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覚悟の重さ 【12】
しおりを挟む「なぁ、なぁ! どうなんだ?」
どう、答えれば良いものか……。
「当たってるだろ? あんた、黒き闘りゅっ……っ、ぶふっ!」
「失礼いたします」
えっ?
両の拳を握りしめ、目を輝かせて私に尋ねてくるノルンの勢いとその熱意にどうしたものかと思いつつも返答の言葉を巡らせていたのだが、その私の目の前からノルンの姿が消えた。
「んーっ! んん、んっ!」
「お前、いい加減黙れ。シュギル様のお邪魔をする者は、私が許さん」
「ロキっ?」
いや違う。ノルンの口を塞ぎ、身体を小脇に抱えたロキによって、部屋の戸口へとその身を移動させられたのだ。
少年が手足をばたつかせて暴れているが、がっしりと抱え込まれているために、その抵抗はロキには取るに足らぬ些細なものだ。
「シュギル様、お嬢様。突然の乱入、失礼いたしました。この邪魔者は私が責任をもってお預かりいたします故、お二方は、時間など気にせず御歓談くださいませ。では、ごゆるりとどうぞ」
――パタン
「……」
ロキ。いつの間に、ここに来ていたのだ? 薬師のもとで治療を受けていたのではなかったのか? そして――。
「……ロキ。いくら小柄な少年とはいえ、肩に怪我を負っている身であのように抱えて歩いたりなどして、大丈夫なのか?」
そう問いかけたかったが、当の本人はもういない。そればかりか、今までノルンの賑やかさが充満していた部屋に訪れた突然の静けさに、戸惑いしかない。
「あの……王子様?」
「ん?」
しかし、意外にもルリーシェのほうから声がかけられ、その蒼天色の瞳を覗き込む。知らず、笑みを浮かべながら。
「ノルンは、女の子です」
「……」
しかし、浮かんだ笑みは、一瞬にして固まった。
「……王子様? どうかなされましたか?」
「あ……あぁ、済まない。いや、何もない」
怪訝そうなルリーシェの問いかけに、急いで口元に笑みを上らせ、安心させる。
そうして、彼女を窓際の椅子へとともに誘いながら、ノルンの姿形を思い出してみた。
毛先の跳ねた黒の短髪。麻の短衣から伸びた手足は筋張って細く、肌の色は浅黒い。身体の線に丸みはなく、どう見ても十五、六歳の少年にしか見えなかった。
……いや、待てよ。そういえば、ザライアが『下女に言いつけて』ルリーシェの更衣をさせ、彼女の様子見もさせている、と言っていたではないか。
ザライアの言っていた下女が、ノルンだったのか。
「……ふっ。そうか」
思わず、安堵の呟きがこぼれ落ちた。
そう、『安堵』。ルリーシェが年の近い異性と親しく触れ合っているのを間近で見せられ、少々面白くない気分であったのだから、この種明かしは私にとって安堵以外の何物でもない。
同じ作業に従事する同性の仲間であれば、親密であってもおかしくはないからな。
「王子様?」
ルリーシェが首を傾げている。私がこぼした呟きの意味がわからないのだろう。
だが、正直に話すのは躊躇われたから、別の話をすることにした。
「あぁ、何でもない。ノルンのように賑やかな友人ができたのなら、ここでの生活もつらいものばかりではないのだろうと思ってな。良かったと安堵していたのだ」
「あ……はい、そうですね……でも、ノルンが私と話してくれるようになったのは、ついさっきからです。私がノルンの首飾りを取り戻したから……。それまでは、ノルンも他の人たちと同じように私に接していました」
……何だと?
「ルリーシェ。今、ノルンも他の者と同じように君に接していた、と言ったか?」
「はい」
「それは、以前ここの農地で見かけた、君への不当な嫌がらせも含んでいると理解して良いのか?」
「……」
「ルリーシェ?」
ルリーシェが言葉に詰まったように返答を途切らせたことで、自分の物言いがきつくなっていたことに気づいた。しかし、これは仕方のないことでもあるのだ。
過日、この神殿の農地で目にした、ここに住む者たちの彼女への仕打ちは未だに目に焼きついており、記憶から抹消されることはない。
全ては、多頭竜を手にかけ、国民の平穏を祈る儀式を台無しにした私の浅慮のせいであるから余計に、だ。
「あの……ノルンのことを悪い子だと思わないでください。私があの子や他の皆様のことを正直にお答えしているのは、それがつらいからではありません。皆様の思いは仕方のないことなのですから、大丈夫です」
「では、やはりノルンも……」
途中で、尋ねる言葉を切った。ノルンを思いやる彼女の心に沿うために。
「はい。私とは同じ水汲みの作業をするお仲間ですが……」
ルリーシェも、言葉を切った。今は自分の身を案じてくれるようになったノルンへの気遣いからだろう。
しかし、いま彼女が口にした『水汲み作業』という言葉。これに、不意に引っかかりを覚えた。
何だろう。記憶の断片の中に埋もれている何かが、せり上がってくる気がする。忘れていた、何か。既視感のような、何かが……。
「水汲み…………あ、水瓶か」
そうか。思い出したぞ。あの時、私はノルンを見かけていた。
そうと意識して記憶していなかったから、顔を見てもわからなかったが……。私は、黒い短髪の少年を、『あの時』に、目にしていたではないか。
思い出した。あの者だ。
重い水瓶を抱え、農道を歩いていたルリーシェを突き飛ばして水瓶ごと転ばせていた少年。水浸しになり、泥にまみれたルリーシェを見て笑っていた、あの少年だ。
あれが、ノルンだった。
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