ただの魔法使いです

端木 子恭

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闇に寄り添い、願いを結ぶ

愚者の夢に一矢を放つ

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 地上三階建ての館と遜色ない高さの投石器が、十数機並んだ。

 気合の入った光景に、剣士部隊がヒいている。

 たった五百人に満たないラグラス兵が対峙するのは、ヘーレ兵二千。
 あちらもなかなかの数の大砲だ。

 広めの森の道の奥に広がるなだらかな高原に陣を構えている。

「不利ぃ」

 館の物見塔にひとり立ってウーシーは呟いた。

 鉄製の脚を設置して、上にバリスタを据えつける。
 矢はそれほど多くなかった。
 けれど、サイラが作ったのだ。
 どんなものも突き通せる気がする。

 人の頭ほどの大きさの石を魔物たちが運んでいた。
 上空には待機する鳥がいて獲物を狙う。

 投石機の弦を巻き終えて、兵士たちは戦の始まるのをじっと待っていた。

 何かが飛んでくるのを見つけ、魔物の鳥が翼をはためかせる。
 ウーシーがそちらを見やった。

「投石、始め」

 ウーシーのよく通る声がする。

「放て!」
 
 遅くゆっくりとした軋みを上げて投石機が動く。
 ストッパーにぶつかる大きな音とともに石が高原へ飛んでいった。

 石よりも低い軌道で飛んできた大砲の第一弾をラーポが足で掴む。
 体を回して鉄の塊を投げ返した。

「森砦、進軍せよ」
「投石部隊、次の準備だ」

 鳥たちが低く飛んで敵の歩兵に当たる。
 向こうから飛んできた鉄の砲弾がいくつか館の前の地面を跳ね上げた。

 ラーポの部隊が森の道にヘーレ兵を誘い込む。

「歩兵も進軍して! 森砦の後ろにつくんだ」

 ウーシーの命令に剣士たちが動き始める。

 森の道を抜けて侵入してくる兵士は途端にウーシーに射抜かれた。

「ヘーレ公を捕まえるんだ。大将を押さえろ!
 みんな、できるだけ生き残れ!」
「戦う気の失せた者はいち早く降伏せよ!
 ラグラスは命を差し出してほしいのではない!」

