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第五章
君に、捕らわる 【6−3】
しおりを挟む「まぁ、いいじゃないか。それより、ちょっと早いけど出発しないか? 武田も着替えなよ」
「あ、そう! そうだな。俺ってば、着替えなきゃだわ!」
高階が取りなすように間に入ってきて、いかにも、これ幸いとばかりに着替え始めた武田。
その露骨な様子が気に食わないが……。
これから武田が彼女と一緒に過ごすのかと思うと、もっと気に食わない。
だけど、武田も一応怪我人だからな。まぁ、仕方ない。
うん、仕方ないな。
いや、待て。
そもそも彼女が怪我をしたのは武田の馬鹿な行動のせいじゃないか!
「――おい、武田」
替えのジャージに着替え終わった武田の前まで行く。
「なっ、何?」
俺の形相が怖いのか、一気に直立不動の姿勢をとった武田に更に迫る。
「そう言えば、お前に聞きたいことがあったぞ」
「えっ、ナニかなぁ? あは、あははっ」
「ふっ。何だと思う?」
あからさまに目を背けた相手に顔を近づけ、口元だけに薄い笑みを浮かべた。
「ひっ」
失礼な声を出したきり、じりじりと後退りしていった武田の身体が途中で止まる。壁に当たって、もう下がりようがないことに気づいたその表情は硬く強張っている。
ゆっくり近づく。俺より少し高い位置にある顔を見上げて、きっと誰が見ても酷薄であろう笑みを湛えたまま静かに問いかけた。
「さて、言い訳を聞いてやるぞ。もちろん、昨日お前が仕出かしたことについてだが」
一旦区切って、武田の顔の横に両手をつく。
「俺が納得出来る答えを聞かせろよ? この口でな」
顎に指をかけて、緩く微笑んでやった。
「二十秒以内だ。カウントを始めるぞ」
「二十秒? 短っ! ちょ、待って。土岐ってば!」
「何だ? 出発時間が迫ってるから、早く答えろ」
「や、その前に。この体勢を何とかしてくんない? 俺、これ駄目!」
「は?」
「だから! ドキドキしちゃって駄目なんだよう」
目を泳がせ、アワアワと口を動かして叫んだヤツに戸惑った声が漏れる。
「お前。何、言ってる?」
「おいおい、土岐ぃ。まさか、知らないでヤってんの? お前のその体勢、壁ドンと顎クイっつって、女子に人気の萌えシチュなんだぜー」
……何?
「山田。萌えシチュって、何だ?」
呆れ声をかけてきた山田を振り向くと、スマホを弄りながら、目線だけが俺に向いた。
「うーん? 平たく言うと、女子の皆さんが『こーゆーの男子にされたら、キュンキュンしちゃう!』てな妄想で盛り上がる人気のシチュエーションのことだよ」
妄想? キュン?
「あ、ちなみに一番人気は頭ポンポンらしいけど、髪型を崩さないように気をつけないと嫌がられることもある。これ、経験談な」
知らなかった。頭ポンポン……ん? 待てよ。俺、昨日やった気がする。彼女に。嫌がってはなかったと思うが、顔に出さなかっただけなのかもしれない……つまり……どうしよう?
「おーい、土岐ぃ。頼むから、そろそろ離れてくれよぉ」
情けない声で我に返ると、武田の顎を摘んだままだった。取りあえず、顎からは手を離そう。
「武田」
「へい! あ、違った。はい!」
「二十秒、とっくに過ぎたぞ。早く言え」
「えぇっ? もうカウント終わったことになってんの?」
「言、え!」
「うぅ……じゃあ言うけど、怒るなよ?」
ようやく観念したのか、ふぅ、と一度軽く息をついたそいつは、正面から俺を見た。
「あのさ、この前、サーカス観に行ってさ。綱渡りがすげぇカッコ良かったんだよ。で、あのフェンスでなら、俺でも出来るかなって思っちゃっ……」
――ダンッ!
もう一度、顔の横に手をついた。今度は握り拳で。
「ひぃっ!」
「なんだと? それが、あんなことをした理由か?」
零れたのは、低い唸り声。
「お前は、自分が何をやったのか、わかってるのか!」
声を荒げ、片手で壁を叩いて武田の視線を逃がさないよう、目を覗き込んだ。
「うわっ、ごめん! ごめんなさい! 俺のせいで、白藤ちゃんに怪我させちゃって」
「違うっ!」
「え?」
鋭く遮った俺の声に、それまでぎゅっと目を瞑って謝罪の言葉を並べていた武田の目が、ぱっと開いた。
「違うだろ。俺が言ってるのは、彼女のことだけじゃない」
だんだんと見開いていく瞳を真っ直ぐに見つめて、絞り出すように声を出した。
「お前が意識を取り戻すまで、どれだけ心配したと思ってるんだ?」
「と……土岐ぃ」
「さぁ、言ってみろ。お前が昨日したことを。もう、言えるだろ?」
宥めるように表情を和らげて、もう一度問いかけた。
「えーと。俺、最も大切なものを失うところでしたぁ」
「ん。よし、いいだろう」
合格だとわかるように、肩に手を置いて前髪をかき分けてやる。
「命は大切にしないと、な?」
「うん、ごめん。心配かけて。ほんと、ごめん」
涙ぐみ、謝る武田に深い反省の色を見て、頬を緩める。
「あのさぁ、二人の世界に割り込んじゃって悪いけど。俺ら、先に出るからー」
身体の力を抜いて、ほっと息をついたところで、聞き捨てならない台詞が高階の声で聞こえてきた。
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