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第五章
君に、捕らわる 【8−2】
しおりを挟む「へぇ。二体も作ったんだね」
「この子がね。私は、ちょっと修正したげただけ」
「あ、君。祥徳の見学者の子じゃん」
武田を交えた三人で、作業が再開された。黒髪の男が持ってきたバケツなどの小道具で雪だるまが完成されていく。
俺は、少し離れた位置に移動した。顔が強張っているのが、自分でもわかる。決して、寒さのせいじゃない。
背が、高いな。
俺より少し低いだけの先生の頭が、コイツの肩までしかない。顔立ちは、端正な部類に入るんだろう。なのに、人懐っこい笑顔が似合ってる。
……ように、見える。
コイツが、彼女と並んで座っていたのか。あの瞳が、コイツの姿を映して。真っ直ぐに見上げられて。零れるような、あの笑顔を間近で見ていたのか?
ムカつく。
「出来たぁ! 見てくれよ、土岐ぃ。すっげぇ、いいのが出来たぜ!」
「あぁ、そうだな」
確かに、最初とは比べ物にならないぞ。段違いに完成度の高い雪だるまが、そこにあった。
もう、ここまでつき合ったんだ。そろそろいいだろう。
「武田、ロッジに入るぞ。先生、失礼します」
加賀先生にだけ軽く会釈をして、踵を返した。
「えぇ、集合時間厳守よー」
「あ、待ってくれよ。みいちゃん先生、サンキューな! アキラくんも!」
背中を向けた先で聞こえた武田の声に、思わず反応してしまった。
アキラ。アイツの名前か。名前からして、俺とは違う明るいイメージを匂わせてるのが、またムカつく。
武田のヤツも、いつの間にフレンドリーに呼んでるんだ。お互いに手でも振り合ってるらしい声が聞こえてきたが、俺は振り返らなかった。
自分が僻んでるってことはわかってるが、それを認めたくなかったんだ。
「遅かったね。少し冷めちゃったよ、ご飯」
ロッジに入ると、入り口付近に陣取っていた秋田が席と食事を取っていてくれた。
「別に構わない。俺のほうこそ、手間をかけさせて悪かったな」
「全然! 武田くんの分は、高階くんに任せたよ」
「あぁ。そこで別れてきた」
大人しく見学してなかったことを高階に絞られる様が目に浮かぶようだ。
「あの……土岐くん? お、お帰りなさい」
――正面の席は、白藤さんだった。
「……あ、うん。ただいま」
違う。
さっきとは、まるで違う。俺に向ける笑みは、アイツへのものと、どうしてこんなに違うんだ? 俺とアイツの違いは、何だ? どうしたら、あんなに綺麗な笑みを向けてもらえる?
もしかして、〝俺だから〟駄目なのか?
「……くん。土岐くん。どうしたの?」
あ……。
「いや、何でもない」
秋田に呼ばれて、ずっと下を向いたままだったことに気づいた。
良かった。うっかり彼女を見つめたままだったりしたら、この微かな笑みさえも失ってしまうかもしれないところだった。
「そう? 集合まで、あと三十分しかないけど大丈夫?」
「充分だ」
午前中のスキー講習はなかなかにキツいものだったけど、体力はまだ充分に残ってる。上級者用のコースに移動しても、あの先生の指導についていける自信はある。
が、問題はメンタル部分だ。胸の中を荒れ狂う、この感情はどうすれば鎮まるのか。
「あの。土岐、くん?」
マズい。一瞬、顔が強張ったのを見られただろうか。
意識して彼女から視線を逸らしていたのに、まさか話しかけられるとは思ってなくて。ずっと胸に渦巻いている、この醜い感情を見抜かれてしまったのかと、かなり狼狽えた。
モヤモヤと動揺と、卑屈な思いが交錯している。それを何とか押し込めた後に発した声と表情は、無機質そのものだった。
「何?」
「あ、あの、ごめんなさい。お食事中に」
「いや。別に構わないけど」
どうしよう。表情の修正がきかない。彼女を前にしているのに、強張った表情しか出来ない。
「あの、あのね? もしかして、足が痛いの?」
「え?」
思いもかけない質問に、口が開いたままになる。
足が痛いのかって、俺に聞いた? なぜ、そんな質問を? 痛いのは君のほうだろう?
「いや、そんなことはないけど」
なぜ、俺にこんな質問をしてきたのかは分からないが、この子のほうこそ、足が痛いはずだ。
「白藤さんこそ、足の状態はどう? まだ痛む?」
あんなにこの子の捻挫の具合を気にしてたくせに、すっかり頭から抜けてしまっていたなんて。最低だな、俺。
「ううん。あ、痛いのは痛いんだけど。でも、あの! 土岐くんが、歩きやすいように包帯を巻いてくれたから。だから全然っ」
「……あ」
「え、何?」
「いや、別に」
どうしよう。ドキドキしてきた。今、見せてくれた笑顔に。
花が咲き零れるような笑み。〝花笑み〟だ。
綺麗な、透明な笑み。ほんのり染めた頬と、綻んだ桜色の唇。控えめで優しい表情。それが今、俺に向けられてる。
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