5 / 10
弐
月影に謡う 【二】
しおりを挟む「あら? 私が一番遅かったかしら。皆様、お待たせしまして申し訳ありません」
「たっ、たま……撫子っ? あなた、他家の男性の前で面を晒してるわよ!」
遅れて場に現れ、にこにこと呑気に笑って箏の琴の前に座した姫。珠子の姿に、息が止まるほど驚いて叫んだ。
楽器が置かれている場所には御簾も几帳も無く、そこに居る姫君の美貌を人目から守る物は何も無い。
武弥はともかく(二回め)、身内ではない男性に、大納言家の姫君がその顔を迂闊に晒していいはずがない。
「大丈夫。篤子、大丈夫だ」
それなのに、そういうことに最も敏感にならねばならないお兄様が、どうして、珠子の顔を隠すべく傍に駆け寄ろうとする私を引きとめるの?
「お兄様! 手をお離しくだ……」
「うずら丸だ」
「えっ?」
私を引きとめる光成お兄様の手を剥がしていた途中、耳元にお友だちの名が囁かれ、抵抗が止まる。
「うずら丸の妖術なのだ。だから心配は要らぬ。建殿と明親は、妖術の力でこの邸に運ばれてきた。宴で管弦の調べを披露するために」
「よう、じゅつ?」
続いて告げられた説明の内容が、よくわからない。早口の小声だったからじゃない。ちゃんと聞き取れていた。けれど——。
「どうして? うずら丸が、どうしてそんなことをするの? お兄様がそのことをご存知なのも、どうして? それに、源建様の御主従が我が邸においでになられた経緯が妖術だとして、お兄様が心配無用とおっしゃる理由がわかりません。どうして?」
うずら丸の妖術だから納得しろと言われても、疑問は止まらない。
「最後の問いから答えよう。白焔の説明では、建殿と明親は、昨夜の夢の中からここへ飛ばされているらしい」
昨夜?
「よく見てごらん。ふたりとも、にこにこと静かに座しているだろう? 実際のふたりは夢の最中だから、今ここに居る〝現実〟を夢としか認識していない。しかも、その夢は昨夜のものだ。ここで管弦の宴に加わっていたこと自体が過去のことになるから、撫子も篤子も顔を見られていても支障はない。気楽にしていて良いということだ」
「過去の夢だから、ですか?」
見上げた美麗なお顔が首肯なさったから、源蔵人様主従については、この説明で納得するしかないということね。
「それから、最初の問いの答えだが、これは聞くまでもないことだろう? うずら丸が何かをする時は、篤子、お前のためでしかないのだから」
「はい、それはもちろん承知しておりましたが、諸々の混乱で、つい口から出てしまったのです」
どうして、うずら丸が妖術を、という声は、わかっているのに漏れ出た疑問。優しいあの子が私のために宴を賑やかにしてくれたのよね。
「では、私がこの件を承知済みだった理由も、もう察したか?」
「はい。うずら丸が使った術が時空間妖術と思われますので、それを指南なさった白焔様が光成お兄様に報告をされないわけがありません」
「正解だ。篤子は、いつも本当に察しが良い。だから、父上も宮中に女房として出仕させたのだね」
「え? あ、いえ、私など、大したことはありません。内侍司には多くの才媛が揃われておられますのでっ」
思いがけないお褒めの言葉に、声が上擦ってしまった。こんなことは初めて。光成お兄様に褒めていただくなんて。
源建様ではなく、私こそが夢を見ているのではないかしら。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる