ただの魔法使いです

端木 子恭

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闇に寄り添い、願いを結ぶ

いつわりの顛末

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 三つ前の夏に、祖父ホルストは息を引き取った。

 都から弔問に来てくれたのはレミーだけ。
 幼い頃からこの高官だけはヴァルトに顔を見せていた。

 祖父はあまり話さなかったが、父とウィラードは彼といつも話した。
 彼も先祖が王族だったものの継承権を手放すことになった。
 今はいち臣下として仕えている。

 西の辺境伯の子息バルトサールを伴って来るようになったのはいつからだったろう。
 二人とも頼れる年長者としてウィラードによく接した。

 剣を教えてもらった。事業の手助けもしてもらった。
 騎馬の駆り方、兵の組織の仕方。騎士が身につけるべき作法など。
 彼らから教わった。

 もう一人、王族でありながらその存在を隠されている子どもの話を聞いた。
 体が不自由なため隠し続けるのにも費用がかかる。
 大人しくしていない女の子で、平民の子どものように自分で木の実などを探してくるのだ。

 年の近いその子の話を聞いていた。
 バルトサールやレミーには理解し難かったようだが。

 体が不自由でもたくましいところをあるその親戚に会ってみたいと思っていた。

 ウィラードとじっくり話す大人は、レミーとバルトサールだけだった。

 祖父が亡くなったら罪は許されて。
 父とウィラードは都に戻れるという話もいつの間にか信じていた。

 祖父ホルストを逮捕したとき、レミーは冤罪を確信していた。
 そう話してくれた。
 だからウィラードの王籍の復活にはきっと協力する。
 約束した。

 王が嫌がって果たされないときには西の辺境領が兵を貸す。
 もしもの時の備えと言って、非常手段の話もした。
 そのときには極秘でヘーレを訪れた。

 バルトサールが集めた赤い石を見せてもらった。
 中に人が入っているというその石。
 真偽は分からなかったが、それを見ながら仮の未来の戦の話をした。

 ホルストは都の生活をあまり語らなかった。
 ただ、森で暮らすのでいいのだと諭すように言って聞かせた。

 ウィラードには、最後にもそう言い残した。




「祖父は分かっていたんです」

 ゆっくりと話すウィラードは、先日見たような覇気はなかった。

「約束なんか守られない。あれはレミーのでまかせ」




 秋の間に手紙が二通きた。
 一つはローガン王から。
 公爵の継承の儀式を行うから王宮に二人で来るといい。

 もう一つはレミーからだった。
 王の申し出は断るように。目的は公爵を授けることではない。

 ウィラードはレミーを信じて腹を立てた。
 外の伯爵たちも高官の忠告の方を信じてどういうことかと同調した。

 父は行かないという旨の返事をして、それだけだった。

 しばらくしてレミーが訪れた。
 バルトサールと、その父君のヘーレ公を伴っていた。
 ヘーレ公は子息によって、まるで罪人のように引っ立てられて城へ入った。
 祖父に挨拶をすると言って。

 父と自分は都に戻れるのかと聞いた。
 大変痛ましいと言うような表情で、レミーは答えた。



 王が許さない。


 そればかりではなかった。
 もう一人の王族の娘はこの冬の間にいなくなるだろう。

 今まで外の伯爵たちの心を支えてきたホルストが亡くなった。
 そのことで紛争の危険が高まったのを王は恐れている。

 もし孫娘やウィラードのもとに不満を持つ貴族たちが集まったら。
 内乱で都は燃える。
 その未来は起こりうると信じている。




 まだ都の方も雪の降らない季節だった。
 今から王に謁見願えば無体は取り消してくださる。

 ホルストは弟のローガンを優しいと評していた。

 きっと直に話していないせいだ。
 脅威などない。
 その孫娘と一緒に都へ行って、話をすればいい。

「都にはジェロディがいます」

 レミーは丁寧に伝えてきた。
 館の惨劇のことを思い出して、ウィラードは青ざめた。

「未だに魔力は衰えていない。
 あの方は王に味方しますよ」

 ウィラードの選ぶ道を閉じていくような話し方だった。

「ウィラード様が兵を挙げて、都を飛び越えていくには、ジェロディが邪魔です。
 彼は決して通しません。王の脅威になるものは」
「では、……では私が単独で。秘密裏にそのお嬢様に目通りします。
 一緒に王へ謁見願おうと話します」
「彼女のすぐ近くには北の辺境伯コーマック卿がおります。
 彼の監視網をかいくぐれますか?」

