4 / 10
第三章
絶望と希望【1】
しおりを挟む柔い冬の陽射しは、傾くのが早い。
「ぁ……んっ」
キスを交わす恋人たちに降る夕光も、わずかな時間で色を変えていく。
「力、抜け」
低く命令を下すチカの恋人の輪郭が、だんだん暗くなる。
「いっちゃ……」
はだけられた襟元に顔を埋める恋人を呼ぶチカの声も、昼間とは段違いに甘い。
「よし、上書き終了。飯、食うか」
甘いひと時は、中低音のぶっきらぼうな美声によって終わりが告げられた。チカの体感では、キスタイムは短時間で終わった感覚だ。
もしかしたら、恋人は腹をすかせているのかもしれない。午後になって宮城邸を訪れた自分に彼が言った、『昼飯は済ませた』というのは嘘で、食事をとるのも忘れて執筆していた可能性をチカは思った。
あーあ、これだから、いっちゃんは。全くぅ。
脱力しきりだ。
レンジで解凍するだけで食べられるメニューを何種類も冷凍庫に常備してあるっていうのに、それさえ億劫がってやらないんだもん。だから心配なんだよ。
「ところで、チカ。念のために言っておくが、今日の上書き、一箇所だけじゃないから後で怒るなよ」
「えっ? ちょっ……あーっ、三箇所もキスマついてる! いっちゃん、何してくれてんのっ?」
シャツのボタンを留め終わった瞬間に言われた言葉に即座に反応。素早く確認すると、壱琉の言う通り、さっき行われた〝上書き〟の箇所が増えていた。
くっきりと朱い痕が三つ、鎖骨の上部に散らばっている。ぼーっと受け入れていたから、気づけなかった。
「なんとなく、今日は数を増やしたくなった。一応報告したんだから怒るなって」
「一箇所だけって約束じゃん。もう、これじゃ、丸首のセーターとか着られないよー」
「大丈夫じゃね? その辺は上手く調節したし。見えるか見えないか、絶妙な場所につけるのがマーキングの醍醐味だからな」
螺旋階段横の姿見でキスマをなぞり、抗議するチカに、ふてぶてしくも綺麗なドヤ顔が悪びれずにまたキスを落としてくる。
マーキングの醍醐味って。そんなニッチな醍醐味、追求しなくていいんだよっ。
唇を塞がれてしまったから、身勝手な恋人への抗議は内心だけで消化だ。
ま、いいか。冬だし。キスマの三つや四つ、五つや六つ、上手く隠せばいいだけだよ。はいはい、許しまーす!
高校卒業まで、『まるで天使のような』と誰からも形容されてきたチカだったが。こと壱琉に対しては、天使というより聖母に近い感覚で慈悲を与えている。
二つ年上の宮城壱琉、チカ目線では手のかかる困った子、という扱いだ。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
悋気応変!
七賀ごふん
BL
激務のイベント会社に勤める弦美(つるみ)は、他人の“焼きもち”を感じ取ると反射的に号泣してしまう。
厄介な体質に苦しんできたものの、感情を表に出さないクールな幼なじみ、友悠(ともひさ)の存在にいつも救われていたが…。
──────────
クール&独占欲強め×前向き&不幸体質。
◇BLove様 主催コンテスト 猫野まりこ先生賞受賞作。
◇プロローグ漫画も公開中です。
表紙:七賀ごふん
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる