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第五章
君に、捕らわる 【4−1】
しおりを挟む俺の肩と、背中。それぞれの場所で、その両手がぎゅっと丸まって震えてるのを感じる。
Tシャツに食い込んだ指の力強さに、今頃気づいた。こんなに強く掴まれてたのか?
寒さからだろうか? それとも、俺が乱暴に運んだから怖い思いをさせたか?
普段から鍛えているとは言え、この子を抱えての全力疾走で、さすがに息が上がっている。
けど、今、感じてるこの激しい動悸は、彼女のこの行動以外に原因は考えられない。
想う相手にこんな風にしがみつかれて、平静でいられるわけがない。離れなくてはいけないのに、抱きしめたくて堪らない。
「――涼香ちゃんっ! 大丈夫っ?」
部屋に飛び込んできた笹原の声で、我に返った。
というか、自分たちが置かれてる状況を思い出せた。笹原に感謝だな。早く手当てをしなければ。
「白藤さん?」
笹原の声に、ぴくりと強い反応は示したものの、しがみついた手をそのままに固まっている。その耳元に、再度、囁きかける。
「手、緩めてくれる? 足、早く手当てしないと」
きつく食い込んだ指が、ぴくっと反応して、緩んだ。
掴まれていたTシャツに、空気が入り込んでくる。離れていく熱を素肌でじかに感じて、きゅっと胸が軋んだ。
ゆっくりと、離れていく温もり。密着していた部分に隙間が空いて、身体が冷えていく。望んでいたことなのに、名残惜しくて引き留めたくなる。
「ありがとう。ちょっと待ってね?」
惜しがる気持ちを、ぐっと我慢して。部屋のベッドに掛けられてる毛布を素早く剥がして、その小さな身体を包み込んだ。
「あ! 涼香ちゃん。私、着替えを持ってこようか?」
「え? えーと……だ、大丈夫」
笹原の提案に、遠慮した彼女が拒否をする。
だが、顔色は良くない。色白の頬が、更に青白くなっている。
それに、うっかりしていたが、このロッジは男子しか泊まっていないから、女子に必要な物は用意されていないのかもしれない。
「笹原。悪いけど持ってきてもらえるか?」
「うん。すぐに行ってくるね」
「あ、美也ちゃん。待っ……」
俺の言葉を受けて部屋を出て行く笹原を呼び止めようとするのを、手を挙げて制した。
「着替えは必要だよ。それに友だちなんだから、頼って甘えればいいんだ」
「あ、土岐。室温は上げておいたからね」
「あぁ、助かった」
後ろからかけられた高階の声に、振り向かずに返して。
「――こんな風に、ね?」
彼女だけに微笑んだ。
少しの間を置いて、俺を見ながら頷いてくれた相手の足元に跪く。
「ごめんね。脱がせるよ?」
小さなその足に、そっと触れた。
「本当に、痛いのは左足だけ?」
「……あっ、あのっ! そんなことっ……私っ、自分でします」
左足の靴下だけを脱がせた後に、もう一度確認すると。遠慮して足を引っ込めようとする。
女子として恥ずかしいのはわかるが、手当ては譲れない。
「でも、痛いんでしょ? 早く手当てして、楽になろう?」
「……っ。はっ、はい」
足を下から支えながら、引くつもりは無いことを示すと、小さく了承してくれた。
「――少し、腫れてるな。……ここは? 痛い?」
バスケをやっていると、怪我なんて日常茶飯事だ。だから、手当ては慣れたものなんだが。相手がこの子となると、全然勝手が違ってくる。
彼女が痛みを感じる部位を慎重に確認していく。手と同様、白く小さな足。踵を支えて、指でそっと押す。その表情を見ながら。
「……ぁっ」
直後、彼女の顔が痛みで歪んだ。痛々しく思いながら、もう一度そこに親指をそっと当てる。
「ここ?」
「うん」
やはり、踝の下あたりか。まずは、腫れてる箇所を冷やさなければ。
室内に置かれてる救急セットの傍にあったタオルを手に取り、冷蔵庫を求めて振り返る。
「あ、土岐。ちょい待って。今、基矢が……あっ、帰ってきた」
部屋の入り口にいる高階が手を上げて、その横から一色が顔を見せた。
「これ、もらってきた」
一色から手渡されたのは、ビニール袋に入った氷。
「悪いな。助かった」
頼まなくても、先に動いてくれてる。こいつらがいてくれて、マジで助かってるな。
「冷たいと思うけど、我慢してね?」
氷の入ったビニール袋をタオルで包んで、彼女の踵を支えながら腫れてる部位に当てて冷やす。
さて、この後、どうするか。
しばらくは、このままアイシングして、笹原が戻ったら着替えてもらえばいいか。それに、他の引率教諭にも連絡がついた頃じゃないだろうか。武田の様子も気にかかるな。
「土岐。患部を冷やすだけなら、俺が代わるよ」
高階が横に立って、こんな提案をしてきたが、なぜ、代わる必要がある? それに、彼女の足をお前に触らせる? そんなこと、させるわけがない。
「必要ない」
「いや、そんな怖い顔しないでよ。下心なんて無いし。むしろ、土岐のために言ってるんだけど?」
俺のため? 何、言ってるんだ?
「土岐さぁ、気づいてないの? 自分の足の状態」
「は?」
「く、つ、し、た! だよ」
「……あ」
俺の足元を指差し、もう気づいたか、とでも言いたげに幼馴染が笑った。
……あぁ、そうだった。わかったよ。うん、思い出した。
「あぁ。今、気づいたよ。悪かった」
「いいよ。それぐらい、無我夢中だったってことだろ? ほら、凍傷になる前に履き替えなよ。悪いけど、勝手に荷物の中から出してきた」
隣に同じようにしゃがんだヤツが、靴下を差し出してきた。
部屋のベランダから飛び降りたから、靴を履く暇なんてなかった。靴下のまま、外からここまで走ってきたんだ。思えば、よく途中で滑らなかったものだ。
こうして言われてみれば、足首から指先までが冷たく濡れているのを実感してしまう。
そうだな。足の感覚が無いくらい冷え切っているのを自覚してしまえば、履き替えたほうが良さそうだ。だが――。
「高階。でも、あと十分ほどアイシングする間くらいは大丈夫だ」
そう。あと、ほんの少し冷やしてテーピングするまでの間くらいは。やせ我慢してでも、お前にこの子の手当てを譲る気はない。
「……へ……ん」
「え?」
「凍傷なんて……大変」
高階の厚意に、悪いと思いつつも拒否を示すと。それに反応した高階の声に被って、彼女も声を発した。
「土岐……くんも、ちゃんとお手当て、して?」
「白藤さん?」
「私なら大丈夫だから。あの、早く土岐くんもお手当てをしてほしい」
言いながら、身体を屈めて。彼女の足元に当てているアイシングのタオルに小さな手が伸びる。
「自分で冷やせるから。だから、早く」
そこを押さえている俺の手から、するりとその足が離れていく。
「土岐くん。お願い」
冷たい感触と、滑らかな手触りが手元から失われて。代わりに、真剣な瞳と心配そうな表情が向けられた。俺のことを心配してくれてるのが伝わってくる。
「ん。わかったよ。ありがとう」
自分に向けられた彼女の優しさが嬉しい。
10
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