どうして、その子なの?

冴月希衣@商業BL販売中

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第三章

愛情の在処【3】

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「ねぇ、千絵? お願いがあるんだけどぉ」
 夕食後、千絵さんが淹れてくれたカフェオレを手にした蘭子お姉さんが、少し間延びした声を聞かせてくる。この流れは、きっと〝いつものあれ〟だ。
「あら、お弁当ですか?」
「さすが千絵。正解っ。明日、持っていきたいのよ。いい?」
「もちろんですよ。何人ぶんですか?」
「うーん。明日は七人くらい?」
「かしこまりました。では早速、下拵えしてきましょうね」
「うん、お願ーい」
 急なお弁当、しかも数人ぶんの注文を笑顔で引き受け、キッチンに消えていく千絵さんと、その背中に片手をひらひら振っただけの蘭子お姉さん。双方を視界に映しながら、黙ってカフェオレに口をつける。
 医学部に通っている蘭子お姉さんは、たまにこうやって、千絵さんに友だちのぶんを含めたお弁当をねだり、作ってもらっている。月に数回ある、テニスサークルの集まりのためだ。
 別に蘭子お姉さんが皆のぶんまでお弁当を用意しなくても、サークルメンバー同士、ファミレスにでも行けばいいと思うけど、余計なことは言えない。
 頼まれた千絵さん自身が嫌がってないからだ。
 美容外科医として独り立ちし、名古屋に開業したクリニックをお父さんから任されてる桜子お姉さんも、医大生だった時には同じことをしていたと、前に千絵さんから聞いてもいる。
 半分同じ血が流れているとはいえ、後から『都築』になった私と違い、生まれた時から千絵さんが家事を取り仕切る姿を見ている姉たちは、彼女のことを呼び捨てで呼ぶ。
 亡くなられた先妻。お姉さんたちの母親が嫁いできた時に千絵さんを雇い、そう呼んでいたから、らしい。
 ご機嫌でスマホの画面に指を滑らせ続けている蘭子お姉さんから目を離し、テーブルにカップをそっと置いた。そのまま俯き、小さく溜め息をつく。
 父のもとでナースとして働くうちに不倫関係になって私を産み、本妻の死後に愛人から後妻におさまった私の母も当然のように『千絵』と呼んでいるけれど、私はそこまで厚かましくはなれない。

「さてとっ。実は私、さかなちゃんにもお願いがあるのよねぇ」
 千絵さんがキッチンに引っ込み、話題もないことだし、部屋に行こうと立ち上がりかけたところで、私より先に立ち上がった蘭子お姉さんが手招きしてきた。
「お願い、って?」
「あんたの制服、明日借りたいの。貸して」
「え?」
 キッチンに持っていくカップを手に、その場で固まった。
「サークルの懇親会の余興でね、皆で制服コスすることになったから要るのよ。あ、もちろん夏服を貸してよ。暑いから。あと、ベストはアイボリーじゃなくてベビーピンクのほうを持ってきて。アイボリーだと、私にはダサいでしょ?」
 借りることを前提、いや、決定してる言い方だけど、まだ衣替えまで一週間ある。
「うちの制服じゃないと駄目なの? 高校の制服なら、お姉さんも持ってるはずじゃ」
「セーラー服がいいのよ! うちのは、ブレザーなんだもの! 祥徳の制服、あんたにはもったいないくらい可愛いし、あれがいいのよっ。どうせ、制服の替え、あるんだからケチケチしないで貸しなさいよ!」
 制服の替えなら、ある。あるけど、今日着たぶんをお洗濯に出して、明日着るぶんを蘭子お姉さんに貸したら、私は……。
「……わかった。夏服とベビーピンクのベスト、持ってくる」
 ヒステリックになった蘭子お姉さんには、何を言っても無駄だ。黙って部屋に向かうことにした。
 それに、『ケチケチしないで貸しなさいよ』の後に、『なんなら、あんたは冬服でも着とけばいいじゃない。どうせ、すぐに衣替えなんだから』とつけ加えられた。
 最初から、それを想定して夏服を借りたいって言ったんだ。

 仕方ない。急いでお洗濯して、乾かせばいい。
 こうなってみれば、夏服なんだから制服の替えを多めに、と勧めてくれたお母さんの言葉を二着でいいと突っぱねてしまったことが悔やまれるけど。そんなこと、今更だ。
 もしも間に合わなかったら、冬の制服を着ればいい。それだけのこと。蘭子お姉さんの言う通り、どうせ来週には衣替えなんだから、冬服で登校しても問題はない。
「あ、問題は、ひとつだけあるけど……」
 自己中で、雑な性格の蘭子お姉さんが、ちゃんとすぐに制服を返してくれるか。それだけが問題だ。
「でも、何とかなる。きっと」
 起こってもいないことを今から気に病んでも仕方ない。
 最悪、戻ってこなかったら、諦めて新たに買ってもらう。それか、ひかるに事情を話して、ひかるのお姉さんのお古を貰ってもいい。銀座の料亭『瀧川』の娘であるあの子は、色んな引け目から贅沢を敬遠してる私と違って、本当の意味でのお嬢様だ。
 黙ってれば大人っぽい美人なのに全然黙ってなくて、ハスキーな大声で人をからかってはゲラゲラ笑っちゃうようなお嬢様だけど。私が困った時には黙って力になってくれる頼もしい親友だから。いざとなったら、あの子を頼ればいい。
 ただ、その『いざという時』を、私が滅多に利用しないだけ、なんだけど……。


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