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私の大好物
【side世莉】
しおりを挟む「あっ、世莉ちゃーん。また、ここで会えたね。嬉しいなぁ。ね、隣、いい?」
軽やかに響くドアベルの音に重なって飛んでくる、明るい声。
あーあ、また来たわ。放課後の私の癒やしタイムに乱入してくるお邪魔虫が。『いい?』と尋ねてるけど、いつも私が返事をする前に、当たり前のように隣に座ってくるその人は、同じクラスの九鬼律也くん。
私のお気に入り、駅前のレトロな喫茶店で過ごす午後のひと時を邪魔されるようになって、ひと月が経つ。
ついでに言うと、『世莉ちゃん』と下の名前で呼ばれるほどの親しい間柄ではない。決して。
だって九鬼くんは、先月転入してきたばかり。
『九重世莉さん? うーん。九重さんって、何か呼びにくいから、僕は世莉ちゃんって呼ぶことにするね』
隣の席になった私が自己紹介するなり、彼が勝手に下の名前で呼び始めただけなんだもの。
男子に名前で呼ばれるなんて、もう何年も経験してないから、最初はものすごく抵抗があった。
呼びにくくても構わないから名字で呼んでと、お願いもしてみた。
ところが、抗議していたはずが、いつの間にか九鬼くんのペースに嵌まっていた。気づけば、部活や趣味、さらには私の家族についてまで、問われるままにペラペラと話して盛り上がってしまい、結局『世莉ちゃん』呼びのままという情けない有り様。
どうしてかなぁ。九鬼くんの纏う、ふんわりと甘い雰囲気のせいかしら?
強引すぎて、たまにちょっと引いちゃう時もあるにはあるんだけど。
初めて会った時に、『いいね、その眼鏡。君にすごく良く似合ってるよ』って、私の眼鏡姿をベタ褒めしてくれたから、かなぁ?
あれは……嬉しかったんだぁ。すっごく。
「あ、またその本読んでる。古文書なんでしょ? それ。すごいなぁ、世莉ちゃんは。僕なら一分で夢の中に旅立てそうなシロモノだね」
「そう?」
いつもはコーヒーなのに、珍しく苺パフェを注文した九鬼くが、私の手元を覗き込んできた。
「あ、だめだ。やっぱり全然理解できないよ。やべぇ、頭痛が痛くなるー」
「ふふっ、九鬼くんったら。頭痛が、じゃなくて、頭が痛くなる、でしょ?」
本当なら、いちいち訂正しなくてもいい。この人はわざと言い間違えたんだ。
でも、眉を下げて頭をぷるぷる振る様子がちょっと可愛いって思ってしまったから、相手が仕掛けてきた会話に乗った。
自分の時間を邪魔されるのが、本当は嫌いな私なのに。そんな私の思考の中に、九鬼くんはするりと入り込んでくるのよねぇ。
「本の内容ね、私も似たようなものよ? 実はチンプンカンプンなの。でも、これに目を通してるとね、なぜか落ち着くの。どうしてかなぁ。おじいちゃんの形見だからかな。いつか、ちゃんと読めるようになりたいんだけどね」
「そうだね。世莉ちゃんのおじいさんも、その日を待ってるよ、きっと。あ、そうだ。ね、今日も僕にさせて?」
「あっ、ちょっ……やだ、返して!」
眼鏡っ! また取られた!
返して、と伸ばした手は、虚しく空を切って。九鬼くんに奪われた眼鏡はあっという間にクリーナーシートで拭き上げられていく。丁寧に、綺麗に。
眼鏡男子でもないのに眼鏡クリーナーを持ってるなんて、おかしいよ。九鬼くん!
「はーい、できたー。レンズ、ピカピカにしといたよ? これで、難しい古文書もバッチリ読めるからね」
「あ、ありがと」
強引に眼鏡を拭いた後は、こうしてそっと掛けてくれる。至近距離で、ふんわりと笑いながら。
この流れ、すごくすごく恥ずかしい。
おまけに、私が眼鏡をかけた後は、いつもそっと髪を撫でてくれるものだから、甘い雰囲気がいつまでも残って居たたまれない。
もう、ほんとやめてほしいよぅ。
「はい、どうぞ。ひと口めは君にあげるー」
窓から降り注ぐ冬の柔い陽射し。陽に透けると綺麗な金色に輝く九鬼くんの薄茶色の髪に、少しだけ意識を持っていかれてると、彼が注文したパフェがひと掬い、目の前に差し出された。
スプーンには薄桃色のクリームがたっぷりと乗っていて、「はい、アーン」という九鬼くんの声とともにクイッと角度を変えて迫ってくる。
「いえいえ、結構ですっ。それ、九鬼くんのだし。それに私、ストロベリー味は苦手でっ」
だから、お気持ちだけ有り難く! というか、そもそも男子からのアーンとか、絶対に無理っ!
「そんなこと知ってるよ? だから、君に勧めてるんだ」
え、何? 九鬼くん、今何て言ったの?
今の言い方だと、私が苺味が苦手だって知ってるから勧めてきてるって聞こえるよ?
え? 嫌がらせ?
嘘だ。聞き間違い、だよね?
でもでも! 九鬼くん、まさか本当はすごく性格悪いってことなのかも!
ふわふわで甘い、こんな、天使みたいな外見してるのに?
まさかの、実は腹黒さん?
天使だと思ってたのは間違いで、ほんとは小悪魔王子様なの?
えぇっ? どういうこと?
九鬼くんが! 九鬼くんが、わからないよぉっ!
「あのね、世莉ちゃん。君が、今何を考えてるのか、すごく良くわかるよ。可愛らしい百面相をありがとう」
九鬼くんのまさかの正体にドン引いてた私に、クスクスと笑いながらその張本人が顔を近づけてきた。
組んでいた長い足もこちらを向いて、身体が寄せられる。
「ねぇ、君は苺味は苦手だけど、果物の苺は大好きでしょ?」
「えっ、なんで、そのこと知ってるの?」
そう。その通り。私、フレッシュ苺は大好きだけど、クリームやチョコ、アイスに加工された苺味のものは苦手。
コーヒーキャンディは好きだけど、コーヒーは飲めない人と同じよ。
「ふふっ。なぜ知ってるかは、ヒミツだよ。で、君にはもうひとつ大好物があるってことも、僕は知ってるんだ。実はね? このピンクのクリームは苺味じゃないんだ。だから、騙されたと思って食べてみてよ。ね?」
「えっ、あの……んんっ」
にっこりと綺麗に微笑んだ相手からの圧力がビリッと届いてきたその瞬間、スプーンが口の中に強引にねじ込まれた。
うわっ、やだぁ! 口の周りがクリームまみれになった! しかも苦手な苺クリームぅぅ……。
「ううぅ……あれ? 苺味じゃ、ない? あっ、この味は!」
「気づいた? それ、桃のクリームなんだ。ピンク色は紅麹パウダーの着色だよ」
「美味しい! 私ね、桃、すごく好き! 大好きなのっ」
美味しい! 美味しいよ!
口元にはみ出たクリームをおしぼりで拭ってくれた九鬼くんに、力強く伝える。
「ふふっ。良かったよ。喜んでもらえて。実はね、世莉ちゃんにサプライズプレゼントをしたくてさ。マスターにレシピを渡して、これを作ってもらえるよう、こっそりお願いしてたんだ」
「え、九鬼くんが?」
あ、だから、さっき、カウンター越しにマスターと手を振り合ってたの?
「そう、世莉ちゃんと出会って一ヶ月の記念にね。いつも仲良くしてくれてありがとう」
晴れやかに朗らかに、優しく笑った男の子によって、パフェの器が私のテーブルに置かれた。「だから、これは世莉ちゃんが食べて」と。
ええぇ、どうしよう? 『いつも仲良く』って言われても、私からは挨拶くらいしかしてない。会話は、もっぱら九鬼くんからのスタートなんだけど?
でも、せっかくの厚意を無にするのは気が引けるし……。
「あ、ありがとう。いただきます」
だから、ありがたくパフェをいただくことにした。
だって、これ、すっごく美味しい!
ただのクラスメートに『出会って一ヶ月の記念』とか、ちょっと……ううん、かなり重いけど。大好きな桃と苺っていう、神コラボに罪はないもんね。
うん、全然ない!
九鬼くんって、妙に馴れ馴れしいところがちょっと怖いとか。時々、何か胡散臭いとか、失礼なことを感じてたけど、少しだけ撤回するわ。
微妙に餌づけされてる感も無きにしもあらず、だけど。
クラスメートだし、席もお隣さんだし。これからは、私からも歩み寄ってみようかな?
美味しく味わって食べる私に「良かった」と向けられた穏やかな笑みがなぜか嬉しくて。私も同じように微笑み返した。
ありがとね、九鬼くん。
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