花霞にたゆたう君に

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第七章

花霞にたゆたう君に−To the future−【1−2】

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「ほら、行くよ?」
 満足感に浮き立つ心をそのままに、笑顔で涼香の顔を覗き込む。
 小さく、ぎこちない笑みを返してくれたその手を引いて、体育館への階段に向かって歩き始めた。ニンマリと笑う秋田に、目で合図だけして。
「――やぁっと来たかぁ! 土岐ぃーっ! 覚悟しろよぉ! お前に勝つのは、俺だぁーっ!」
 さて、と。
「涼香。あっちに居るといいよ」
「えっ、奏人?」
 うるさいヤツの声が聞こえてきた途端、涼香の耳を塞いで向きを変えた。
「あっ、ちょっ! おい、無視すんなよ!」
 雑音がその耳に届かないようにガードしながら、うるさいヤツを視界からもシャットアウトする。
 雑音とは、反対側。チームメンバーの居る体育館の端に移動した。
「ぷっ! 武田のヤツ、可哀想に……お前が戻ってくるのを、ウロウロしながらずーっと待ってたのに。せめて、ひと言でも相手してやればアイツも……ぶふっ、あはは!」
「常陸。わかってるなら、アイツ止めとけよ。傍迷惑だろうが」
 同じクラスで、今はバレーボールのチームメンバーである常陸雪夜ひたちゆきやが、吹き出しながら話しかけてきた。笑い上戸で、いったんツボに入るといつまでも笑ってるヤツだ。同じバスケ部の部員でもある。
「あの、奏人? えーと、私、どうしたら?」
「え? あ、ごめん」
 涼香にジャージの裾を掴まれて、耳を塞いだままだったことを思い出した。手を肩に移動させてから、まだ笑ってる常陸に目配せして、壁際にいざなう。
「ここに居てくれる? 秋田たちも、もうすぐ来ると思うし」
 肩に乗せた手はそのままに、後ろから顔を覗き込む。
「あ、うん。あの、さっきの大きな声の人って、これから対戦するチームの人なの?」
 首を捻って、振り仰いでくる上目遣いが可愛い。
 なのに、他の男の話題なんか出さないでほしいな。耳だけじゃなく、その瞳と唇までも、塞いでしまいたくなる。
「試合中にやかましい声が聞こえてくると思うけど、全部スルーして無視してていいよ。ここで、俺のことだけ見てて? いい?」
「え……うん。あ、でも。ボールの行方を見てたら、自然と相手チームも見えちゃうよ?」
 クラスの試合で「俺のことだけ見て」なんて無茶な言い方してるのに、普通に頷いてくれるとか。ほんと、可愛すぎだよな。
「ふっ……いいよ。一番多く、俺のことを見ててくれれば。じゃ、行くね」
「うんっ。頑張ってね! 私、いっぱいいっぱい応援するからねっ!」
「ん。頼んだよ」
 弾けるような笑顔に見送られて、その傍を離れた。自然と手が伸びていった、薄桃色の頬をするりと撫でることは、忘れずに。
 少し離れた位置で、バレーチームのメンバーとストレッチをしていた常陸のもとに近づく。
「お。もう、いいのか?」
 長めの前髪をサラリと揺らしながら、見上げられた。いつも思うが、常陸の髪は『からすの濡れ色』という表現がぴったりの、艶のある黒髪だ。男にこんな比喩はおかしいが、他に適当な言葉が思い当たらない。
「あぁ」
 俺も、その横で軽く身体を伸ばす。
「んじゃ、やりますか。アイツらにだけは、絶対に負けたくないからな」
 相手チームには、武田、高階、一色がいる。常陸と同様。俺としても、絶対に負けたくない。
「よし、やるか」
 ――バシッ!
「おーし! また決まったぞ! やるじゃないか、一色ぃ!」
 武田の声で、コート上に雑音が響く。
 一色、お前。いつの間に、ジャンプサーブなんか練習してたんだ? しかも、結構な威力。球技大会で余計なことするなよ。バレー部から勧誘が来たりしたら、どうする気なんだ。
「よーし。相手チーム、ビビってるぞー。もう一本、強烈なの見舞ってやれー!」
 一色が、またジャンプサーブを打ち込んでくる。
 ――バシッ!
「させるかっ! 土岐!」
 再び高速で飛んできたボールをリベロが拾って、俺の頭上に跳ね返ってきた。
 ――パシィッ
「あぁっ。こんなの、ずりぃよっ!」
 それまで、調子よく雑音を放っていた武田の目の前に、ツーアタックを押し込んでやる。
 油断してるお前が悪いんだぞ?
 ネット越しに悔しそうにこちらを見る顔に、口元だけに笑みを浮かべて、流し目をくれてやった。
「ふんぬぬぬぬぬぬぅー! くっそー!」
 人生で初めて聞く、珍妙な唸り声に背中を向けて。
「山田、ナイスレシーブ」
「おぅ!」
 リベロを務めてくれている山田を労った。
「おい山田、マジでお前すげーな。お前のレシーブのおかげで勝ってきたようなもんだよ。パソコン部にしとくには、惜しいな」
 常陸が山田の肩を叩いて、褒め称える。そう言う常陸も、長身を生かしたブロックとバックアタックで、チームに貢献している。俺も負けてられないな。
「土岐。サーブ頼む」
「あぁ」
 ボールを受け取って、ラインの手前に立った。
「頑張ってっ」
 野太い声援に混じって聞こえてきた、大好きな声。チラリと横目で視線を流すと、両手を胸の前で組んで、祈るように立っている姿が見えた。
 手に握りしめているのは、あのハンカチ。卑弥呼のキャラクターと一緒にデザインされている桜の花びらの色までが見える。その口元が、俺の名の形に動いた。
 見てて? 必ず勝つから。
 視線を戻して、相手コートを見やる。ネット越しに見える、武田、高階、一色の姿。普段、チームメイトとして信頼し合っているヤツらの真剣な表情から、手に持ったボールへと目線を移した。
 短く息を吐いて。前方、ネットの上を見る。助走しながら前にトスを上げて、高く踏み切った。
「土岐っ! ナイッサーッ!!」


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