黎明の天(そら)に、永遠を誓う

冴月希衣@商業BL販売中

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見えぬものと、見えるもの 【6】

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 湧き上がる喜びを持て余した身体が、熱い。

 腕のなかにおさめた華奢な身体を、さらに力を込めて抱きすくめてしまいそうになるのを懸命に堪えた。

 私の膂力りょりょくでそんなことをすれば、この薄い肩は壊れてしまう。

 理性を総動員して激情を押さえ込み、静かに問いかけた。

「私を、愛してくれている?」

「あ、愛……お、お慕い、申し上げています」

 鼓膜に届いた可憐な声に、眩暈がした。

 ほんの数刻前まで、目の前が真っ暗だったのだ。
 
 ルリーシェにかくとした愛の言葉すら告げずに一方的に愛し、その命を守るためだけに多頭竜に剣を向け、秘薬を口にした。

 そして、失明した身になってから初めて告白するという間抜けさを披露した自分に、吐き気がする思いだったのだ。

 そんな肝心なこと全てを後回しにしておいて、「私と、ともに歩いてほしい」などと、よく言えたものだ、と。

 恥ずかしいにも程があるが。しかし、ロキのげんにもあった通り、私の拙い言葉でも『ふんわり伝わっていた』のなら、これで良しとする。

 女性の心の機微にはとことん疎い私であるが、同じ気持ちを返してくれるこの人となら、大丈夫だと思えるから。

「ルリーシェ」

「はい」

「頬に口づけても、構わないだろうか」

「えっ! あ、あのっ……ぁ……は、い」

「ん。ありがとう」

 許可を得たことをいいことに、抱きしめていた手を緩め、髪を辿って耳に触れた。

 すべらかな頬に指を添え、そこに唇をそっと押し当てる。

 瞬間、びくっと肩を震わせたルリーシェの反応がとても可愛らしく、思わず口元がほころんでいく。

 創造神の巫覡ふげきとなった私たちだが、これくらいの触れ合いなら、女神さまも許してくださるはずだろう。

「それから、もうひとつ頼み事があるのだが、聞いてくれるか?」

「あ、はい。何なりと」

「私は、もう王子ではない。これからは、『王子様』ではなく、『シュギル』とだけ呼んでほしい」

 頼み事の途中でルリーシェの身体が強張ったのが、わかった。が、構わずに最後まで続けた。

 口には出さないが、ルリーシェは私の今の境遇に多大な責任を感じている。私は、それを痛いほどわかっている。

 それでも尚、神殿に入った以上、もう王子ではない。そのことを、呼び名で認識してもらいたかった。

 シュギル=アル=ウルドゥク。

 君の前にいる私は、敬称など何も持たない、ただの『シュギル』なのだと。

「わ……わかり、ました。シュ……シュギル、様?」

「ふふっ。『様』も要らないのだが。それは、追々とするか」

 つかえながらも、懸命に名を紡いでくれたのだ。今は、これで良い。

 だが、本心を晒してしまえば、ルリーシェの声で紡がれる『王子様』はとても心地良い響きであったから、それが聞けなくなるのは、実はひどく惜しい。

 まぁ、これは立場上、口には出せぬゆえ、生涯この胸に秘めておかねば。

「少し風が強くなってきたな。まだ、ここに居られるか?」

 内心の姑息な葛藤を知られぬよう、一度、息をつき。それから、話題を変えた。

 周囲を吹き抜けていく風の音が変わったせいもある。

 陽射しの照りつけは変わらないが、もう冬は目前だ。風の温度次第では、屋内に入ったほうが良いと思えた。

「はい。神殿長様のお声がかりで、夕刻までお時間をいただいております」

「そうか。では祭殿に戻り、何か飲み物でも……」

「――兄上っ!」

 え? 今の声、は……。

 立ち上がりかけた私の足元に、ザァッと草むらをなぎ倒しながら吹き抜けていった風。その風音に紛れた、聞き慣れた声に全ての意識が向かった。

 聞き間違いではないかと疑うほどに、愛おしんでいる声色――。

「カルス……? カルスかっ?」


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