 ホルストに手紙をくれていた人だ。
 
 彼の私兵の機動力は高い。
 領地外の異変にもいち早く気づくと祖父が話していた。

 本人が現れずとも個々の兵士の武力も高い。


「ウィラード様が都の辺りで捕まれば、王はいよいよ頑なになるでしょう。
 シェリー様も余計に危うくなります」
「何もせずとも彼女は葬られそうなのでしょう?
 体が不自由ではどうすることもできないのに。
 訴える機会もないまま消されてしまうんでしょう?」
「この場合、致し方ありません。
 ウィラード様の命ひとつでも助かればと考えましょう」

 優しく言い聞かせるような柔かい口調だった。

 それが、まだ会ったこともない親戚の娘への哀れみを増した。

 父に相談した。
 自分は都の向こうまで行きたいと懇願した。

 父の答えは否だった。

 父はレミーに厳しい顔を向けた。
 そんなことは初めてだった。
 すぐに帰れと言い放った。



 帰らなくていいと言ったのは、ウィラードだった。


 その時は怒っていて、父が弱く見えた。

 嘘を並べてウィラードを操っていたのはレミーだったのに。
 
 ローガン王の心を無碍にさせたのも。
 シェリーの命を好きなように加減していたのも。



 何か方法はないか、レミーに問うた。
 彼は精霊に願うことを提案した。


 犠牲など気にならない。
 森にじっとしているならそんな人生に意味はない。



 レミーはその言葉を待っていたようだ。

 

 祖父の墓の前で呪符を取り出した。
 これで精霊に願えば、ウィラードは不思議な力を手に入れる。
 秘密裏にどこへでも行けるようになると語った。

 祖父の棺のそばで、二人の命と引き換えにした。
 呼び出された精霊は枝を一差し手渡して消えた。

 これが何なのか知らないまま、言われるままにレミーに渡した。

 バルトサールが剣を抜いた。
 差し貫かれたのは自分で、刃を引き抜いた彼はすぐあの赤い石を取り出した。
 背中から枝を挿されて座りこんだ。

 あっという間に細い根が張った。
 飢えたように枝が伸びて赤い石が悲鳴を上げた。
 棘が何か吸い上げると、根はどんどん伸びていった。


「魔物……。魔物の木…」


 木の根はウィラードを床に縫いつけた。
 押しやろうとした指先が幹にのまれた。

 すぐに操れるようになる。
 自分たちが木の世話をしてやるから。

 そのようなことを言っていた。


 嘘だとこの時になって分かった。


 顔を出した一つの嘘が、次々に今までの嘘を暴き出していく。
 ようやく嘘と真実の境目を見られたような心地がした。
 

 嘘は、レミーの形をしている。
 その嘘にだいぶ喰われたのがバルトサール。

 打ち震えるウィラードから逃げるように、二人は去った。 



 自分は初めから生贄で。



 こうなってやっと気づいた。



 楽しかった、明るい思い出が暗闇に呑まれていく。
 温かい気持ちも胸の高鳴る夢もすべて偽り。


 だからといって引き返せない。
 祖父を失い、父らを差し出した。



 最初に見つけた神父には全て話した。
 彼は生きようと言った。
 生きて光を探すことだ。


 しばらくはウィラードを宥めすかしに来るあの二人に付き合うことにした。



 考え続ける中で残ったことが二つあった。



 祖父の無念を晴らすこと。

 そして、もう一人の王族。



 この木を操れるのはウィラードだ。
 

 この木を使いこなして、シェリーと会うことができたらいい。
 話したい。
 自分の後を引き継いで、叶うならホルストの名誉の回復を頼みたい。



 取り縋るような気持ちで息を続けた。
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