありません」


 こっそりとアリアが顔を覗かせた。
 バレない程度に魔王がはためく。

「閣下はこうなると分かっていて自ら願ったのですか……?」


 アリアから見えるウィラードは、病人のようだった。
 青い肌をして、目ばかりは強く意志を訴える。

 身の回りの世話をきちんとされてはいるけれど。
 
 ウィラードはシュトラールの人間たちを思い出させた。

 今のことだけを考え続けて。
 それ以外を考えている余裕はない者たち。



「自分に挿されるまで、私はこれが何なのか知りませんでした」


 長いため息を吐く。

「ここへシェリー殿下をお招きして、すべてお話ししたかった。
 恥ずべきことも、望むことも。
 けれど、これを先に暴かれるとは考えておりませんでした」

 あの魔法使いのせいだ。
 シェリーの心の空虚を埋めて、前に出る勇気を持たせた。
 魔法を授けて、体の不自由を軽くして。

 そうして今、彼女はウィラードの秘密を暴きにきた。


「考え違いをしておりました。
 私があなたを招いたのではない。
 あなたはここへ乗りこんできたのですね」
「そうです」

 シェリーは小さく笑う。

「私は魔法使いです。やれることがきっとある」

 確固たる意思の源はグラントだ。
 彼がシェリーの心を支えている。


 ウィラードは子どものままで留まった自分を思った。



 恐ろしいことが起こると承知で願った。


 こんなことになっても、どこかで信じていた。
 自分にこれをした人たちのことを。

 引き返せないと思いこんだのは幼稚さゆえだ。

 少し前まで同じだったはずのシェリーを前に、悔悟の念が渦巻く。


「己の浅はかさを隠さず話すなら、私は今、後悔しています。
 どうして都合のいい話と見抜けなかったのか。
 こんな秘密を背負わされて、身動きを封じられてから気がつくなど」

 ウィラードは少し忌々しいように眉を寄せる。
 シェリーは首を振った。

「グラントに出会うまで、私は閣下と同じでした。
 なんの身分もない人間をずっと世話し続けるなど都合のいい生活です。
 いつ終わるとも知れないと不安を抱きながら甘んじていた。
 あの時にウィラード卿と出会っていたら、私は新たな都合のいい話を信じていた」

 二人の身の不遇の元は今の王家。
 一緒に倒して権力を握ろうと説得されたら応じていた。
 訳も分からぬまま。

 シェリーは祖母の気持ちも都の民の気さくさも知らなかった。
 ダヴィのことも体の弱い王子としか聞かなかったろう。



「どうしてことを急いだのですか?」



 先日の王宮での騒ぎを指してシェリーは尋ねた。


 惜しむらくはそのことだ。
 ウィラードに焦りさえなければ、事態は拗れずに済んだ。



「もうすぐ木に潰されそうだからです」


 俯いてウィラードは答える。

「私にこれを挿した人間たちは、木を大きくすることに夢中でした。
 もっと根を広げれば。枝を大きくできれば。自分たちの魔物が都に届く」

 こんなことは望んでいなかった。
 ウィラードの声には悔しさが混じる。

「……私はこの木の台木です。
 親を生かしておくために木は養分をとり続ける。
 私が嫌だと言っても食料を差し出されれば枝の棘は食らってしまう。
 急に成長したせいで親の体が呑まれていっても、木にはどうすることもできない」

 シェリーは肩をこわばらせた。
 この人は二年以上の時間を過ごしていたことになる。
 木に絡め取られながら。

 植物学者たちが長年研究しても、人間の世界で大木になった例はない。
 この木は、幼木とは思えないほどの大きさだ。

「……私の目的は、シェリー殿下にヴァルトを継いでもらうこと」

 浅い息に笑い声が混じった。

「時間のない私の代わりに祖父ホルストの名誉を回復していただきたいのです。
 あなたに望むことはそれだけです」

 しかし、とウィラードはひび割れた天井を見上げる。

「あの人たちはそうではない。
 私が木に呑まれそうなのを知ると、次はシェリー殿下にさせようと目論んだ。
 我が世の春のために玉座を奪ってもらおうと」
「こうなられても仲間だと思っていたのですか?」

 ウィラードに対する侮蔑は微塵もなかった。

 不遇の中にある子どもの前に美しい嘘を並べた大人がいけない。


「いいえ。
 この度は彼らに無断で王宮へ行ったのです。企みの証拠を持って」

 ウィラードだってちゃんと自分で踏み出していた。
 シェリーはほっと息をつく。

「一つ前の冬からはずっと、出し抜いてあなたを招くことを考えておりました。
 命を諦めても残る望みは、祖父のことだった」
「ホルスト卿のことでしたら、喜んで協力いたします」

 シェリーは頷いてみせた。
 それからむっとアリアがするように口を結ぶ。
 瞳は笑いを浮かべていた。

「王宮で暴れたことは褒められません。
 魔物が暴れては、人間はひとたまりもないのです」
「不甲斐ないことでした」

 ウィラードは苦笑する。

 そんな親戚へシェリーはゆっくり手を伸ばした。
 手負いの動物を宥めるときのように。

「閣下。お話をいたしましょう」

 シェリーはアリアと話している時のような表情で言う。


 敵ではない。


 暗い世界に飲みこまれそうなウィラードに手を伸ばす。

「ウィラード卿の物語を。聞かせてください」

 幻の姿とは違う。
 細くなってしまった指をそっと包んだ。
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