黎明の天(そら)に、永遠を誓う

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
38 / 87

覚悟の重さ 【12】

しおりを挟む


「なぁ、なぁ! どうなんだ?」

 どう、答えれば良いものか……。

「当たってるだろ? あんた、黒き闘りゅっ……っ、ぶふっ!」

「失礼いたします」

 えっ?

 両の拳を握りしめ、目を輝かせて私に尋ねてくるノルンの勢いとその熱意にどうしたものかと思いつつも返答の言葉を巡らせていたのだが、その私の目の前からノルンの姿が消えた。

「んーっ! んん、んっ!」

「お前、いい加減黙れ。シュギル様のお邪魔をする者は、私が許さん」

「ロキっ?」

 いや違う。ノルンの口を塞ぎ、身体を小脇に抱えたロキによって、部屋の戸口へとその身を移動させられたのだ。

 少年が手足をばたつかせて暴れているが、がっしりと抱え込まれているために、その抵抗はロキには取るに足らぬ些細なものだ。

「シュギル様、お嬢様。突然の乱入、失礼いたしました。この邪魔者は私が責任をもってお預かりいたしますゆえ、お二方は、時間など気にせず御歓談くださいませ。では、ごゆるりとどうぞ」


――パタン

「……」

 ロキ。いつの間に、ここに来ていたのだ? 薬師くすしのもとで治療を受けていたのではなかったのか? そして――。

「……ロキ。いくら小柄な少年とはいえ、肩に怪我を負っている身であのように抱えて歩いたりなどして、大丈夫なのか?」

 そう問いかけたかったが、当の本人はもういない。そればかりか、今までノルンの賑やかさが充満していた部屋に訪れた突然の静けさに、戸惑いしかない。

「あの……王子様?」

「ん?」

 しかし、意外にもルリーシェのほうから声がかけられ、その蒼天色の瞳を覗き込む。知らず、笑みを浮かべながら。

「ノルンは、女の子です」

「……」

 しかし、浮かんだ笑みは、一瞬にして固まった。

「……王子様? どうかなされましたか?」

「あ……あぁ、済まない。いや、何もない」

 怪訝そうなルリーシェの問いかけに、急いで口元に笑みを上らせ、安心させる。

 そうして、彼女を窓際の椅子へとともにいざないながら、ノルンの姿形を思い出してみた。

 毛先の跳ねた黒の短髪。麻の短衣から伸びた手足は筋張って細く、肌の色は浅黒い。身体の線に丸みはなく、どう見ても十五、六歳の少年にしか見えなかった。

 ……いや、待てよ。そういえば、ザライアが『下女に言いつけて』ルリーシェの更衣をさせ、彼女の様子見もさせている、と言っていたではないか。

 ザライアの言っていた下女が、ノルンだったのか。

「……ふっ。そうか」

 思わず、安堵の呟きがこぼれ落ちた。

 そう、『安堵』。ルリーシェが年の近い異性と親しく触れ合っているのを間近で見せられ、少々面白くない気分であったのだから、この種明かしは私にとって安堵以外の何物でもない。

 同じ作業に従事する同性の仲間であれば、親密であってもおかしくはないからな。

「王子様?」

 ルリーシェが首を傾げている。私がこぼした呟きの意味がわからないのだろう。

 だが、正直に話すのは躊躇われたから、別の話をすることにした。

「あぁ、何でもない。ノルンのように賑やかな友人ができたのなら、ここでの生活もつらいものばかりではないのだろうと思ってな。良かったと安堵していたのだ」

「あ……はい、そうですね……でも、ノルンが私と話してくれるようになったのは、ついさっきからです。私がノルンの首飾りを取り戻したから……。それまでは、ノルンも他の人たちと同じように私に接していました」

 ……何だと?

「ルリーシェ。今、ノルンも他の者と同じように君に接していた、と言ったか?」

「はい」

「それは、以前ここの農地で見かけた、君への不当な嫌がらせも含んでいると理解して良いのか?」

「……」

「ルリーシェ?」

 ルリーシェが言葉に詰まったように返答を途切らせたことで、自分の物言いがきつくなっていたことに気づいた。しかし、これは仕方のないことでもあるのだ。

 過日、この神殿の農地で目にした、ここに住む者たちの彼女への仕打ちはいまだに目に焼きついており、記憶から抹消されることはない。

 全ては、多頭竜を手にかけ、国民くにたみの平穏を祈る儀式を台無しにした私の浅慮のせいであるから余計に、だ。

「あの……ノルンのことを悪い子だと思わないでください。私があの子や他の皆様のことを正直にお答えしているのは、それがつらいからではありません。皆様の思いは仕方のないことなのですから、大丈夫です」

「では、やはりノルンも……」

 途中で、尋ねる言葉を切った。ノルンを思いやる彼女の心に沿うために。

「はい。私とは同じ水汲みの作業をするお仲間ですが……」

 ルリーシェも、言葉を切った。今は自分の身を案じてくれるようになったノルンへの気遣いからだろう。

 しかし、いま彼女が口にした『水汲み作業』という言葉。これに、不意に引っかかりを覚えた。

 何だろう。記憶の断片の中に埋もれている何かが、せり上がってくる気がする。忘れていた、何か。既視感のような、何かが……。

「水汲み…………あ、水瓶か」

 そうか。思い出したぞ。あの時、私はノルンを見かけていた。

 そうと意識して記憶していなかったから、顔を見てもわからなかったが……。私は、黒い短髪の少年を、『あの時』に、目にしていたではないか。

 思い出した。あの者だ。

 重い水瓶を抱え、農道を歩いていたルリーシェを突き飛ばして水瓶ごと転ばせていた少年。水浸しになり、泥にまみれたルリーシェを見て笑っていた、あの少年だ。

 あれが、ノルンだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!

鈴宮(すずみや)
恋愛
 ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。 「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」  とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?  これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。

処理中です...