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第五章
君に、捕らわる 【3】
しおりを挟む――ザッ!
目測通り、通路脇に寄せられた雪の塊の上に着地。思っていたよりも雪が深くて、腰まで埋もれた足を乱暴に引き抜く。
間髪入れずにダッシュ。彼女の元に向かう。
茂みの横に除雪で積み上げたんだろう、雪の塊。そこに埋まっている足元が緩く動いているのを見て、激しく安堵しながらも、急いで雪を掻き分ける。
「白藤さん!」
すぐに、雪の中から小さな身体を救い出した。
「白藤さん! 大丈夫っ?」
頭を打っているかもしれない。そっと掬い上げて、片膝を立てた上に、その頭をもたれかけさせる。
栗色の髪に付いた雪をはらって触れた、白い頬。
「冷たい……」
あまりの冷たさと顔色の悪さに、とんでもなく動揺して、手が震えた。
「白藤さん! 白藤さん!」
「……と……き、く……」
怪我の状態を確認するまでは、下手に動かせないのもあったが。
実際は、動揺して名前を連呼するだけの俺の耳に届いた声。震える口唇が、微かだが俺の名を呼んでくれてる。
「大丈夫? 話せる? 頭は打ってない? あっ、どこか痛いところはある?」
「どこも……転んだ、だけ」
目の焦点は合ってるし、受け答えも大丈夫そうだ。
「ごめんね。ちょっとだけ……ちょっとだけ、このままで待ってて」
ひとまずは大丈夫そうな彼女を、脱いだジャージを敷いた上に横たえて、その場を離れる。
「武田! おい! 聞こえるかっ?」
武田こそ、頭を打った可能性がある。
揺らさないよう慎重に扱って。聞こえるように大声をかけても青白い表情が動くことはない。
どうやら、失神しているようだ。呼吸は出来ているから、まだ安心だが。
どうする? 優先順位なら、武田が先だ。だが、こんな状態の彼女をここに放置していくなんてことは……。
助けを呼びに行ったはずの笹原は、まだ戻ってこない。どうしたらいい?
「土岐!」
この時、後ろからかけられた声に、俺がどれほど安堵と感謝をしたか。言葉では言い尽くせないほどの感情を抑えて、声を返した。
「山田! 頼む!」
走り寄ってきた山田に状況を簡単に説明しようとしたら、手をあげて遮られて。
「いや、いい。聞いて知ってる」
そう言った山田が親指で指した先には、白藤さんの横にしゃがんでる明石の姿が。
そう言えば彼女と一緒に歩いていたはずなのに、いつの間にか姿が見えなくなっていた。敷地内で山田と待ち合わせでもしてたのか。
「武田! 聞こえるか! 武田っ!」
何にしろ、助かった。安堵しつつ、武田に声をかけ続ける。
「……ん」
武田の表情が動いた。微かに眉をしかめて、睫毛が揺れてる。意識が戻ったか?
「武田! 俺が見えるか? 誰か、わかるか?」
うっすらと目を開けた武田にホッとしながら、意識確認をする。
「うん……土岐と、山田」
良かった。記憶障害は無いみたいだ。
「あぁ、頭は上げるな。脳震盪を起こしたのかもしれないんだから」
首をもたげて返事をしようとするのを、そっと手を添えて水平に戻す。そのまま顔を覗き込んで、目の焦点が合うか確認した。
「吐き気はないか?」
「うん」
このやり取りをしながら、俺の横で秋田に電話をしてる山田の応答も同時に聞いて、もうすぐ助けが来ることを確認した。
「武田、このまま安静にしとくんだぞ?」
「うん」
「山田。後は頼めるか?」
「おう、任せろ」
珍しく口数が少ない武田が気にかかるが。電話を切った山田に声だけかけて、彼女の元に走った。
「白藤さん、ごめん!」
「……土岐、くん」
俺の声に反応して、身体を起こそうとする彼女。
「こんなところに寝かせたままにして、ごめん。すぐに……」
「あの、土岐くん。涼香ちゃんね。さっき身体を起こそうとしたんだけど、どうやら足を怪我してるみたいなの」
身体を起こしかけた彼女を支えようとしたところに、かけられた明石の言葉。即座に、その顔を覗き込んだ。
「どっちの足? 痛いのは足だけ? 頭痛は? 吐き気は無い?」
「左……他は大丈夫」
「わかった」
それさえ聞けば、先に中に運び込んだほうがいい。
「寒いだろ? でも、ちょっとだけ我慢してね」
彼女の頭の下に敷いてたジャージごと抱え上げる。
「明石、ありがとう」
振り向かずに声だけかけて、返事を待たずに駆け出す。
駆け出してすぐに、前方から笹原と秋田、ロッジの担当教師が玄関から飛び出してきた。
「涼香ちゃん!」
「土岐、白藤は大丈夫なのか?」
気は急いているが、いったん足を止める。
「取りあえずは安心かと。足を痛めてますので、医務室に運びます。武田は脳震盪かもしれないので、そのまま安静にさせてます」
「わかった」
「詳細は、傍についてる山田に聞いてください」
伝えたいことは全て伝えたから、また走り出した。
「あっ、土岐くん! 私もっ……」
笹原の声が耳に入ったが、悪いと思いながらも足は止めない。
「寒……い」
この震える声の主を、早く運ばなければ。早く! 早く!
医務室を兼ねてる教師の宿泊部屋は、二階。玄関に入って、突き当たりを少し右に行ったところに階段がある。階段を上がって、一番手前。そこが目指す部屋だ。
一般よりはかなり大きなロッジとは言え、ホテルに比べれば小さな造りだ。が、焦っているせいか、そこまでの距離が遠く感じてしまう。玄関から階段までの廊下をスピードを緩めずに駆け抜ける。
「うわっ!」
「なっ、何だ?」
「えっ? 土岐っ?」
右に曲がったところで、立ち話をしてるグループにぶつかりそうになって。
「どいてくれっ!」
彼女を落としたりする訳がないが、誰かにぶつけたりすることが無いよう、抱えてる手に力を入れ直して身体を密着させた。
「――土岐っ!」
階段の下まで走って。上からかけられた声は、高階のものだった。途中の踊場に立っている。
「白藤さん、ごめん! このまま上がるからっ」
彼女の返事を待たずに、一段飛ばしで一気に踊場まで駆け上がる。
「基矢がドアを開けてる! そのまま駆け上がれ!」
すれ違いざまに情報をくれた高階と一瞬だけ目線を合わせ、スピードに乗ったまま、一色が開けてくれてたドアから中に飛び込んだ。
医務室になっている教師の宿泊部屋は、俺たち生徒の泊まっている和室とは違って、ツインのベッドルーム。
取りあえず、ソファーに座ってもらおう。
荒い呼吸をそのままに。ここに辿り着けたことに、ひとまず安心する。ソファーにそっと下ろし、離れようとしたところで気づいた。
彼女の両手が、離れない。
俺から、その手が離れないんだ。
「……白藤、さん?」
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