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第七章
花霞にたゆたう君に−To the future−【2−1】
しおりを挟む――球技大会が終わった。当日は部活休止のため、つき合って初めて、まだ日が高いうちに涼香と下校することが出来た。
立夏を数日過ぎた午後は、初夏を思わせるような陽射しで、手を繋いで歩く俺たちの頭上から燦々と降り注いできている。
学校の裏門から繋がっている、城趾公園。その遊歩道に足を踏み入れた俺たちを、陽光に照らされた若葉が緩やかに風に揺れながら出迎えてくれた。
「今日は、お疲れ様」
「うん、涼香もね」
「ありがと。改めて言うけど、バレーボールの優勝おめでとう! 球技大会全体の成績でも二位だなんて、うちのクラスすごかったね!」
「そうだね。バレーの優勝もだけど、卓球の優勝もクラスの成績に貢献してたよ」
「うん。特に、チカちゃんの活躍がすごかったぁ。マイラケット持ってるだけあって、強かったよね!」
「あぁ、あれね。秋田も、料理部にしておくには惜しい人材だ」
「だね! ふふっ」
顔を見合わせて、ふたり、同じ光景を思い出して微笑み合う。ベンチに座って、購買で買ったドリンクとドーナツで、涼香提案の『プチお疲れ様会』を始めたところだ。
「チカちゃんのあのラケットね。お兄さんが使ってたものなんだって!」
「あぁ、成親さんか。なるほどね」
「え? 奏人、チカちゃんのお兄さんのこと知ってるの?」
「まぁね。秋田の兄さんは祥徳じゃ有名な人だからね。皆、知ってるよ」
昨年まで写真部の部長を務めていた成親さんは、カメラマンとしての腕前以外に、その美貌でも常に注目を集めていた。
が、繊細で美しい外見とは裏腹に、その内面は自分にも他人にも厳しい、骨太で豪胆な人だ。秋田からも聞いているだろうが、俺からも成親さんの為人について、軽く説明した。
実はプライベートで通っている剣道場が秋田のお祖父さんの道場で、成親さんとはそこでの関わりが多いんだが、俺が剣道をやっていることは涼香には言っていない。
言うタイミングが無いというのもあるんだが。一緒に通っている武田が「剣道男子は、女子には不評だ」と言っていたのもあって、何となく言えないままでいるのが本当のところだ。
剣道の防具、滅多にクリーニング出来ないからな。もし、見学に来たいと言われたら……困る、よな……少しだけ。
「へぇー、そうなんだ。お兄さん、素敵な人なのね。あのね、そのお兄さんが撮った写真をチカちゃんが見せてくれたんだけどね?すごーく、グッとくる写真ばっかりでねっ。私、大ファンになっちゃったの!」
「へぇ……」
両手をパンと打ち合わせ、興奮気味に話す俺の彼女の目線が少し上向いた。その「素敵だった」という写真を思い浮かべてるに違いない。
成親さんのことは尊敬しているが、涼香のこの表情は少々面白くない。『うっとり酔いしれている』と形容していい表情に、胸がざわめく。こんな表情を目の前で見せられて、平静でいられるわけがないだろう?
「それ、どんな写真だったの?」
お互いの間に置いていたドリンクとドーナツを涼香とは反対側の端に移動させて、そのぶん身体を近づけて肩に手をかけた。
「教えて?」
至近距離で目線を合わせて囁く。写真に向いてる、その意識。全部、俺に寄越して?
「かなっ……」
「海の写真? それとも、空?」
目を見開いて、後ろに下がろうとする身体。それを逃がさないように、肩を掴む手に力を入れて、質問をかぶせる。
「 り、両方……海の上に広がる星空が、すごく綺麗で」
どうしてわかるのかと怪訝そうな表情で、俺の問いに答えが返ってきた。
簡単なことだ。成親さんは、人間は撮らない。海や空をメインにした風景の写真を好んで撮ると知っているからだ。そして、その腕前が確かなことも――。
「そう」
知っているが、やっぱり面白くないな。星空の写真で、あんなうっとりした顔をしたっていうのか?
「涼……」
「あ、でもね? 星空なら、私、奏人にもらったポストカードのほうが、もっと好き!」
……え?
「ライトアップされたツツジと、満天の星空の! あれ、すっごく良かった! あ、あと、コスモスと朱雀門のも好き!」
ポストカード……あぁ、あれのことか。先日の奈良旅行で買った、涼香への土産だ。何がいいかと色々悩んだけど、俺はポストカードにしたんだ。
奈良の四季折々の花々と風景のセット。渡した時もすごく喜んでくれたけど、まさかこのタイミングで、また話題に出てくるとは思わなかった。
「びっくりした」
「えっ?」
あ、声に出してたか。
「いや……成親さんの写真の話から、いきなり俺の土産に話が飛んだから」
「え? だって、本当に好きな風景なんだもの」
俺の疑問に、至極当然とでもいうように真顔で肯定が返された。
「それに……それにねっ? 奏人が、私のことを考えながら選んでくれたものでしょ? そう思ったら……それだけで、私めちゃめちゃ嬉しいからっ」
ちょっと待て。真顔の後の、この恥じらいの表情。これは反則だろ。
今、なんて言った? 俺が、涼香のことを考えながら選んだから? それだけで、めちゃめちゃ嬉しい?
最初は目を伏せて恥ずかしそうに話してたのに、「めちゃめちゃ嬉しい」のところは上目遣いで見上げてくるとか。ほんと、何なんだ? 俺をどうしたい?
「涼香……」
「奏人?」
あまりの破壊力に、涼香の肩を掴んでた手がベンチの座面にずり落ちかけたが、気づいてまた元の位置に戻した。けど、それが精いっぱい。
うっすらと染めた頬と、もの問いたげに軽く開いた口元。真っ直ぐに見つめてくる澄んだ瞳を見返すけれど。
「ふっ……可愛い」
心の声を正直に零すことしか、出来そうにない。
「えっ? えぇっ!?」
「どうしたの?」
何をそんなに驚いてるんだ?
「ど、ど、ど、どっ」
「ん? 『ど』って何?」
いきなり真っ赤になって慌てたように身体を引くから、逃がさないように肩に添えた手に力を入れた。ひらひらと手を振るような、妙な動きを見せていた右手も同時に捕まえる。
「涼香?」
本当に、どうしたの?
「な、何でもないですぅ……うぅ」
何でもない? そんな顔じゃないだろ。
いかにも情けないといった風情で、眉は下げられてるし。声は消え入りそうだし。おまけに――。
「ねぇ。何で、泣きそうな表情してるの?」
目元まで真っ赤にして。長い睫毛が縁取る瞳は、うるうると潤んで、俺を捕らえてるんだから。
「俺、泣かせるようなこと、何かした?」
潤んで揺れる瞳から目が離せないまま、答えが欲しくて尋ねる。
「嫌な思いをしたなら、教えて?」
「違っ……何も、してなっ……」
「ん?」
ふるふると首を振って「違う」と言いながら、訴えかけるように見つめられる。
「あのっ。恥ずかしくて! か、奏人がいきなり『可愛い』とか言うからっ。その、居たたまれないっていうか」
「俺が言ったことが、原因?」
「えっ、原因とかじゃなくて! そんなこと言った後に『どうしたの?』なんて普通に笑ってるから奏人のほうがどうしたの? とか思ったり! でも、その笑顔が素敵だな、とか思ったりで、いろいろパニックになっ……きゃっ!」
「ごめん」
あぁ、もう。ほんと、可愛いすぎ。
気づけば、涼香の身体を引き寄せていた。堪え性がなくて、ごめん。
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