ただの魔法使いです

端木 子恭

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闇に寄り添い、願いを結ぶ

影に問う

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 西の辺境領の南側。

 巨大な投石機が大きく傾いだ。

「完全に取り出してー。運んでいくよ」

 とんでもない命令を下しているのはウーシーである。

「ウーシー、大将隊はやはり南下している。
 大砲もこちらに集まりつつあるぞ」

 上空を旋回しているラーポの配下の鳥が報告した。

「なんでー?」

 前方で始まった小競り合いの音を聞きながらウーシーが尋ねる。


 大将隊はもっと北上したところで当たると考えていた。
 そちらの方が領土を出ていく洞窟の距離が短い。


「蛇だ。
 何故か大蛇が北の方の洞窟という洞窟に住んでる。
 丘の道は豪雪で通れないからな。南の方から出るしかなくてやむなくだろう」
「思し召しか」

 手を合わせて祈った。
 
 祈っておいてこの修道士は攻略中の館へとクロスボウを構える。
 今乗っているのは鋼鉄製の移動式砦だ。
 動力は今のところトーニャの湖の亀の魔物たち。

 矢を通さない盾が移動しているようなものである。
 ウーシーは快適に敵地の中を進んでいた。
 
「あの館を落としたらひと休みかな。
 もう少しだから頑張って、亀部隊」

 砦を兼ねた石造の館から一人射落とす。
 今日ウーシーが携えているのは短剣だった。

 隣国から移住した剣士隊が館の中を制圧している。
 飛び道具は魔物の鳥たちが押さえていた。

 西の領地の端にある投石機は、トーニャの湖の魔物が強奪している。

「ここには赤い石がないようです」

 館の中を確かめていた兵士が報告に来た。

「分かった。じゃあ、捕虜はここに集めておこう。
 投石機の制圧部隊に伝えて。この館に配置する」
「了解です」

 鳥は素早く連絡に飛び立った。





 グラントからウーシーへ出撃命令が届いたのは昨夜のことだ。
 サイラと手を打ち合わせて喜んだ。


 グラントが兵役に出かけた直後から作っていたものがある。
 鋼鉄の移動式砦と、鋼鉄製バリスタだ。

 特にバリスタはグラントも食いつくはずだと思っている。
 試弾では最大千歩の距離に届いた。

 重い砦の動力に困っていたが、トーニャが亀を貸してくれた。
 一気に問題は解決した。



「王宮の高官の姿が確認できないと配下の者が言っている」

 上空でやはり他の鳥とやり取りするラーポが報告する。
 ウーシーはのけぞるような姿勢で大カラスを見上げた。 

「レミー?」

 バルトサールはラグラスからの進軍の報を受けてすぐ武装している。
 その準備の最中にレミーを見失ったというのだ。

「軍人の中ではらしくない浮いた人って聞いてるんだけどなあ……」

 首を傾げたウーシーは、砦を館の前方に配置しておくよう言って外へ出る。 

 雪の上を歩いているとそばにラーポが降りてきた。
 館の壁にラグラスの旗が垂れる。

「ヘーレの投石機をこちらに引いてきている。
 間に合いそうか」
「うん。雪の上だからね。
 向こうだって時間がかかるよ」

 何せ向こうは鋼鉄の大砲だ。
 兵士たちによって踏みしまっているけれど、小さな車輪は雪の上で何の効力もない。

 兵士が数人がかりで投石機を移動させてくるのが見えた。

「国外に逃げるなら、ヘーレ公はこの館には寄っておきたい。
 大型生物のいない安全な洞窟だって言っても半日かかって通り抜けるんだ。
 補給してから行きたいもんね」
「公は石を全部持ち出すつもりでしょうか?」

 ウーシーの白い軍服の上に勲章のように取り付けてある石からブレイズが聞く。

「持っていける分は持ってくよね」

 上空の仲間の様子を見ながら、ウーシーは寒そうに首をすくめた。





 西の辺境領はローガン王の父王の時代、辛酸を味わった。
 都が襲われる何年も前から多国籍軍に侵略を受けていた。
 バルトサールは父と祖父と共に潜伏生活をしていた。

 都へ近寄ることを禁じられていたヘーレからの使者は誰も戻らなかった。

 急を知らせることも助けを乞うこともできず。
 ヘーレはあっという間に外国の部隊の駐屯地になった。

 そんな生活の中で、祖父は亡くなったのだ。

 かつて王から優遇を受けた時代の領主。
 祖父は怒りに戦慄きながら息を引き取った。

 道端で、地べたに横たわっての最期だった。
 子どもだったバルトサールの記憶には、どこへ向けていいか定まらない怒りがまとわりつく。

 ヘーレに居座っていた外国の部隊が、使節として外国に向かう王族たちを襲った。
 ホルストだけは助かったが、戦が正式に終わった直後はヘーレの関与を決めつけられた。

 父が罰を受けた。

 侵略を受けただけ。
 聞かなかったのは王の方だった。

 ローガン王になってから、外国に働きかけて将たちは引き上げた。
 戦がないので仕事もなくなった兵士たちが居残った。

 新たに殿下となったジャックスの上司レミーがバルトサールに声をかけた。
 酷い仕打ちを受けたものだと。
 慰めた。

 ローガンの治世になって戦はなくなった。
 けれど西の辺境領に対する冷遇は続いた。

 何故父は抗議しないのか。

 いつしか鬱屈は父親に向かった。
 この人さえもっとしっかりしていれば。
 祖父も自分も惨めな思いはせずに済んだのだ。
 ヘーレはもっと栄えていたはずなのだ。




 しっかりしていれば。



 あの時の言葉を、バルトサールは今、自分に受けることになった。






 ブレイズは酷い目にあった仲間からあの青年の話を聞いていた。


 仲間たちに裏切られ、魔物の木を植えられた。

 台木を得た木は遠慮なく魔力を吸い、魔物を養分に大きくなる。
 何年も経たずに彼は幹にとりこまれてしまうのだろう。


 可哀想なことだ。


 小さな子どもの頃から頼って信頼していた大人たちに嘘で操られて。
 抜け出すことも死ぬこともできない彼はやがて言うことを聞くようになる。

 体が木に呑みこまれても命がなくなるわけではない。
 幹の中で台木は生き続けるのだ。
 
 意思なく。
 




「おじいちゃんを看取った自分に今のことを誇れるのかな」

 ラグラスから出たばかりの頃にそれを聞いたウーシーは物憂げな目をして呟いた。

「しっかりするって、誰かを騙して八つ当たりをしてもらうことじゃないんじゃない?」

 ヘーレ公は轗軻不遇に抗った。
 多くの人を犠牲にして。
 多くの決まり事を破って。

 自分はレミーと安全な場所にいることに決めて。

「それは、ずるい」

 鞄の中を漁る。
 新しく作った武器の矢の数を確かめた。

 同じ年頃の青年とは、ヴァルト公爵ウィラード。
 グラントと同じ歳の人だ。

 ジェロディやコーマックや、エリカに育てられたグラントは幸運であった。
 その近くにいた自分もまた幸運であったのだ。


 厄災で傷ついた子どもをさらに崖へと導くような所業を行った。
 そんな人間を許せるはずがない。

 残念なことだった。
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