66 / 69
第七章
花霞にたゆたう君に−To the future−【3−1】
しおりを挟む「あ、五時のメロディー」
ヴァイオリンの調べが流れ始めて、涼香が空を見上げた。
「そうだね。そろそろ帰ろうか」
俺も同じように色を変え始めた雲に目をやっていたが、荷物に手をかけて立ち上がる。
「うん」
この城趾公園は、学校と隣り合わせということもあってか、毎日夕方の五時と六時にメロディーが流れて、その時刻を俺たち生徒に知らせてくれている。
今、聞こえているのは、五時を知らせるドビュッシーの『美しい夕暮れ』だ。六時にはショパンの『別れの曲』が流れる。
傾き始めた夕陽が、柔い光を俺たちに届けてくる。薄いオレンジ色の光の中。そっと手を差し出せば、同じ色の空間から伸びてきた手がすぐに触れて、視線が絡む。
無言で微笑み合った後、しっかりと指を絡めて、ベンチを後にした。
「あ、私。大事なこと、聞くの忘れてた!」
「ん? 何?」
公園内にある戦国時代に築かれたという石垣の跡に沿って歩いていたが、不意に涼香が立ち止まった。
「あのね? 何が好き?」
「え?」
「お菓子! えっと種類とか、系統とか。幸音くんのお好みを教えてもらえると嬉しいんだけど」
あぁ、リサーチか。涼香の突飛な発言や質問にも、だいぶ慣れたな、俺。
明後日の日曜日。家に誘ったから、何か手土産をと思ってくれたんだな。
「そんなのいいのに……というか、俺の好みは聞いてくれないの?」
別に拗ねた訳じゃない。幸音の、と限定されたことに少し疑問を抱いたから聞いただけだ。
「え? だって奏人の好みは、たいてい私とおんなじだから、聞く必要ないよね? パウンドケーキもクッキーもチョコレートも好きでしょ? 私、スキー場で聞いて、知ってるんだから」
きょとんとした表情で、さも当たり前のようにスパッと言い切られた。「何を今更」とでも言いたげな涼香の口調に、さっきいろいろと言い訳していた自分が恥ずかしくなる。実は俺、ちょっと拗ねてたな、と。
涼香のことになると、こんなにも心が狭くなる。
「あ、待って? もしかして私の思い込み? 勘違い? どうしよう! 実は苦手なものがあったのっ? え? え?」
「いや、大丈夫! 落ち着いて、涼香」
わたわたと慌てだした涼香に、今度は俺が慌てる。
「大丈夫。全部、好きだよ。今日、お祝いにプレゼントしてくれたドーナツも美味しかったし」
「ほんと?」
心配そうに尋ねてくるから、本心だとわかるように、ひと言、付け加えてみた。
「本当だよ。あ、ドーナツは涼香の手で食べさせてくれてたら、もっと美味しかったと思うけど」
「て? て、て、手?」
「そうだ。次は、それ、やってみる?」
「そ、そ、そ、それってっ?」
「はーい、もう決定! さ、帰るよ」
「えぇ? 奏人? えぇぇっ?」
涼香の呼びかけに、笑顔だけを返して。繋いだ手を少しだけ強めに振ってから、歩き出した。
――楽しい。
女子と喋って、楽しいって思ってる自分にびっくりだ。
相手が、この子だから。そんなことは、わかりきってるけれど。涼香が俺にくれる、たくさんの〝初めて〟。それは、どれもなんて楽しくて、愛おしいんだろう。
「あ、そうだ。俺も、涼香に確認しときたいことがあったよ」
バス停に向かって歩きながら、肝心なことを思い出した。
「え、なぁに?」
「幸音ね、今、恐竜にハマってるんだ。フィギュアとか、そういうの見るのは大丈夫?」
「えっ、恐竜ちゃん? 見たい! 全然大丈夫よ。わぁ、楽しみ!」
ふっ。「恐竜ちゃん」って。
「大丈夫なら、いいけど。リアルな骨格標本とかもあるんだよね。それから、しつこいくらいに色々説明されると思うけど、我慢して聞いてやってくれる?」
「骨格標本? 小学生なのに、すごいね。私で分かるかな? 恐竜のこと、お勉強させてもらうわね」
「いや、涼香が普通に聞いてくれるだけで喜ぶと思うよ」
たぶん、すごく喜ぶ。一度も会ったことがないのに、「兄ちゃんの彼女!」ってテンション上げて、旅行の土産を選んだくらいだしな。
俺と同い年の女の子に、歌鈴の面影を探したいんだろうか。
「ね。そのフィギュアって、幸音くんが作ったものなの?」
「そうだよ。あ、びっくりするかもしれないから先に言っておくけど。アイツ、ちょっと面白いところがあってね。恐竜の種類ごとに名前をつけてるんだ」
「名前? Tレックスみたいな愛称っぽいの?」
「少し違うかな。例えばティラノサウルスには、信長。ヴェロキラプトルには、光秀とかね」
「ほ、ほほう。なるほどー。戦国武将シリーズなのね。シブくて可愛いね」
「ふっ。無理しなくていいよ」
目を泳がせて、口元ヒクヒクさせてるのも、可愛くていいな。
「でも、名づけって、そういうものよね。フィーリングっていうか、インスピレーションがしっくりきて、『あ、ハマった』って思うのよ。うちの猫ちゃんたちも、そうだもの」
「あぁ……ターキッシュアンゴラだね。じゃあ、涼香の場合は、歌舞伎シリーズになるのかな?」
なにしろ、飼い猫が『エビゾウとキクノスケ』だから。
「エビゾウとキクノスケ? うん、可愛いでしょ? あ、歌舞伎シリーズって呼び方、いいね! あのね。あの子たちの他にも、もうひとり家族がいるのよ。おばあちゃんの家に」
「え?」
「その子も女の子なんだけどね? まぁ、うちの子たちも活動的なんだけど、もっとお転婆さんっていうか。この前もね――」
涼香のお祖母さんの家で飼われてるという、エビゾウとキクノスケの姉妹がいかに活動的かを一生懸命説明してくれているんだが、気になって仕方ない〝あること〟に、つい意識が飛びそうになる。
いや。この楽しげなキラキラした瞳もとても可愛くて、俺的にはいいんだが。それよりも気になるのは、そのもう一匹の名前だ。
メスでも構わずに『エビゾウとキクノスケ』と名づける、とんでも思考の愛しい彼女のことだ。いったい、どんな名前をつけたんだろうか。
タマサブロウ? それともダンジュウロウ? いや、アイノスケの可能性も……。
「それでね、奏人。その時、クレオパトラがね! いきなり、ピョンって飛びついてきたのっ」
クレ……。
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編9が完結しました!(2026.3.6)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる