花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

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第五章

君に、捕らわる 【8−3】

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 嬉しい。でも、これは俺だけのものじゃない。そう思うと、苦しい。どうすればいい? もう、いっそ――。
「それでね。……土岐くん?」
 あ、しまった。彼女の笑みに囚われて、この場に相応しくない、昏い物思いに沈んでしまっていた。
「何?」
「それでね。昨日、雪の中で足を冷やしたでしょ? だから、一日スキーしてて痛くないのかなと思って」
 小さく「私のせいで」とつけ加えながら、俺の足の状態を気遣ってくれている。
 あぁ、そうか。『足を冷やした』っていうのは、靴下のまま雪の中で走り回った俺の足を心配してくれてるんだな。高階と交わしていた凍傷云々のやり取り、あれをずっと気にしてくれてたのか。
「大丈夫だよ。何ともないから」
「ほんと? 良かったぁ!」
 本当にホッとしたのか。大きく息を吐いて肩の力を抜いた様子に、俺の心も綻んでいくのを感じた。本気で心配してくれていたことが、伝わってくる。それだけで、硬く強張っていた心と表情がほぐれていった。
 俺も、単純だな。
 けど、彼女の優しさを感じるほどに。その気遣いを嬉しく思うほどに。これが、俺だけのものじゃないという現実が苦しい。
 当たり前だ。この子は、俺のものなんかじゃないんだから。さっきまでの昏い思いが、ぶり返してくる。
 もう、いっそ。この子に全てをぶつけて、その手で、終わらせてもらおうか。
 そう。もう俺は、この現状から脱却したいんだ。
 よし、決めた。君に、告白する。
「土岐くん? あの、お食事……」
 あ、また食事の手が止まってたか。
「うん、大丈夫。食べるよ」
 少し。いや、かなり気分が浮上してきてる。告白すると決めたことで、こんなにもスッキリとするものなのか。
 まぁ、受け入れられる可能性は殆ど無いだろうけどな。彼女の手で、すっぱりと断ち切ってもらえれば……。
 だって、苦しいんだ。
 誰にも隠していない想いだけど。彼女にちゃんと告げて。彼女の言葉で、終わらせたい。

 けれど、もし。もし、少しでも可能性があるなら。捕まえたい。この手に。
 俺の腕の中で、微笑う君が見たい。そう思う気持ちも抑えられないんだ。
 それはそうと―—。告白すると決めたのはいいが、いつ、するんだ?
 彼女と二人きりになれるタイミングが、果たしてあるんだろうか。
 この後も、彼女はこのロッジで見学だし。きっと、明日もそうだろう。すると、夜か?
 いや、夜こそ周囲には誰かしら居るはずだ。お互いに。なら――。
 彼女の様子を盗み見ながら、忙しなく食事をしつつ、高速で頭を回転させる。そして、ふと気づく。
 何を焦ってるんだ、俺は。告白すると決めたからって、今日明日に慌ててする必要なんてないじゃないか。
 こういうことは、タイミング。そう、タイミングが大事だ。
 が、そうは言っても、やはり気が急いてしまう。理由は、明白だ。アイツ。あの、黒髪の男。アキラとかいう、あの男の存在のせいだ。
「ねぇ、涼香ちゃん。席を移動するなら付き添うよ? そろそろ行く?」
 秋田が、俺以外の皆のコップを片づけながら彼女に聞いた。もう、行ってしまうのか?
「あ……えと、もうちょっと。もう少しだけ、ここに居たい、かな」
 恥ずかしそうに、小さな声で。それでも、「ここに居たい」と言ってくれたことに、ほっとした。
 皆と一緒に居たいって意味なのは、わかってる。が、少しでも長く一緒に居たい俺と同じ気持ちなのかと思うと、嬉しい。

「あっ、いたいた! おーい、涼ちゃーん!」
 この声は……。
「あ、アキラさん」
「そろそろ休憩終わりだろ? 迎えに来たよー」
 〝アキラさん〟に〝涼ちゃん〟。いかにも親しげに呼び合う二人を目の当たりにして。呼吸も思考も、全ての機能が停止した。
「さ、行こう?」
 彼女の席の斜め後ろまで来て、手を差し出しているのをスローモーションのように目が捉える。
 その手を取るのか? 俺の目の前で?
「……あ。えーと、私は……」
「お兄さん、ごめんなさい。涼香ちゃんは、もう少しここに居たいって言ってるの。時間になったら、どこに連れていけばいいですか?」
 逡巡するそぶりを見せた彼女の肩に手を置いた秋田が、アキラに話しかける。
「あ、そうなんだ。うーん、どうしよう。俺、君たちのところの付き添いの先生に頼まれて来たんだけど」
「え、保科先生に?」
「そう。その先生が、自分は武田くんを確保しに行くからって、涼ちゃんの迎えを俺が頼まれたんだよね」
 その人選、逆じゃないか?
 機能が停止した脳なのに、保科先生への疑問が浮かんだ。
「だからさ。ちょっと早いけど、俺と一緒に来て?」
 再度、彼女に手が差し出される。
「あ、はい」
 そうして、その手を支えにして、白藤さんが立ち上がった。
「あっ、あの、土岐くん?」
 アキラの手に、その白い手を重ねたまま、その子が振り返る。
「えと……また、ね?」
「ん」
 かすかに微笑んで、別れが告げられた。俺は、ちゃんと笑えていただろうか。
 捻挫してる足を庇って歩く彼女と、それを気遣いながら誘導するアキラの後ろ姿。アキラが何かを話しかけて、顔を上げた彼女が頷きながら笑うところまで見て、目を伏せた。

「あのお兄さん、このロッジの人でね。みいこ先生に頼まれて、祥徳の生徒、特に見学者のフォローをしてるんだって」
 秋田が話しかけてきてるが、黙って飲み物に手を伸ばした。悪いな。アイツの話題で会話する気になんて、ならないんだ。
 それに、今、決めたことがある。
「あとね……」
「秋田。先に言っておく。悪い」
「え?」
 秋田の言葉を遮って、まずは謝罪。
「今夜、ロッジを抜け出すから。先に班長に謝っておくよ。悪いな」
 怪訝な表情の秋田に、ニヤリと笑みを向けて脱走宣言をした。
「えぇっ、土岐くんっ?」
「じゃ、もう行く」
 さっさとトレイを持って、班長から退散する。
 あの二人の後ろ姿を見て、決心がついた。今夜だ。今夜、君に告げに行くよ。
 けど、おかしい。こんな駄目元な告白なのに、気分は晴れやかだなんて。俺、おかしくなったのかな?
 が、こんな変な俺も、悪くはない。


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