 ラーポが最前線で降伏を勧める。
 頭の数は少なくても、ラグラス兵の力は強い。

「第二弾、出るよ!」

 喧騒の中にウーシーの声が響いた。
 投石機が動く。

 ラグラス兵が一気に退き始めた。

「放て!」

 間近に上がる投石機が視界に飛び込む。
 ヘーレ兵が混乱して動きを止めた。

 石弾はずんずん近づいてくる。

 背後では大砲をうつ音が響いた。

 轟音が鳴り響いて地面が高く跳ね上がる。
 逃げ遅れたヘーレ兵は両側から狙い撃ちにあった。

「投石機、次の準備! 弓兵前へ出ろ」

 長弓を構えた兵士が弦を引き絞る。

「放て!」

 ばらばらと飛んでいった矢が森の道に降り注いだ。

 高原から進軍するヘーレの弓兵の動きが鈍い。
 まだ踏み固められていない雪原は歩きにくそうだ。

「森砦、敵部隊を機能させるな! 突撃!」

 ラーポがカラスの姿で号令した。
 鳥に姿を変えた兵たちがヘーレ兵に突っ込んでいく。

 バルトサールを探しているのだ。

 ウーシーは森の道からこぼれてくる兵士を狙った。
 降伏しそうな者は撃たない。
 投石機近くに配置した移動砦から、討つか捕えるかの指示をする兵士がいた。

 捕えるよう指示されたヘーレ兵は武器を取り上げて館へ連れてくる。

 ウーシーが高原に目をやった。
 盾を構えた部隊がやってくる。
 剣士数十人の編成だ。
 ゆっくりと雪野原を下りきて森の道へ侵入する。

 迎え撃ちにいったラグラスの剣士たちが押された。

「強いな、あの部隊」

 殲滅されそうなラグラスの隊に退避を命じる。
 投石機の準備はもう少し。
 慌てさせては事故のもとだ。

 届くかわからないが、ウーシーは矢をセットする。

「将は……?」

 目を凝らして探した。
 背が低くて肩の広い人、とグラントが言っていた。

 武装しているから肩幅なんかよく分からない。

「……どこにいる、卑怯者…」

 この混乱に乗じて逃げおおせたい。
 万が一ダヴィ王に変われば、その瞬間に罰を受けることになる。
 ジャックスが王座にいるうちに逃げなければ。



 そんな将なら



 ウーシーは高原の方を見やった。
 全軍がゆっくりと野原を下ってきている。
 左右に大きく広がりながら。
 その真ん中を横に移動する数十人の部隊があった。

 ここから千歩ほどの距離だ。

 別働隊か。
 いや、おそらく大将隊。
 彼はヘーレ兵を棄てて着の身着のまま脱出することに決めた。

「させないよ」

 急いで足元から矢を数本掴み取る。
 金属の棒が転がる音が響いた。

 森の木に隠れる前に。
 急げ。

 大事に守られている人間を狙う。

「大将はそこだ!」

 ウーシーの声と一緒に矢が放たれた。
 移動していた部隊の一人に突き刺さる。


 誰か確認を、と言いかけたウーシーは、そのまま口を閉じた。
 高原の向こうで何か光るのが見えた気がする。


 凝視していると、何かが飛んできて背後からヘーレの隊を襲った。

 普通の石ではない。
 透明な何か。

 そちらの方角から来られる、こんな突拍子もない部隊は。

「ワルタハンガ。鉱石の魔物だ」

 高原の頂上に大隊が現れた。
 カーラを外国に連れていって警護中のはずのアッシャーがいる。

 麓で白兵戦を繰り広げていたラーポがすっと目を細めた。



「よしっ」

 そちらはもう大丈夫だと投石機を確かめる。

 号令しようと息を吸い込んだウーシーは、はたと動きを止めた。




 こつりと、小さな音を聞いた気がした。




 ウーシーが体ごと振り返る。

 鼻の先にはバリスタに使う鋼鉄の矢があった。

 しかし、叫び声を上げたのは敵の方だった。

「あ。ごめん」

 ウーシーは片手に握りしめた短剣を引っ込める。

 膝から崩れた相手はヘーレ兵の格好をしていた。
 年はバルトサールより十ほど上。
 ダヴィやメイソンと同じくらいの男性だ。

「この人が、レミー?」

 顔を押さえて叫び続けている。

 サイラと作った短剣はよく切れた。

「都から訪れていた高官です」

 ブレイズが胸元から答える。

 口のサイズを広げてしまったかも。
 中もとんでもないことになったかも。

 ウーシーは急いでカバンを漁る。

「俺ね、剣が苦手なんですよ。
 だけどヘーレの人が短い剣を持ってるの見てさぁ。
 これなら俺にも使えるかもって考えちゃったんだよ」

 目当ての薬を見つけて目を輝かせた。

「はい、これをあげます。一滴だけ飲んで。
 全部飲んだら息が止まる。一滴だけね」

 ガラス棒の先につけて渡した薬を、喉に刺す勢いでレミーは口に入れる。

「グラントがいればね、治ったんだけど。
 ……自業自得か。治療が遅れるのは」

 ウーシーは矢を全てカバンにしまった。
 外を見て攻撃やめの号令を出す。

 高原の部隊も散り散りだ。
 ワルタハンガが歓声を上げて森の中を飛び回っている。
 こっそり往来しようとする人間を捕まえるのは、いつもの業務だ。

 ウーシーは頼もしい援軍に笑顔を向ける。
 そして彼らにも伝えようと息を吸い込んだ。



「レミーを捕らえたよ」



 ラグラス軍からまず喜びの声が上がる。


 しかし彼らは続く言葉にすぐ静まり返った。

「誰か縫い物得意なひと、来てくんない?
 ちょっと縫ってほしいんだよねえ、この人を」

 薬が効いて大人しくなったレミーを見やる。

「本当にごめんなさい。そんなつもりはなかったんだ。
 俺が罰を決めたんじゃないよ」

 そっと手を合わせた。



「神様がさっきここにいらしたんだ」



 やがて森砦の部隊が拠点へと戻ってくる。
 肩の下を射抜かれたヘーレ公を伴っていた。

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