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弐
月影に謡う 【二】
しおりを挟む「あら? 私が一番遅かったかしら。皆様、お待たせしまして申し訳ありません」
「たっ、たま……撫子っ? あなた、他家の男性の前で面を晒してるわよ!」
遅れて場に現れ、にこにこと呑気に笑って箏の琴の前に座した姫。珠子の姿に、息が止まるほど驚いて叫んだ。
楽器が置かれている場所には御簾も几帳も無く、そこに居る姫君の美貌を人目から守る物は何も無い。
武弥はともかく(二回め)、身内ではない男性に、大納言家の姫君がその顔を迂闊に晒していいはずがない。
「大丈夫。篤子、大丈夫だ」
それなのに、そういうことに最も敏感にならねばならないお兄様が、どうして、珠子の顔を隠すべく傍に駆け寄ろうとする私を引きとめるの?
「お兄様! 手をお離しくだ……」
「うずら丸だ」
「えっ?」
私を引きとめる光成お兄様の手を剥がしていた途中、耳元にお友だちの名が囁かれ、抵抗が止まる。
「うずら丸の妖術なのだ。だから心配は要らぬ。建殿と明親は、妖術の力でこの邸に運ばれてきた。宴で管弦の調べを披露するために」
「よう、じゅつ?」
続いて告げられた説明の内容が、よくわからない。早口の小声だったからじゃない。ちゃんと聞き取れていた。けれど——。
「どうして? うずら丸が、どうしてそんなことをするの? お兄様がそのことをご存知なのも、どうして? それに、源建様の御主従が我が邸においでになられた経緯が妖術だとして、お兄様が心配無用とおっしゃる理由がわかりません。どうして?」
うずら丸の妖術だから納得しろと言われても、疑問は止まらない。
「最後の問いから答えよう。白焔の説明では、建殿と明親は、昨夜の夢の中からここへ飛ばされているらしい」
昨夜?
「よく見てごらん。ふたりとも、にこにこと静かに座しているだろう? 実際のふたりは夢の最中だから、今ここに居る〝現実〟を夢としか認識していない。しかも、その夢は昨夜のものだ。ここで管弦の宴に加わっていたこと自体が過去のことになるから、撫子も篤子も顔を見られていても支障はない。気楽にしていて良いということだ」
「過去の夢だから、ですか?」
見上げた美麗なお顔が首肯なさったから、源蔵人様主従については、この説明で納得するしかないということね。
「それから、最初の問いの答えだが、これは聞くまでもないことだろう? うずら丸が何かをする時は、篤子、お前のためでしかないのだから」
「はい、それはもちろん承知しておりましたが、諸々の混乱で、つい口から出てしまったのです」
どうして、うずら丸が妖術を、という声は、わかっているのに漏れ出た疑問。優しいあの子が私のために宴を賑やかにしてくれたのよね。
「では、私がこの件を承知済みだった理由も、もう察したか?」
「はい。うずら丸が使った術が時空間妖術と思われますので、それを指南なさった白焔様が光成お兄様に報告をされないわけがありません」
「正解だ。篤子は、いつも本当に察しが良い。だから、父上も宮中に女房として出仕させたのだね」
「え? あ、いえ、私など、大したことはありません。内侍司には多くの才媛が揃われておられますのでっ」
思いがけないお褒めの言葉に、声が上擦ってしまった。こんなことは初めて。光成お兄様に褒めていただくなんて。
源建様ではなく、私こそが夢を見ているのではないかしら。
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