ただの魔法使いです

端木 子恭

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闇に寄り添い、願いを結ぶ

敵じゃない

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 それはもうあと百歩も歩けば城に入れるというあたりだった。
 

 魔物の手で掴んでも、長い枝はグラントごと振り回す。
 これをどうしたものかと振り落とされている途中の魔法使いは考えた。

 先日の傷はどうなったのか気になる。
 幹につながる枝の中には溶岩を走らせた。

 それはまだ戻していない。
 数日の間ずっと、血管の中の異物のように木の中を巡っているはずだった。

 植物であるだけに、幹は東に傾いて伸びている。
 やや北向きに捻れているのは春の南風のせい。

「邪魔をするなと言い置いたのに」

 薄暗がりにウィラードの声がした。
 少し離れた位置に立っている。
 背後には城の大きな扉が見えた。

「ホルスト卿の再審議を担当しましたよ」
「そうか」

 先を促すようにウィラードは息を吐く。
 風で頬の凍りついたグラントは、それでも少し笑って見せた。

「ホルスト卿がまじないに興味があったなんて証拠は出てきませんでした。
 父王との確執も、周りの者が話を面白くしたものと考えます。
 一方で、呪い師を呼び寄せて、ある魔法使いを操っていた人間が浮かびました」
「では、祖父の冤罪は証明されたのか?」

 その問いには否と答えなければならない。
 それが心苦しかった。

「いいえ。聞き取った書類が紛失しました。
 陛下の達しで期日を早めてそのまま審議を閉じることになり……。
 申し訳ございません」

 ウィラードが音もなく動く。
 グラントの襟元を掴んだ。

「なくしたのか? 証拠を」
「そうです」
「審議の結果は」
「疑義なし」

 グラントはウィラードの手首を握る。

「ですが、不承認の署名をしてわたしは出てきました。
 レイ・ユーリーの署名がまだでしたので、きっと彼が粗を探してくれることでしょう」
「なぜ決定を見届けずにここへ来た」

 怒りに手を振り払った。

「王宮にて監視下にあったヘーレ公と、侍従長レミーが突然都を出たからです。
 レイとわたしは彼らが仕組んだと推論を立てた。その彼らが逃げたので、つい……」

 手をはたかれた魔法使いは、苦笑する。

「ウィラード卿に確かめたいことがございます。
 ジェロディの暗殺に関わっていますか?」

 すっと唇が引き結ばれる。


 ウィラードは瞳を左右に動かした。


「ガンナーを使い捨てて、相打ちにさせましたか?」

 鋭く剣を引き抜く音がする。
 ウィラードは咄嗟に応戦した。

 鉄の擦れる音がして、暗がりに火花が散る。

 体を回して飛び退いたウィラードは続けて斬りかかった。
 
「ジェロディは本当に、もうこの世にいないのか」

 刃が中段からくる。
 受け流したグラントは切先を相手の胸元に突き出した。
 ウィラードが崩れた体勢からかわして間合いをとる。

「ガンナーはどうなりましたか?」

 グラントが踏み込んだ。
 首を落とすような勢いで薙ぐ。

「なんのことを話しているのか分からん」

 ウィラードが剣で受け止めた。
 その音が止まないうちに肘があごを打ち上げる。
 宙に投げ出され仰向けになった。
 上から胸ぐらを掴んだグラントは思い切り地面に叩きつけた。

「ああ、やはり魔物の作る幻だ」

 ぱっと離れて立ち上がる。
 剣を獣の姿の手に握り直した。

「人間はわたしのこの手で殴られると四肢くらい簡単にちぎれます。
 閣下は頑丈ですね」

 言いながら、その瞳は参ったというように細められる。

 幻術で仔細を聞き出すというわけにはいかないらしい。
 本体でなければ幻はかからない。

「答えてください。ジェロディに憤りを晴らそうとなさいましたか」

 グラントは起き上がったところのウィラードに剣を振り下ろした。
 重い長剣が下から打ち返してくる。

「……した!」

 ウィラードが切りかかった。

「ジェロディが都に戻って証言をしてくれれば無罪になった!
 ひと月もの間何をしていたんだ! 一度くらい来られたろう?」

 ショートソードが柳のように剣をいなす。
 姿勢を乱しながらウィラードはなおも剣を振った。

「なぜ見放したんだ」

 グラントがその瞬間だけ真正面から刃を受け止める。
 間近にウィラードの目を見た。

「……」

 後ろに数歩弾かれて下がる。

「一度くらい、直に会って文句を言いたかった。
 もう怖いことは起きないと言ってくれたのは私をあやしただけだったのか」
「文句を言いたかっただけ……?」

 グラントが間合いを詰めた。
 振り上げられた剣をウィラードは叩いて止める。

「ガンナーをこの国に呼び戻したのは閣下ではない?
 ガンナーはこの城で匿われたのではないのですか?
 ジェロディを眠らせるために、彼を使ったのは閣下では?」
「私は会いに行こうとしていただけだ。
 祖父の無罪の手がかりを持っている証人だぞ。
 少なくとも再審議を申し立てる前に命を奪おうなどと考えない」
「内乱を起こすためには、ホルスト卿の無罪を立証されては困るのでは」
「そんなことはレミーやバルトサールの考えだ。
 私はもう一年近く彼らに扉を開けていない」 

 その言葉に、魔法使いはほっと笑った。

 あの手紙の後、レミーはもはや懐柔できなかったのだ。
 彼にとってはその手筋の想定もあっただろう。 
 だから手紙をとっておいた。

 ジェロディが奪い取って、今はダヴィの手元にある。

 この生き証人を王宮へ連れ帰ることができたら最良だ。



「閣下はご存知でした?
 レミーはもうずいぶん長いことこの国を呪っている」
「呪う?」

 剣を受けながら、ウィラードはいつも物静かだったレミーを思い出した。
 グラントは別の顔を見知っているらしい。

 刃が擦れて引っ掻くような音がする。

「ウィラード卿がそのお姿をしているのは」

 黒い魔法使いの言葉にびくりと肩が震えた。

「ご自分の意思で? それともレミーの仕業ですか」

 グラントは鍔を引っかけて数歩向こうへ押しやる。


 森の方から日が差してきた。


 ウィラードの片手が、枝を差し込まれた背中を無意識に庇う。
 それを見てグラントがかすかに頭を揺らした。

 分かったと頷いたように思えた。



「申し訳ない。少し嘘をつきました。
 ジェロディは大ケガをしたけれど生きています。
 ウィラード卿の関与を確かめたくて命を落としたように言いました」

 こんな時に、グラントの口の端は笑う形になる。

「これは幻だけれど、閣下の分身のようなものでしょう?
 剣に集中している時は、嘘も考えつきにくい」

 は、とウィラードは呆れた表情になる。

 魔法使いは剣を上段に持っていった。


「レミーはあなたの味方ですか? それとも敵ですか?」


 再び剣を振るって残酷なことを問う。
 グラントの剣は軽い。
 軽いのだが、素早くて油断ならない。

 ウィラードは重い剣で返しながらグラントの問いへ答えた。

「味方ではない」
「では敵?」
「敵ではない……」


 子どもの頃は、王族に戻れたらきっとレミーを偉くすると無邪気に誓った。
 少年になると、レミーやバルトサールをちゃんと評価しない王家は愚かだと思うようになった。
 成人してからは、ヴァルトから都に戦を仕掛けるという夢に心が昂った。
 それが正しいと認める、レミーの言葉が心地よくて。


 魔物に取りこまれた日、レミーは言った。

 これでウィラードにしかできないことができる。
 希望を持って、いつか玉座を奪ったら。



 きっと幼い日の約束を果たしてくれ。



「レミーは厄災だ」


 グラントは断言した。

「知恵が回る厄介者。
 ホルスト卿をはめたのはガンナーです。
 そのガンナーを飼っていたのはレミーだ。
 ヘーレ公だって操られているに過ぎない。
 レミーのもとで彼の望みは叶いません。
 ウィラード卿の希望だって同じ」

 突然黒い頭が視界から消える。
 姿勢を低くしたグラントがウィラードの腹を打ち上げた。

「わたしは敵じゃない」

 長剣を握ったまま道の脇に固まった雪に突っこむ。
 グラントが剣をしまってそのわきに屈んだ。

「シェリーを譲れないだけ」

 右手が雪を割って地面から枝を取り出す。
 ウィラードが姿を消した。

 グラントは杖のように握って魔力をこめる。

 ウィラードの剣は重かった。
 痛む体を励ますようにしばし押さえる。


 長い枝がしなって兵舎の壁を崩した。

 その先にウィラードの姿を現す。

「聞け」

 グラントの操るウィラードが号令した。

「反乱は終わりだ。もうすぐクイルの隊がやってくる。
 領地の外で迎え出て投降せよ」


 朝日を背に、ヴァルトの主人は続ける。

「早く行け。この城は崩れる。
 私はこの木を切り倒してから行く」

 兵士たちが唖然と見つめるその先を。

 グラントは素知らぬ顔をして通った。
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