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壱
初紅葉(はつもみじ) 【二】
しおりを挟む「あー、ところで、光成?」
無事、文書を見つけ出した建殿が、晴れやかな笑顔で話しかけてくる。
「妹御の撫子の君は、私のことについて何か申されてはおられないだろうか」
「……いいえ、何も」
この人、まだ妹に懸想文を送っていたのか。性懲りもなく。
「あー、別に名など出さずとも良いのだが、その……いつも白い撫子を文付枝に使っている男のことは、話題に上ったりするのではないか?」
「それも、特にありません」
「え……」
明らかに酷く落胆した表情でこちらを見られても困る。確かに、思いっきり冷たく切り返したが。
「そんなぁ……連日、一度も欠かさずに文を送っているのに、色よい返歌をいただけないのは、どういう訳だろう?」
だから、私にそれを聞かれても困るというのに。しかも、沈んだ表情も隠さずに。
私よりふたつも年上で、尚且つ蔵人としても一年先輩のくせに。
どうしてこの人は、こんなにも弱い面を他人に見せられる?
此処は、宮中。権謀術数に長け、抜け目なく、油断なくしていかなければ、生き抜いては行かれないところなのに。
どうして、この人は、こんなにも真っ直ぐなのだ?
「まぁ、あれだ。差し障りのない返歌はいただけているのだから、もう少し粘ってみるか。たぶん姫の女房の代筆だろうが」
お、もう立ち直った。
この人の、この何でも自分の良いように捉える活力には、頭が下が……。
「いやぁ、それにしても、どこに行ってもお前の妹御は稀に見る美女だという噂しか聞かないぞ。
兄のお前は、目つきがとんでもなく悪い上に、このように、もじゃもじゃの毛むくじゃら! なのになぁ」
「っ! 触らないでくださいっ!
あ……申し訳、ありません」
『このように』と、顎ひげを摘ままれた手を、思わず強く叩き落としていた。
ぱしんと、音が出るほどに。
しかし、これはこの人が悪い。
「建殿。私はまだ二十歳ですが、この歳でひげを生やしていて、何が悪いのですか?
それに、目つきが悪いのも生まれつきですので、直しようがありません」
「あ、済まない。お前を怒らせるつもりはなかったのだ。ただ、妹御の美貌の話をしたくて、だな」
あぁ、苛々する。
胸の奥が、ずしんと重い。
痛いような、ひりつくような、おかしな感覚だ。
「そうですか。あぁ、そういえば、いま思い出しましたが。
我らが蔵人所の長、色男で有名なあの御方。頭中将様も、我が妹に懸想文を寄越しておられますよ」
「えぇっ? それは、本当かっ?」
ふっ。食いつき方が、すごいな。
「はい、まことです。頭中将様が妹に送ってこられる和歌は、とても巧みで情熱的なのだと、古参の女房たちが絶賛しておりました。
父の大納言も、中将様なら喜んで迎えるやもしれませんね。
――では、私はこれにて失礼します」
「ええぇぇっ? そんなぁ!」
ふん、呑気面が一気に情けない顔つきになった。いい気味だ。
頭が禿げる程、思い悩めば良い。
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