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「藍、取り憑かれた……?」
腕を取り押さえて体をベッドへ放り投げる。
後で痛いかもな、とちょっと心配になった。
女の気配がする。
藍ではない人間の。
「お前、死んでいるな。
死んだ山姥か」
中に入っているものは昊に歯を剥き出した。
「どうやって取り憑いた」
昊の耳に錫杖の音が届いた。
あの仏僧と関わりがある。
術をかけたのは彼だ。
藍が笑う。
「……」
それはとても卑しい笑いで。
昊は慄然として相手を睨んだ。
「稔次、藍の体をこの家から出すな。できるか」
体勢を立て直した子タヌキに尋ねる。
ふさふさの尾をばしばしと振って稔次は応じた。
われはやれるというように。
「任せる。俺は外に行ってくる」
昊は錫杖の音を確かめる。
ゆっくりと家の周りを歩いていた。
僧自身生きているのか死んでいるのか分からない。
昊は玄関を出てその姿を探した。
斜面を背にしている人かげを見つける。
山の中からもくもくと人の姿が湧いてきた。
死霊を使うのか。
僧の元へ魂を呼び集めている。
今現れたのは随分古い人間だった。
たくさんいる。
兵隊のようだ。
昊の知らない出立ちの。
簡単な鎧を纏い、鉄剣を手にしている者もいる。
「……」
剣の方には見覚えがあった。
するとこれは大陸の人間か。
そんなところから魂を呼び寄せられるのか?
「御坊は」
呼びかけると僧が昊を見た。
瞳を見て了解する。
「屍人だな」
ならば遠慮はいらなかった。
風が辺りを回り始める。
「藍を戻せ」
昊の怒号に乗るように、頭上で雷鳴が響いた。
兵士が斬りかかってくる。
金気の嫌いな昊は跳んで避けた。
そこへ長い錫杖が来て、昊は龍の姿になって身をひるがえす。
「あやかし」
僧が叫んだ。
「もはや御坊もそうだ」
地面に下りて、襲ってくる兵士の足元をすり抜ける。
昊は僧の袈裟を掴んだ。
「どうやって取り憑かせた。藍は体の外か、内か」
逆さにして地面に投げ捨ててみたが、呪符の類は持っていない。
ということは身の内に藍はいないと思われた。
法力によって魂はどこかに引き抜かれている。
呪具があるはずだった。
雷鳴がひっきりなしに轟く。
家の周囲にだけひどい雨が降ってきた。
風が音を立てて枯れた枝葉を巻き上げる。
「藍を、戻せ!」
雷が落ちた。
巻き込まれた兵士が姿を保てなくて消える。
僧は錫杖を振り回して昊に迫ってきた。
大義。
村で法力僧と押し問答したとき、庄屋様が言っていた。
「何の大義がござってうちの蛟龍を討つのか」
法力僧は修行の末に不思議な力を身につけた。
力は仏の道のために使う。
村で大事にされている蛟龍は仏の道の何に外れるのか。
「この蛟龍は日照りを和らげてくれるのです。
仏のお導きでこの村に立ち寄ってくれたと考えております」
庄屋様は庇った。
昊は悲しくて地に伏せていた。
共に殴られてしまった人間が心配だった。
庄屋様まで杖で突かれて倒れた。
蛟龍がそれを見て歩んで来たので、僧は観念したと思った。
実際は昊は哀れんでいた。
哀れの下に怒りを溜めていた。
怒りが暴風雨を呼んだ。
法力僧の体は宙に舞い、錫杖は手から離れた。
柿の木のてっぺんほどの高さから落とされた。
僧はしばらく動けなくなった。
