清ら松風、月影に謡う

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
4 / 10

月影に謡う 【一】

しおりを挟む



 日輪が沈む。

「松風に——」

 秋が深まるにつれ、夜の訪れは早い。明るい話題が尽きない珠子との会話を楽しんでいたら、あっという間にかれ時の到来となった。

「松風に 色をかざりし もみぢ葉の 心あらずも しのぶ夕星ゆふづつ

 冷たさを増した風に吹かれて見上げる宵の空には、白く輝く夕星ゆふづつが薄藍に染まった雲を照らしている。なんて美しいのかしら。鮮やかで眩しくて、まるで光成お兄様のよう。

「そういえば、夕星ゆふづつには別の呼び名があるのだと真守まもり様が教えてくださったわ。えーと、確か……あ、そうそう、『太白たいはく』。太白だわ」 

 夕星ゆふづつは、陰陽道で万物の基礎を成す木火土金水もくかどこんすいのうち、金の星として五星の一つに数えられているのだと、先日お教えくださった。興味深い内容だったから、他の四星についてもお聞きしたかったのだけれど。

「うずら丸が、新しく覚えたという妖術をいきなり披露し始めて、お話が中断してしまったのよね」

 しかも、その新術が不完全だったせいで、突如として空から降ってきた大量の雪に賀茂かも様のお邸が潰されかけた。唯一の救いは、雪の被害に遭ったのは賀茂家だけだったこと。

 
「うずらまる、ゆきのはんいのちょうせつ、だけは、きをつけた。がんばった。あつこと、ゆきむろで、あそびたかったから」

 
 どうやら、雪祠ゆきむろという、雪の小屋を私のために作りたかったがための新術披露だったらしい。

 妖猫の頭領、白焔びゃくえん様に『時空間妖術』を教わり、北国の雪山から賀茂様のお邸に山頂の雪をごっそりと移動させたのだと。

 ただ、大陸から我が国へと飛来してきたうずら丸に、雪祠ゆきむろという存在の知識は無かった。

 賀茂家の当主、護生もりお様からの追求で、真守様がお叱りを受けた。『時空間妖術を使うなら、大玉の雪くらい瞬時に運べなくてどうする』と、うずら丸を焚きつけたことが露見して。


「まもり、なかで、いもをやけるくらい、おおきなゆきむろにしろって、いった。あつこが、いも、すきだから、がんばれって。だから、うずらまる、はりきった」


 賀茂邸の屋根がみしみしと崩れそうなほどの雪の被害は、私のためだった。

「ふふっ。美味しかったわね。雪祠の中で焼いて食べた山芋」

 ご当主からの罰として、綺麗な雪塊を全て内裏だいりに運び、献上。それから、お邸内を清掃の後、竃の形に雪祠を作るところまでを真守様は一人でこなした。ひんやりと冷えた小屋で、うずら丸と三人で食べた焼き芋はとても美味だった。

「次にお邸に伺う時は、御礼の品を持参しなくては。あ、そうだわ。御礼だけでなく、御祝いの品も必要だったわ。何が良いかしら」

 真夏に氷室の雪を愛でる行事はあるけれど、秋には無い。中秋の頃になって荷車に乗りきらないほどの雪塊を献上されたことで、主上おかみがたいそうお喜びになられたらしく。真守様は、位階を持たない陰陽生おんみょうせいから従八位じゅはちいへと昇進なされた。

 うずら丸のうっかりの後始末で昇進するようなものだからと、喜ばしいことなのに気落ちなさっていたから、何か気分が晴れるお品を贈りたいわ。

 うずら丸をとても可愛がってくださっていることもありがたいし、いつも楽しいお話を聞かせてくださるし。何より、私は誰よりも真守様を——。

「篤子様、宴の準備が整いました。どうぞ、お越しくださいませ」

「ありがとう。礼都女あやつめ

 夕星ゆふづつを見上げながらの思考に、同い年の女房の声が差し込まれてきた。それに軽く頷き、先導に従う。気づけば、随分と長く宵の空を眺めていたみたい。薄藍色だった空はいつの間にか濃藍こあいに色を深め、月と星の明るさを際立たせている。

「——篤子」

 あ……。

「元気そうだな。良かった」

「光成お兄様」 

 いざなわれた母屋には既に楽器が置かれ、奏者も揃っていた。

「あの、お兄様? 御簾みすは……御簾がありませんが、よいのですか?」 

 驚きと疑問で、失礼ながらも、きょろきょろと視線をさまよわせたままお尋ねする。驚愕したのは、いつもそこにあるはずの御簾が取り払われていること。それから、奏者の面々が私の思っていた人数よりも多くて、その顔ぶれが……。

「篤子、心配は不要だ。扇で顔を隠す必要もない」

「え?」

 咄嗟に顔前に広げた扇を持つ手が、光成お兄様によって掴まれ、いつも美麗さにうっとりする尊顔が私を覗き込んできた。

「あ、あの……ですが、あちらに他家の方々がおられますのでっ」

 大好きなお兄様のお顔がとても近いところにあることと、身内ではない男性が同じ空間にいること。その両方が私を狼狽えさせている。

 場に居たのは、光成お兄様と礼都女。光成お兄様の従者、武弥たけや。それに加えて、なぜかお兄様の同僚、源建みなもとのたける様と、建様の従者である明親あきちか

   大納言家の家人である武弥はともかく、どうしてげんの蔵人様主従が私の邸においでなのでしょう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...