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第四章
天花舞う【3−3】
しおりを挟む「あっ」
ん?
彼女の動きが止まった。どうしたんだ?
「これ……」
見つめてる先。その細い指が添えられた箸が摘まんでいるもの。それは太く短い、蕎麦の切れ端だった。
しまった。回収し損ねてたか。
蕎麦を茹でる前、もったいないから切れ端も茹でるようにとの指導で、切った蕎麦は全て鍋に入れた。もちろん、先生に言われるまでもなく、彼女が作ったものは例えどんなものでも食べる気でいたが。
実は、俺が食っている蕎麦の下にも同じような切れ端が幾つも隠れてる。食べにくいだろうと思って、盛りつけ時に切れ端は全部、俺のせいろに集めておいたんだ。彼女に気づかれないように、こっそりと食べるつもりで。
が、どうやら全部は回収しきれていなかったようだ。どうする? 蕎麦を摘んで神妙な表情をしてる彼女に何と言おう。
いや、こんな時に声をかけること自体、おかしいのか? 別に、失敗してるわけじゃないしな。
変わらずに、切れ端を見つめてる彼女を俺も見つめながら、あれこれと気を揉んでしまう。
「ねぇ、土岐くん、見て? このお蕎麦、枝豆みたい! そっくりじゃない? 面白いねぇ」
は?
彼女が持つ切れ端が、せいろの上でペロンと揺れた。
確かに。よく見れば、ほんの少しだが三つの膨らみがある。が、枝豆の形には程遠く、多少の無理やり感は否めない。でも……。
あぁ、好きだな。この子のこういうところが。
俺にはない、柔軟な思考。飼い猫の名前といい、俺のつまらない日常にいつも何かしらの刺激を与えてくれる。
この、『どう?』とでも言いたげな、いたずらめいた笑顔も、なんて眩しくて愛しいんだろう。
「うん。似てると思う」
可愛い。
「でしょ? 食べちゃうの、もったいないよねっ?」
「そうだね。……ふふっ」
本当に可愛い。もっと、その顔見せて?
「うわぁ……」
「どうしたの?」
「な、何でもないです……えーと、早く食べないと時間なくなっちゃうね」
自分で思うのもおかしいが、お互い笑顔でいい感じで話が出来てたのが、急にそれが途切れたような気がした。
嬉しそうに見せてくれてた枝豆もどきが、せいろに戻されて。俺に向かってキラキラ輝いていた笑顔が、横を向いて俯いた。
たったそれだけのことなんだが。空気が変わった気がする。
食事を再開した彼女が、俺を見なくなった。
いや、さっきまでと同じようには見なくなった、が正しいか。
どちらかと言えば、さっきまでは和やかな雰囲気で。食べながら俺と交わしてくれた微笑みは、ふんわりと優しいものだった。
それが今は――。これ、なんて表現すればいいんだ?
まず、彼女の動きがおかしい。
滑らかに動いていた箸使いが乱れて、途中で箸を置いては、短い深呼吸を何度も繰り返してる。
その度に、小さく呟いて胸を押さえてるんだが、「平常心、平常心」と聞こえてくる。
その後、決まって俺のほうを見てくるんだ。気合いを入れるような勇ましさで。
それで、じっと見つめられるから、俺も見つめ返すしかない。そうしたら、さっと横を向いて、また俯く。これの繰り返し。
これ、いつまで続くんだ?
けど、まだまだ続いてほしいとも思う。
ぎくしゃくとした雰囲気だが、居心地は悪くない。
むしろ、彼女と目線を合わせる回数は増えてるし。これぞ、〝俺得〟だろう。
それに、勘違いでなければ、俺を見つめてくる瞳が潤んでるんだ。
どうして、そんな表情で見てくる?
好きな子の頬と首筋が、ほんのりと赤く染まってるのを見せられ、どうにも堪らない気持ちにさせられていく。
気のせいなどではなく、俺たちを包む空気は、明らかに変わっていた。
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