拾った龍になつかれてる

端木 子恭

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つばさ

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 海原の中に島がひとつあった。
 人が住めないような小さな島は、丸ごと鳥の巣になっている。

 島から突き出した木の枝の先に人影があった。
 波の間に何か見つけて立ち上がる。

「海蛇が来た」

 鳥たちに声をかけた。
 甲高い声で鳴いて、みな高い方へと避難する。

 おかしな蛇だ、と訝しんだ。
 髪がある。
 小さいが角もあるようだ。


「蛇の方がまだ良い」

 己の身も危ないと後退あとずさりし始める。
 相手の方が速かった。
 あっという間に寄ってきて、海面に顔を出す。

蛟龍こうりゅうだっ」

 悲鳴のような声。
 鳥たちは騒ぎながら島を飛び去った。

 どうしよう。
 一番近い島だって半日かかる。
 飛べる? 飛べない?

 仲間同士でうかがいあって右往左往していた。


「泉はあるか?」


 かぱっと口を開けてそれは問うてくる。

 海水を頭からかぶったその人は、枝を握りしめて唸った。

 蛟龍に悪気はなかったとしよう。
 そしてこれは鳥たちをいきなり食べたりはしなそうだ。

「島の中腹に小さいのがある。
 魚はそれほどいないぞ、蛟龍」

 ぶるぶると頭を振って水を払う。
 はしばみ色のたてがみを持つその蛟龍は島の小さな川を遡り始めた。

「鳥たちを喰わないでくれるか」
「承知した」

 泉に向かう龍の声が存外に優しい。

 鳥たちに大丈夫そうだと知らせてやった。
 この蛟龍は十尺ほどある。
 その気になれば島の鳥なんてひと息に飲み込めそうだ。

「人間か? かほどに小さい人は初めてだ」

 泉につかっていた蛟龍は、追ってやってきた者へそう述べる。
 目の前の人は身の丈三寸ほど。
 子どもが着るような狩衣姿であった。

「われは小法師こぼしだ。
 この島の鳥に宿っている」
「鳥の神様?」

 龍は笑ったようだ。
 
「小法師さま」

 近づこうと思ったのかずずっと顔を動かす。
 牙が目の前にきて小法師は慄いた。
 それを見た鳥が騒ぎ立てる。

  大変。
  食べられる。
 
「食べぬ」

 むっとして龍は上を見上げた。

「小法師さまが小さすぎるので、そちらを向けない。
 お話しがしたいだけだのに」

 寂しそうに下を向く。

 ここまで性質の穏やかな蛟龍には初めて会った。
 小法師は小さな手をその鼻先にかける。

「蛟龍よ。
 川や湖を好む生き物ではなかったのか?
 こんな海の真ん中へ何しにきたのだ」

 すると蛟龍は榛色の瞳を鼻先へ向けた。

「寝ていたところ、近くで鉄を打ち始められてな。
 恐ろしいので海に出てさまよっていた」

 蛟龍は金気かねけを嫌がる。

「それは災難なことだ。
 しかし、この島はお前にとって小さすぎる。
 しばらく休んだらまた発たねばならん」
「しばらくは休んで構わないのか」

 嬉しそうに言った蛟龍は、ざあっと水を巻き上げて起きた。
 小法師は滝のような水流に飲まれてひっくり返る。
 鳥たちはまた騒いだ。

  溺れる。
  流される。
 
 蛟龍はすっかりわだかまりが生まれてしまった鳥たちを睨む。
 鬼のような目で見られて鳥たちはさらに喚いた。

  殺される。
  食べられる。

「せんと言っているのに」

 蛟龍が弁解しようとすればするほど水に襲われる。
 小法師は必死に龍の髭を掴んだ。

「蛟龍よ」

 髭をつたっていき、鼻の上に乗り上げる。

「体の大小に妨げられぬいい手立てを教えよう。
 お前ほど大きく育った蛟龍ならきっとできる。
 習うか?」

 応じた龍の鼻から振り落とされないようにしがみついた。

「お前は雨風を呼んだりできるか」
「できる。わずかにだが、できるぞ」
「ならば見込みはあろう」

 明らかに蛟龍の表情が輝く。
 楽しそうだ。

 小法師は龍の子どもに教えた。
 人の姿に変じるすべを。

 初めはうまくできなかった。
 多様な動物が混じったような姿になった。
 鳥たちが騒いだ。

  妖怪がでた。
  食べられる。

 蛟龍にキッと睨まれて黙る。


「人の姿はよく見知っておろう?
 お前は人の言葉を操っているからな。
 蛟龍に性質の似た人間たちを思い描け」
 
 小法師は鼻に乗りながら励ました。
 蛟龍は何日も唸っては変じ唸っては変じて過ごした。

 いつしか彼は少年の姿になっていた。
 十一、十二歳くらいの。
 身の丈は三寸ほどで、小法師と同じ狩衣姿である。

 ほほう、と小法師はもらした。

「蛟龍よ。お前は良い人間たちに出会ってきたな。
 人だあやかしだなどと線引きせぬような人間たちであったろう?
 お前の世話をしてくれた者たちは」
「そうだ。小法師さまはよくご存じだな」

 人の姿をとった蛟龍は嬉しそうに笑っている。
 その顔つきは幼子のごとく明るかった。

「さても和魂にぎたまであること」

 驚きが含まれる。

「きっと天にのぼれ。
 空を穏やかに守ってくれ」


 頼りない小島に依る鳥の神はそう願った。
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