花霞にたゆたう君に

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第六章

花霞にたゆたう君に − memories −【4】

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 冬の空は、雲の流れが速い。
 透き通った淡青色の空に浮かんだ真っ白な雲の群れが、山の稜線をかすめながら足早に吹き流されていく。
 三月初旬。俺はまた、歌鈴の名残の地である飛鳥に来ていた。少し高台にある古刹こさつ。飛鳥の地をゆったりと見渡すことの出来る由緒ある寺だ。
 歌鈴のたっての希望で、その遺髪を納めるために。
「ねぇ、兄ちゃん。これからここも、りんちゃんのおうちになるの?」
 納髪が終わり、境内を歩いていたら、キョロキョロと周囲を見ていた幸音が不思議そうに尋ねてきた。
 幸音は、俺のことは『兄ちゃん』呼びだが、歌鈴のことは『りんちゃん』と呼んでいる。
「そうだよ。――どうした? 何か、気になることでもあるのか?」
「うーんとね。おうちなら東京にもあるのに、りんちゃんはどうして『ここがいい』って言ったのかなと思って……それにここ、あんまり人がいないよ。りんちゃんは、さびしくないの?」
 だから、キョロキョロしてたんだな。
 それに幸音がそう思うのも無理はない。やっと、東京に。家族のもとに戻ってきたのに、と思うよな。

 歌鈴のバッグから出てきた、家族それぞれ宛ての手紙は個別に振り分けられたが。そのうちの一通、父さん宛ての手紙に、頼み事として納髪の希望が書かれてたらしい。髪もひと房、別の封筒から出てきた。
 幸音の目から見れば、先日、納骨を済ませた賑やかな都心の墓地に比べると、ここは寂しそうに映るのかもしれない。
 けど、俺には何となくわかる気がするんだ。歌鈴が、ここを望んだ理由が。
 歌鈴は考古学が好きだった。いろんな本を読み込んでは、各地の遺跡を見て回りたいと目を輝かせていた。
 それに、医師や看護師がひっきりなしに入室する病室で、あいつはずっと過ごしていた。
 ここなら、大好きなものに囲まれて、静かにゆったりと自分だけの時間を過ごすことが出来る。
 たぶん、この推測で、きっと合ってるはずだ。

 歌鈴の髪が入れられた封筒は、歌鈴が自分用に作ったランチョンマットに包まれていた。俺たち家族に作ってくれたものと同じように、右下に刺繍が施されている。
 歌鈴が自分の目印にした模様は、雪の結晶だった。


『私の刺繍は、ね。雪の、結晶よ。ふふっ。天花、自分用に、使っちゃったけど……いいよね? クリプレは、特別……だもん、ね?』


 クリプレだから自分が天花を独占したのだと、儚げに浮かべた無邪気な笑みで告げていた声。今でも、こんなにもはっきりと思い出せる。
 歌鈴。お前が作ってくれたランチョンマット、皆で大切に使ってるぞ。それから、お前の席には雪の結晶のマットがいつも置かれてるんだ。まぁ、もう知ってると思うけど。
 だって、俺たちのこと、『たまーに、それとなーく見守ってる』んだもんな。

「わぁっ! 兄ちゃん、すごい風だよ!」
 下方から吹きつけてきた風が、俺たちの髪を逆立てて。ぎゅっと目を瞑った幸音が、俺のコートを掴んで身体を寄せてきた。
「寒いよっ! 兄ちゃん、寒い!」
「仕方ないな。ほら」
「寒い、寒い」としがみついてくる小さな身体を抱き上げて、風下に向きを変えた。
「これでいいか?」
「うん!」
「なぁ、幸音。さっきの話だけどな」
 首にしがみついてくる幸音の頭を撫でながら、話を始めた。
「歌鈴とは東京にいても会えるけど、今日からは、ここも歌鈴の家になったんだ。歌鈴が大好きな飛鳥の家だから、ここに会いに来ると、きっと喜んでくれると思うぞ」
 言い聞かせるように、幸音に話したその瞬間。冷たいばかりだった風に、変化が起こった。ゴォッと鼓膜に響くほどだった音がやんで、強さも和らいできたんだ。
「りんちゃんが? 喜んでくれるの? ほんとに?」
「本当だよ。だから、また会いに来ような」
「うん、来る! ぼく、来るよ!」
 上空からの陽射しが、温もりを取り戻させてくれるかのように、じわりと降り注いできていた。
 その時、ヒュッと音を立てて一陣の風が、吹きつけてきた。幸音を抱く俺の足元から上へと、まるで俺たちを包むようにしてから、吹き抜けていく。確かな花の薫りを残して。

「兄ちゃん? 今ね、ここがポーって、あったかくなったよ?」
 幸音が目を丸くして『ここ』と指差した箇所。こめかみには、一片の梅の花びらがついていた。
「これがついてたぞ」
「あっ。兄ちゃんのほっぺにも! ぼくとおんなじのが、ついてる!」
 紅い花弁を取って見せてやると、同じものが俺の頬にもついていると幸音に指摘された。
「幸音。これは、歌鈴が『また来てね』って言いに来てくれた〝しるし〟かもしれないぞ?」
「しるし? しるしって、何?」
「証拠って意味だけど、この場合はプレゼントだな。これは、持って帰ろうな?」
「うん。ぼく、このお花、だいじにする!」
 こじつけかもしれない。そう思いたいだけかもしれない。けれど、これで良いのだと思えた。
 だって、花の風に包まれたあの瞬間、俺も頬に優しい温もりを感じたような気がしたから――。


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