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キミとふたり、ときはの恋。【第五話】

冬萌に沈みゆく天花 —告白—【1一2】

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「あっ、秋田に白藤ちゃん、おはよーん!」
「おはよう、武田くん」
 教室に入ると、窓側の最後尾の席から弾けるような笑顔つきの挨拶が飛んできた。季節がどのように移り変わっても、武田くんの笑顔は真夏のイメージ。太陽のように眩しくて、あったかい。
「なぁなぁ、秋田に白藤ちゃん。ふたりとも、例のアレ、今日提出するんかぁ?」
 あ……。
「うん、そのつもりで記入してきたよ」
「そっか。俺もなんだぁ。期限は明日までだけど、今日提出しちゃうー。ところで秋田、大会のことなんだけど――」
 来月開催の剣道大会の打ち合わせを始めたふたりのお邪魔にならないよう、そっと離れて自分の席に向かった。明日が期限の提出物の話題が早々に終わったことに、少しホッとしながら。

 学園祭が終わって、二週間。11月中旬に入ったこの時期に私たち高校一年生が提出する書類、進学希望調査票。二年のクラス分けのために必要なそれは、ここ数日、私の頭を悩ませてきた。
「一応、記入はしてきたんだけど……」
 自信がない。
 バッグから取り出した用紙を眺め、小さな溜め息がこぼれ出ていく。
 記入はしてみたものの、これを提出してしまって良いものか、躊躇してる自分がいる。本当に、これで決定して良いのか、この進路を目指す私で良いのか、って。今更ながらに、そんなことで悩んでる。
 チカちゃんや武田くんみたいに、『将来の自分』に自信が持てない。チカちゃんはお家の事業の手助けのため経営学部に、武田くんはお医者様を目指すため医学部に。ふたりとも、ずっと前からその進路を明言してきてるのに。
 私には、自信を持って言える『なりたい職業』のビジョンがない。まだ、ふんわりとしかイメージできてないの。
 今までの私、何してたのかしら。自分の将来のことなのに、調査票を提出するこの時期になるまでちゃんと考えられてなかったことが恥ずかしい。すごく!

「わぁ、涼香ちゃん、お顔がすごいことになってますよ? ほら、ここ! くっきりはっきり!」
「え? あっ、おはよっ、萌々ちゃん! わぁ、見ないでーっ」
 わーん! やだやだ、恥ずかしい!
 両手で顔を隠しながら挨拶した。
 ひょこっと、お向かいから覗き込んできた萌々ちゃんが『ここ!』と自分の眉間を指差し、私の同じ場所に、くっきりとしわが刻まれてることを教えてくれたから。
「あぁ、これですかー。涼香ちゃんの眉間にくっきりはっきりのシワシワを作ってた原因は」
「うっ……そ、そうなの。記入してみたものの、どうも自信がなくて」
 机に置いた進学希望調査票を一瞥し、にまーっと邪気のない笑みを向けてきた萌々ちゃんに、こくんと頷いた。両手の中指で眉の上を撫でつけながら。
 くっきりはっきりのシワシワ、取れたかしら。

「ちゃんと志望の学部まで記入できてるなら、それで充分じゃないですか。煌兄ちゃんなんか、去年、白紙で出してましたよ」
「えっ? そっ、それでどうしたの? 煌先輩、どうなったの? これを出さないと二年のクラス分けが出来ないよね? あれ? でも煌先輩、確か2年1組……」
 眉の上の皮膚を引っ張るのをやめて、前のめりで尋ねた。
「そうです。白紙提出なのに2年1組。この時期は、学部を明記しなくても内部進学か外部受験かの表明だけでもいいみたい。だから涼香ちゃん、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。ちなみに私も生活科学部志望です。涼香ちゃんと同じですね」
「わ、萌々ちゃんも? じゃあ、来年も同じクラスになれるかもね」
「ですです」


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