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第五章
君に、捕らわる 【8−1】
しおりを挟む「おぉーい! みんなぁ! おっかえりーっ!」
ロッジの前まで滑り降りてきた俺たちを大声で出迎えたのは、幼馴染の問題児。
頭の上で両手を大きく振ってるその横には、かなり歪な雪だるまが二体、寄り添うように立っている。安静にする為の見学のはずなのに、いったい何をやってるんだ。
監視役の保科先生はどこに……。
「……あ」
保科先生を探していたはずなのに、たった一箇所に目が吸い寄せられる。ロッジから張り出したバルコニーに見える人影は、俺が見間違う筈もない、薄桃色のスキーウェア。
――その隣に居るのは、誰だ?
白藤さんの顔を横から覗き込んで、何かを話しかけては、その笑顔を間近で見ている黒髪の男。
「ねぇねぇ。あの異様にうるさい男子って、祥徳の生徒?」
加賀先生からの質問に答える余裕なんて無い。和やかに談笑している二人から、目が離せないんだ。
『余裕見せてる間に、横からかっ攫われても知らないよ?』
高階に言われた言葉が、一瞬で蘇った。あの時、俺はどう答えた?
『それは、困る』
はっ! 何が『困る』だ。俺は馬鹿か。
困るどころじゃない。こんなに気分の悪い感情だったじゃないか。
見上げた先に居る、明らかに大学生以上に見える男。横に軽く流した前髪をかきあげる仕草が、ムカつくくらい様になっている。俺がなかなか見ることが出来ない彼女の笑顔を、簡単に引き出すことの出来るヤツ。
年上だろうが、ヤツ呼びで充分だ。俺の視界で、彼女と一緒に存在するソイツに湧き上がる、このどす黒い感情。これは――。
「ねぇっ、質問に答えなさいよ!」
不意に、首に腕が巻きついて。加賀先生の声が耳元でキーンと響いた。
「……先生。耳元で声を張り上げるのは、止めてください」
「あら。人の質問をスルーしてた耳に、刺激を与えてあげただけなのに」
「充分に刺激的でしたから、もう離れてください」
至近距離で聞かされる、こもった笑いが耳に纏わりついて。ついさっきまで感じていた不快感を増幅させていく。
あぁ、気分が悪い。
首に巻きついた腕を持ち上げて、その下をくぐるようにして拘束からの解放を試みた。
「あっ、逃げる気ね? 待ちなさ……」
「あーっ! 土岐が年上美女と抱き合ってるぅ!」
……武田。
「そこの綺麗なおねーさん! 俺の土岐に、何してんすかぁー!」
空気を読めないヤツの声って、どうしてこんなに良く通るんだろう。
「ふぅーん。『俺の土岐』ねぇ。S顔くんは、性別問わずモッテモテなんだぁ。へぇぇ」
茶化すような口振りで面白そうに頷かれても、言葉通りに受け取れるものか。
「モテてなんかいません」
こんなに恋しく想う相手に見向きもされないんだぞ。
もう少し、ほんの少しでいいから、人好きのする外見だったら良かったのに。そうしたら彼女とも、もっと……。
いや、無理か。どのみち、誰彼構わずに笑顔を振りまくなんて、俺には出来ない。
唯一、彼女を前にした時だけ緩むのは自覚してるが、それも傍から見れば笑顔のカテゴリーではないんだろう。
「おねーさん! 土岐は返してもらうっすから! なぁなぁ、見てくれよ。俺の作った雪だるま!」
気づけば、拘束されたまま固まってしまっていた身体は、武田の声とともに自由になった。ネガティブ思考にはまっていた俺を、脳天気な笑顔が救い出してくれたんだ。
そのまま、もう一度バルコニーを見上げたが、そこにはもう誰の姿も無かった。
「待ちなさい! まだ解散してないわよ」
武田に腕を引っ張られた俺の肩に、加賀先生の手がかかる。
「今からお昼休憩をとってもらいます。一時間後に、またここに集合してください。遅刻は厳禁よ。では、解散!」
「おっし、解散したな。もういいだろ? 行こうぜ、土岐」
「あぁ。先生、失礼します」
武田の誘いに乗って、先生の手からすり抜ける。
「なぁに言ってんの? 私も行くわよ」
え?
今度は、武田と俺。両方の肩に手が回された。
「うちのロッジ前に、あんな不格好な雪だるまを置いとけないわ」
「んだよ。俺の傑作にナンかする気か?」
「武田、敬語」
色めき立った武田に言葉遣いを注意する。
「……ナンかする気なんすか?」
あまり変わりは無かったが、先生は気にする様子は無く。
「良くしてあげるのよ。さ、いらっしゃい!」
俺たちの背中をぐいぐいと押していく。
おい。何で、俺まで。早くロッジの中に入りたいんだが。
が、実際に彼女と顔を合わせて、どんな顔をしたらいいのか、わからなくなってるのも確か。
他の男に向けていた笑顔。あれが、余りにも綺麗だったせいだ。思い出すだけで、何かで胸の中をかき回されてるような不快感が込み上げてくる。
あの時の清廉な笑顔。それが頭から消えてくれなくて、胸が苦しい。
「――ここをね、こうして、こうするのよ」
「ほほう。なーるほど!」
加賀先生が修正を加えて、武田作の雪だるまは格段に見栄えが良くなった。
最初は反発してた武田も、いつの間にか笑顔で作業を手伝い始めている。ところで、なぜ俺はここに居るんだ?
「後は仕上げね。ここに雪を追加しといて」
どこかに電話をかけながら、先生が武田に指示。この電話が終わったら、俺は先にロッジに入らせてもらおう。
いや、駄目か。武田も一緒に戻らせないと。
「おい、武田」
「みいちゃん、持ってきたよー」
コイツは……。
「あら。仕事が早いわね」
「まぁな。俺は、みいちゃんの頼みには迅速対応を心がけてるからさ」
先生の元に素早く走ってきたヤツは、あの黒髪の男だった。
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