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第六章

1 拉致ランチ

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「おい、高城香椎!」
「えっ?」
 出し抜けに、という言葉がこれほどぴったりな事態は無いだろう。
 突然の大声での呼びかけに、僕の心臓と上半身はびくんっと大きく跳ねた。猫背に丸めていた背中を、椅子の背もたれにしたたかにぶつけるほど驚いたんだ。

「たーかー、じょー、かぁしーいぃーっ!」
「桧山ぁ? 全くもう、うるさいなぁ。マジ、傍迷惑」
 この教室で僕をフルネームで呼ぶのは、桧山しかいない。
 じっと机を見つめたまま非常識なクラスメートに文句を零したけれど、僕の心臓は有り得ない速さで鼓動を奏で始めてる。

 違う。桧山じゃない。あいつじゃない。
 もう、わかってる。僕は気づいてる。とっくに。
「高城香椎っ! 返事をしろ! そして、振り向け!」
 窓際の一番前の席に座ってる僕の名を呼びながら、背後から声をかけてきた相手の正体に。

「……秀次、くん?」
 振り向かずに名前を呼んだ。とてもとても大切な、その人の名を。
 顔は見られない。怖いから。
 でも、そこに存在を感じたら呼ばずにはいられない。好きって気持ちは抑えられないから。
 恐怖と思慕。その人は、相反する感情を僕から引き出すことが出来る、たったひとり。

「香椎。お前、弁当は?」
「え? べ、弁当?」
「今日、持ってきてるか? 弁当」
「も、持ってる、けど」
「あぁ、これか。よし。じゃあ、付いてこい」
「えっ、ちょっ! ええっ?」
 持ってるかと聞かれたから、食べる気になれなくて机の下に置いてたランチバッグをちらっと見てしまった。
 そうしたら、驚くほどの素早さでそれを手にした相手が、空いた手で今度は僕の手を握り、歩き始める。

「しゅ、秀次くんっ? どこ行くの?」
「んー? 昼飯、食うんだよ。弁当持ってるんだから、それ以外、何がある?」
 それ以外、何がって……そりゃ、そうだろうけど、でもさ! こんな風にいきなり教室まで来てお昼ごはんに誘われることなんて、今まで無かったよ?
 こんな強引な秀次くん、初めてだよ?
 びっくりするし、何より、秀次くんとは顔を合わせられないと思ったから一緒に帰ろうって誘いを断ったのに、その後たったの半日で一緒にお昼を食べる展開になってるの、どうしたらいい? って思うじゃん!

 ——君への恋心に折り合いをつけられる、強い僕になりたい。

 もう少しでいいから努力する時間をくださいって切なく願ったその翌日に、こんな形で拉致ランチすることになるなんて思わないじゃん!


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