黎明の天(そら)に、永遠を誓う

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
39 / 87

覚悟の重さ 【13】

しおりを挟む


 だが、ここで私がそれを蒸し返すことは、意味がないことなのだろう。

 ルリーシェ自身が、私にそのことを正直に話している理由が、つらいからではないと言い切っているのだから。

「私は、私にできる“償い”をしたい。ただそれだけなのです。そして私は、そのためにノルンを利用しました」

 蒼天色の瞳が真っ直ぐに向けられ、彼女の言葉が静かに届いてくる。

「あの子がいつも首にかけている母の形見が暴風に飛ばされ、泣き出してしまった姿を見た時、それを取り戻すことが“償いのひとつ”になると思ったのです。ノルンのためではなく、私自身の“罪を減らす”ため、でした」

「ルリーシェ……」

「生命の危険を感じていなかったわけではありません。怖かった。けれど、それ以上に、誰かの役に立つことで自分が楽になりたかったのです」

 声が、かけられない。

 かける言葉がないわけではない。ただ、あまりにも、ルリーシェの瞳が美しかったから。『自分が楽になりたかった』と言い、仄かに微笑んでみせた時の表情が、あまりにも痛みをともなっていたから。

 だから、言葉がかけられない。

「でも、不思議なものですね。人のえにしというものは。首飾りを取り戻した途端に、ノルンはまるで姉のように私を慕い、大切に扱ってくれるようになりました。思ってもみないことでしたが」

 そうだな。ノルンは、もう二度とルリーシェに不当な扱いをすることはないだろう。

「ですから、自分にできる償いをすることに、私は意味を見いだして良いのだと思いました」

 ん? 何だ?

 急に晴れやかな笑みを見せたルリーシェに、嬉しい反面、どこかひりつくような嫌な予感を覚え、思わず身構えてしまった。

「先程、神官様が教えてくださいました。私に、最大の償いをする機会があることを」

 神官? レイドが何を……。

「近々、神使しんしを呼び出すための儀式があるのでしょう? その生贄として、再び私の名があげられているのだとか」

「……何、だと?」

 レイド。あの者、いったいどういうつもりだ?

 私がげきとなって神殿へと入る可能性について、あの者はそれを知っているはずではないか。そもそも、儀式を行う代わりに巫覡ふげきとなる者には王家の血が流れていることが前提なのだと私に話して聞かせたのは、他でもないレイド本人だ。

 それであればこそ、ルリーシェに儀式のことを伝えたりする必要などないはずなのだが……。

「私、この先、自分がこの神殿での未来をどう生きていけば良いのかをずっと考えてきましたけど、もう一度、生贄として望んでもらえるのなら。私が神のもとへと旅立つことが、最大の償いとなるのなら喜んで……」

「ルリーシェ!」

「……っ」

「あ、済まない。急に大声を出して。しかし、少し待ってくれ。その結論を出すのは、少し待ってほしい」

 私が突然さえぎったことで肩を跳ねさせるほどに驚かせてしまったルリーシェだったが、必死でなだめる私の顔を見て、黙って頷いてくれた。

 そして、いったん落ち着いてもらおうと私が注いだハーブ水を素直に飲んでくれる。その様子を見てほっと息をついたが、この後の会話をどうしたものかと思い悩んでしまう。

 なぜなら、これは私が思っていた展開ではない。私がルリーシェと話さねばならないと考えていたのは、その儀式に向かわせないための選択肢についてなのだ。

「ルリーシェ。君に生贄の儀式について話して聞かせた神官は、生贄になることを君に勧めたのか?」

 だから、本来ならこのような会話は不要なはずだが、ここから始めなければ。

「いいえ。先般、神託を得るためのお籠もりから戻られた神殿長様からの通達をお知らせに来てくださったのです。近々、神使しんしを呼び出すための儀式があり、その日取りが決まったこと。その日までに新たな生贄が見つからなかった場合、私の名が挙げられる可能性があるということも」

「何っ? 日取りが決まったのか! 儀式はいつだ?」

「次の満月の夜とおっしゃられていました」

「次の満月? もう、それほど日数が残っていないではないか」

 なんということだ。

 ルリーシェのいらえに、目の前に真暗き闇がおりてきたような錯覚を覚えた。

 こんなに短期間では、新たな生贄が見つかる可能性はほとんどないだろう。となれば、必然的にルリーシェの名が生贄候補として挙げられてしまう。

 しかし、ならばザライアはなぜ、先程それを私に告げなかった? 神託がおり、儀式の日取りが決まっていることを。

 せない。
 
 だが、どのみち、同じか。もう猶予などないことは、確かなのだから。

 こうなれば、なんとしてもルリーシェの承諾を得なければ!

「――ルリーシェ」

 強い意志を込めて、その名を声に乗せた。

「よく聞いてほしい。私が、こうして君のもとにやって来たのは、この話をするためなのだ」

 ルリーシェが私を見つめ返す瞳が、さらに真剣なものになった。私の口調で何かを察したのかもしれない。それに力を得て、同じように視線を絡め、口を開く。

「君が 、再び生贄となる必要などない」

 ノルンという同性の友だちができたのなら、尚更、再びあの祭壇へ君をやるわけにはいかない。

「君が生贄とならずとも、創造神の加護を得る方法は他にもある。君と私、ふたりで神に仕える身になればよい」

「……え?」

 戸惑い、私の言葉の意味を図りかねている表情。その気持ちは充分にわかっているが、蒼天色の瞳を真っ直ぐ見つめ、さらに言葉を紡いでいく。

「ともに――――私と、ともに歩いてほしい。生贄となる道ではなく、この神殿で生きる未来を」

「……王子、様?」

 心もとなげな、小さな声。瞳を揺らめかせて私を呼んだルリーシェの手を取り、両手でしっかりと包み込んでから、もうひと言。私の中では、もう既に決定事項となっていることを宣言した。

「私は、王太子の地位を捨てる」

 王位など、君のためになら、いくらでも投げ出そう。秘薬を飲み、君とともにある未来を、私は生きていく。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!

鈴宮(すずみや)
恋愛
 ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。 「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」  とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?  これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。

処理中です...