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第二章
春は萌え【1】
しおりを挟む四月。自分のクラスを確認し、始業式前で賑わっている教室に足を踏み入れる。
自分の名前の付箋が貼られている机は、すぐに見つかった。椅子にもたれて大きく息を吐く。
ゆっくりと目を瞑り、今朝も逢えなかった彼女の面影を脳裏に思い浮かべたところで。
「あっ、土岐くん! 今年は同じクラスだね。よろしくねーっ」
窓際の一番前の席から、男にしては高めの声が飛んできた。秋田正親が、満面の笑みでぶんぶんと手を振っている。
今年はって、お前。一昨年も、その前も同じクラスだったじゃないか。
俺たちの通う祥徳学園は、東京郊外に広大な敷地を有する、私立の進学校。京都に本校があり、滋賀県にも系列校がある。
敷地内には、幼稚舎から大学までが、そのテリトリーを侵さないように隣接している。
半数以上が幼稚舎か初等科からの入学者であるため、ほとんどの生徒が幼なじみみたいな感覚だ。
が、いくら幼なじみと言っても全員と気が合うわけもなく、自然とつるむメンバーは限られてくる。その中で、この秋田だけは異色の存在だ。
分け隔てない態度で、誰とでも気さくにつき合って、男女双方から慕われている。気難しいと言われる俺とは大違いだ。
「土岐? また眉間にしわ寄ってるんだけど? 朝から、それはやめなよ」
「高階。何の用だ」
確か、こいつは同じクラスじゃなかったはずだ。
「まぁ、土岐が武田みたいにヘラヘラ笑ってたりしたら、気持ち悪いけどねぇ」
「比較対象を変えろ」
「じゃあ、秋田にする? 土岐にプリティースマイルも全然似合わないけど」
「はぁ……もう、いい。からかうだけなら、他当たれよ」
アーモンド形の少しつり上がった目元で、面白そうに覗き込んでくるけど。その瞳を見たら、彼女が抱いていた猫を思い出したじゃないか。
そうだ。お前の相手してるくらいなら、彼女の面影を思い出してるほうが百万倍マシだ。
高階郁水。猫のようなアーモンド形のきつい目元なのに、物腰の柔らかさが穏やかな人相に見せている。
が、中身はしたたかで、猫よりも更に獰猛だ。初等科からの連れの中では、俺と一番似通ったヤツ。
「相変わらず、つれないな。で、本題なんだけど」
「最初から本題だけ言えよ」
全く、こいつは。
「都築さんがさ、後輩マネージャーと揉めたらしくて」
「都築が? 原因は?」
「た、け、だ」
「は?」
「お、いい反応」
その薄ら笑い、やめろ。
「後輩マネが武田専用のスポーツドリンクを作ってきてたのが、都築さんにバレて激怒」
「あぁ、きつく注意しすぎたんだな」
「そういうこと。で、俺が仲裁するから、一応報告ね」
「悪いな。頼む」
真面目な都築のことだ。女子マネの先輩として厳しく糾弾したんだろう。
ここは、俺が行くよりも、人当たりの良い高階に間に入ってもらうほうがいい。正直、コイツがキャプテンのほうが良かったんじゃないか? と思うこともある。
「それにしても、武田は定期的にトラブルを起こすヤツだな」
武田慎吾は、線の細い顔立ちと、くせのない長めの茶髪のチャラチャラしたヤツ。
見た目と同じで言動もチャラチャラしてるが、バスケには真剣だし、どんなきつい練習も根を上げずにこなす、真面目な面もある。
問題は、考えなしの発言が多いことだ。
「どうせ、ドリンクを自分好みのメーカーの味にしてくれとか、わがまま言ったりしたんだろう」
「たぶんね。さて、どうしてやろうか?」
「お前は仲裁が先だろうが」
そんなに武田を構いたいのか?
「仕方ないね。二年のマネージャーが居なくなったら後輩たちが可哀想だし。第一、俺らの代のマネだって都築さんひとりなんだから困るしね」
「それに、これから入部してくる一年生にも示しがつかない。武田は俺がそれとなくシメておくから、お前は都築のほうを何とかしてくれ」
「了解。あ、ところで極秘情報なんだけど、俺たちの学年に編入生が来るらしいよ」
「珍しいな。うちの学校で中三からなんて」
中学受験の入学者ですら、半数以下なのに。
「でも本当らしい。基矢《もとや》情報だから、確かだよ」
「一色か。なるほど」
一色基矢も、同じバスケ部のメンバー。言葉数は少ないが、有言実行の頼れるヤツ。高階とは従兄弟で、祖父は祥徳学園の理事長だ。
「うちの編入試験に受かるくらいだから優秀だね。女子だといいよねぇ。土岐のために」
「優秀でも、俺には関係ない」
「そう? 見た目は穏やかな好青年なのに、中身は無愛想で気難しい土岐に、もしかしたら素敵な出逢いが訪れるかもしれないのに?」
「大きなお世話だ。そろそろ行けよ」
「はいはい、もう行くよ。でも、このクラスに編入だといいね」
余計なひと言を残していく高階に、腕を組んで目を瞑ることで、『しつこい』と返事をした。
編入生か。どんなヤツかわからないが、このクラスだとしても、秋田がいるから大丈夫だ。秋田なら、編入生がひとりで浮くようなことには絶対させない。
自分で自分のことを〝オトメン〟だなんて言って乙女趣味を公表してるが、秋田はそれだけじゃないヤツだ。
剣道で対戦すると、よくわかる。真っ直ぐで、無欲。理不尽なことは許さない、強い意志の持ち主。
だから、ガキの頃からの剣道仲間の中じゃ、あいつが一番怖い。秋田からは、俺と対戦すると怖さで身が竦むと、毎回言われるが全く逆だろ。確かに、竹刀を持って構えるとスイッチが入って高揚してしまうのは否定しないが。
剣道仲間と言えば、武田を軽くシメに行かないとな。都築もマネージャー業務に真面目なのはいいが、融通の利かないところが困る。
はぁ……全く。俺の幼なじみたちは面倒なヤツばかりだ。
「――皆、おはよう。ホームルームの前に、編入生を紹介するぞー」
あぁ、もうホームルームか。というか俺。挨拶の起立、してなかったけど……ま、いいか。
「白藤涼香さんだ。皆、仲良くしてやってくれな」
「おー、可愛いじゃん」
周囲がざわめいている。編入生を褒める呟きが聞こえてくる。
編入生は女子か。
「じゃあ、白藤。自己紹介してくれるか?」
「は、はい! あのっ、白藤涼香です! 今までは千葉の女子校にいたので……」
――ガタン!
嘘、だろ?
耳に残って離れない声を耳にして、思わず立ち上がっていた。
ずっと瞑っていた目を見開いて、正面を見つめる。
彼女だ! 編入生って、この子のことだったのか!
忘れようにも忘れられない、求めてやまなかった姿を目の前にして、込み上げてくる歓喜に全身が震えた。
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