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キミとふたり、ときはの恋。【第五話】

冬萌に沈みゆく天花 —告白—【5一1】

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「萌々ちゃんのおばあ様のことはチカも知ってるし、お見舞いに行きたい涼香ちゃんの気持ちもね、とっても良くわかる。ご病気なら、尚更」
「……うん」
「でもね、きっと土岐くんは、チカ以上にそのことをわかってると思うんだ」
「うん。私も、そう思う」
 ぽつりぽつり、静かなやり取りが続く。
 チカちゃんは、教室で待っててくれた。
 土岐くんと話し合うべきだって勧めたのは自分だからって言ってたけど、教室に戻った私の頭を撫でてくれた手がとても優しかったから、話し合いを勧めた責任感だけで待っててくれたわけじゃないって、わかる。
 美味しいケーキがあるよって、お家に誘ってもくれたけど、それはお断りして私の家に来てもらった。

「それで、今、敢えて尋ねるんだけど、涼香ちゃんはどう? 土岐くんの気持ちを察すること、涼香ちゃんはしてきた? 察せられてる?」
「私、駄目。全然、出来てなかった。少しも、なんにも気づいてなかったの。私、自分のことばかりで……」
「うん」
「奏人のこと、見えてなかった。表面しか見てなかったの」
「そっか」
 私を奏人のもとに送り出したチカちゃんは、私より奏人のことが見えてた。
 教室に戻った時、「ごめんね」って言われた。「荒療治のつもりだったんだよ」って。沈んだ顔で戻った私に、「余計にこじれる可能性にも気づいてたのに、ごめん」って。

「涼香ちゃん。じゃあ、こう考えようよ。『なんにも気づいてなかった』ことに、今、気づけて良かったって」
「ほんと? 遅くない? 取り返しがつかないようなことになってない?」
「大丈夫。『送っていってあげたいけど、出来ない』って別れ際に言ってくれたんでしょ? 部活があるから駄目っていうより、今日は頭を冷やしたいからって理由だと思うよ」
「そう、かな」
 チカちゃんが断言してくれると心強い。その通りかもって思える。でも、どうしても不安が拭えない。
 だって、チカちゃんが教えてくれた。先週、私がドタキャンしたパーティーで交わされた会話のことを。

 奏人の弟、幸音ゆきとくんと武田茉莉ちゃんの合同お誕生会。せっかく誘ってもらってたのに、私はおばあ様の病院に居ることを理由に欠席した。容態が急変したから、ということもあったけど。恩人さんの傍にいたい、という欲求が最優先になったから。
 奏人のお母様からケーキ作りのお手伝いを頼まれてたのに。
 私、何も考えてなかった。おばあ様の容態以外のことは何も考えずに、『行けなくなりました』って連絡した。謝罪はたくさんしたけど、気にしなくていいと奏人のお母様が優しいお声がけをくださったから、それで済んだと思ってた。
 でも、それで済むわけなかった。

 パーティーに呼ばれてた奏人の幼馴染たちには、私の欠席理由が不可解だったらしい。
 花宮先輩のおばあさんの容態が急変したことで、どうして白藤さんが誕生会をドタキャンするのかって。武田くん、都築さん、瀧川さんが不審がって、少し微妙な雰囲気になってたって。
 それに、幸音くんと茉莉ちゃんは涼香お姉ちゃんが来なくて寂しいって言ってくれてたって、さっきチカちゃんが教えてくれた。
 『恩人さん』のことを知ってるチカちゃんが上手く取りなしてくれたということだけど、お誕生パーティーでの一連のことを奏人が何も言わないから、私は気づけなかった。
 ううん、違う。何も言わないから、じゃない。奏人はそういうことを言わない人だ。

 私が欠席したことでちょっと拗ねた幸音くんをなだめたり、武田くんたちから私の欠席に関して質問が集中したことを、こんなことがあったよ、なんて、わざわざ知らせたりしない。
 ただ、三年前に亡くなった双子の妹、歌鈴かりんちゃんのぶんのケーキもお皿に取り分けた時、涼香お姉ちゃんも一緒に食べれば良かったのにと幸音くんが零したことに、静かに微笑んで頭を撫でてたと聞いたから、やっぱり私のわがままで奏人を困らせてたんだと知った。
 その時の奏人はいつになく寂しげに見えて、どうにも忘れられないんだとチカちゃんが痛そうな表情で教えてくれたから、私は本当に罪深い。

 ——俺は、ずっと我慢してたよ。
 自分勝手な甘えで、大切な人を追い詰めていたんだと、ようやく気づいた。


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