押しかけてきた法力僧より偉い御坊が村に来て、事はおさまった。
蛟龍とよく暮らせる村は珍しいが悪ではない。
昊を退治することに大義はない。
偉い御坊はそう断じてくれた。
それで昊も村も助かった。
今、目の前の僧はそれを思い出させる。
仏の道から外れ、大義なく法力を振るう。
「哀れだ」
昊は呟いた。
「御坊は自らにとらわれているな」
錫杖をかわして腕に噛みつく。
頭を振って草むらに投げた。
落雷があたりの土を跳ね上げる。
僧の足をとってもう一度投げた。
杖が喉元を掠めていく。
兵士が昊を円く囲んで剣を突き出した。
昊は上に跳んで人の姿になる。
地面を突いた兵士たちの上に雷が落ちた。
どん、と背中に何かが当たって、昊は目を見開く。
「稔次ー?」
興奮した雷獣は昊を遊びに誘いに来た。
自分はとっとと雷に乗っている。
「藍は?」
家の方を振り返った。
人間のではない速度で藍が突進してくる。
「稔次、遊んでる場合じゃない」
昊に怒られて、上空にいた子タヌキが慌てた。
つるっと足を滑らせる。
どぉん、という音と共に地面に落ちた。
藍の腕を押し留めていた昊はいいだけ泥を浴びる。
「どうせ落ちるなら、死霊どもを狙え」
稔次は飼い主の言葉にさっと顎を上げた。
そういう遊びかと心意を得たらしい。
雷の砲弾と化した獣を背に、昊は藍を観察した。
「藍、起きろ。どこにいる」
藍の本体は。
魂はどこだ。
錫杖の音がした。
あやかし、と叫ぶ声。
昊は咄嗟に藍を抱き竦めて地を蹴った。
杖から離れなければと思って。
飛び退ったところを藍が押した。
肩に痛みを感じると同時に背を強か打つ。
「藍っ。離れろ。起きろ!」
錫杖の音が邪魔だ。
藍の場所を探れない。
「俺を食べるなあっ」
藍じゃないものは昊の肩に噛みついていて離れなかった。
じたばたしている昊に僧が近づいてくる。
「稔次! 法力僧を撃ち抜け!」
空高い位置にいる雷獣に命じた。
雷に乗り、稔次は狙いを定める。
僧が顔をそちらに向けた時、すでに腹を撃ち抜いていた。
がさっと、何か硬いものが欠けた音がした。
腕を取り押さえて体をベッドへ放り投げる。
後で痛いかもな、とちょっと心配になった。
女の気配がする。
藍ではない人間の。
「お前、死んでいるな。
死んだ山姥か」
中に入っているものは昊に歯を剥き出した。
「どうやって取り憑いた」
昊の耳に錫杖の音が届いた。
あの仏僧と関わりがある。
術をかけたのは彼だ。
藍が笑う。
「……」
それはとても卑しい笑いで。
昊は慄然として相手を睨んだ。
「稔次、藍の体をこの家から出すな。できるか」
体勢を立て直した子タヌキに尋ねる。
ふさふさの尾をばしばしと振って稔次は応じた。
われはやれるというように。
「任せる。俺は外に行ってくる」
昊は錫杖の音を確かめる。
ゆっくりと家の周りを歩いていた。
僧自身生きているのか死んでいるのか分からない。
昊は玄関を出てその姿を探した。
斜面を背にしている人かげを見つける。
山の中からもくもくと人の姿が湧いてきた。
死霊を使うのか。
僧の元へ魂を呼び集めている。
今現れたのは随分古い人間だった。
たくさんいる。
兵隊のようだ。
昊の知らない出立ちの。
簡単な鎧を纏い、鉄剣を手にしている者もいる。
「……」
剣の方には見覚えがあった。
するとこれは大陸の人間か。
そんなところから魂を呼び寄せられるのか?
「御坊は」
呼びかけると僧が昊を見た。
瞳を見て了解する。
「屍人だな」
ならば遠慮はいらなかった。
風が辺りを回り始める。
「藍を戻せ」
昊の怒号に乗るように、頭上で雷鳴が響いた。
兵士が斬りかかってくる。
金気の嫌いな昊は跳んで避けた。
そこへ長い錫杖が来て、昊は龍の姿になって身をひるがえす。
「あやかし」
僧が叫んだ。
「もはや御坊もそうだ」
地面に下りて、襲ってくる兵士の足元をすり抜ける。
昊は僧の袈裟を掴んだ。
「どうやって取り憑かせた。藍は体の外か、内か」
逆さにして地面に投げ捨ててみたが、呪符の類は持っていない。
ということは身の内に藍はいないと思われた。
法力によって魂はどこかに引き抜かれている。
呪具があるはずだった。
雷鳴がひっきりなしに轟く。
家の周囲にだけひどい雨が降ってきた。
風が音を立てて枯れた枝葉を巻き上げる。
「藍を、戻せ!」
雷が落ちた。
巻き込まれた兵士が姿を保てなくて消える。
僧は錫杖を振り回して昊に迫ってきた。
大義。
村で法力僧と押し問答したとき、庄屋様が言っていた。
「何の大義がござってうちの蛟龍を討つのか」
法力僧は修行の末に不思議な力を身につけた。
力は仏の道のために使う。
村で大事にされている蛟龍は仏の道の何に外れるのか。
「この蛟龍は日照りを和らげてくれるのです。
仏のお導きでこの村に立ち寄ってくれたと考えております」
庄屋様は庇った。
昊は悲しくて地に伏せていた。
共に殴られてしまった人間が心配だった。
庄屋様まで杖で突かれて倒れた。
蛟龍がそれを見て歩んで来たので、僧は観念したと思った。
実際は昊は哀れんでいた。
哀れの下に怒りを溜めていた。
怒りが暴風雨を呼んだ。
法力僧の体は宙に舞い、錫杖は手から離れた。
柿の木のてっぺんほどの高さから落とされた。
僧はしばらく動けなくなった。
押しかけてきた法力僧より偉い御坊が村に来て、事はおさまった。
蛟龍とよく暮らせる村は珍しいが悪ではない。
昊を退治することに大義はない。
偉い御坊はそう断じてくれた。
それで昊も村も助かった。
今、目の前の僧はそれを思い出させる。
仏の道から外れ、大義なく法力を振るう。
「哀れだ」
昊は呟いた。
「御坊は自らにとらわれているな」
錫杖をかわして腕に噛みつく。
頭を振って草むらに投げた。
落雷があたりの土を跳ね上げる。
僧の足をとってもう一度投げた。
杖が喉元を掠めていく。
兵士が昊を円く囲んで剣を突き出した。
昊は上に跳んで人の姿になる。
地面を突いた兵士たちの上に雷が落ちた。
どん、と背中に何かが当たって、昊は目を見開く。
「稔次ー?」
興奮した雷獣は昊を遊びに誘いに来た。
自分はとっとと雷に乗っている。
「藍は?」
家の方を振り返った。
人間のではない速度で藍が突進してくる。
「稔次、遊んでる場合じゃない」
昊に怒られて、上空にいた子タヌキが慌てた。
つるっと足を滑らせる。
どぉん、という音と共に地面に落ちた。
藍の腕を押し留めていた昊はいいだけ泥を浴びる。
「どうせ落ちるなら、死霊どもを狙え」
稔次は飼い主の言葉にさっと顎を上げた。
そういう遊びかと心意を得たらしい。
雷の砲弾と化した獣を背に、昊は藍を観察した。
「藍、起きろ。どこにいる」
藍の本体は。
魂はどこだ。
錫杖の音がした。
あやかし、と叫ぶ声。
昊は咄嗟に藍を抱き竦めて地を蹴った。
杖から離れなければと思って。
飛び退ったところを藍が押した。
肩に痛みを感じると同時に背を強か打つ。
「藍っ。離れろ。起きろ!」
錫杖の音が邪魔だ。
藍の場所を探れない。
「俺を食べるなあっ」
藍じゃないものは昊の肩に噛みついていて離れなかった。
じたばたしている昊に僧が近づいてくる。
「稔次! 法力僧を撃ち抜け!」
空高い位置にいる雷獣に命じた。
雷に乗り、稔次は狙いを定める。
僧が顔をそちらに向けた時、すでに腹を撃ち抜いていた。
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