武田慎吾の災難

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武田慎吾の災難

chapter【3−1】

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「……ん……腹……腹がぁ……ん?」
「起きたか?」
「え? 土岐? あれ? ここ、どこっ?」
「病院だ」
「病院っ? えっ、なんで? あっ、てゆうか試合は? 俺、勝ったんかなっ?」
 見知らぬ場所で目覚めたことよりも、寝てる自分を覗き込むようにしてくる奏人の顔の近さにテンパった武田だったが、すぐに試合のことを思い出して試合結果について尋ねた。
「覚えてないのか? お前、最後に面ありで二本目を取って勝った後、いきなり腹抱えてその場にうずくまって、そのまま意識失ったんだぞ」
「えぇっ! マジっ? それで病院なのかぁ。ん? じゃあ団体戦は? 団体戦はどうなったんだ?」
「お前が退場した後、高階と秋田が続けて勝って勝利した」
「うわ、すげぇ。ストレートで勝ったんだ。あ、でも……えーと、もしかしなくても、俺がこんなんなったから、当然その後……」
「そうだ。一試合目は勝ったが、今回、補欠を申請していなかったからな。お前が抜けたせいで、二回戦は棄権になった」
 武田が顔を強ばらせつつ言葉を濁したその後を、いともあっさりと奏人が引き継ぎ、バッサリと切って落とした。

「ご、ご、ごめんなさい。俺っ」
 どうしよう? 今日のために皆がどれだけ頑張ってきたのか、俺は知ってるのに。
 バスケ部のきつい練習の合間に、何とか時間を作って、皆で稽古してきたのに。それを、全部無駄にしたんだ。
 俺ってば! 俺ってば、大ばかじゃんんんんんっ!
「お前、悪いと思ってるのか?」
「へっ?」
「本当に、悪いと思ってる?」
「土岐? あの……え?」
 ん? んんん? 何が、起きてる?
 土岐に頭を下げてたはずが、いつの間にか、何でこんな体勢になってんだ? 俺。
 ベッド上で身を起こし、奏人に向けて頭を下げていた武田の頭が、トンっとぶつかった先。そこは、奏人の胸元だった。つまり、立ち上がった奏人に頭を抱えられている状態。
「え? え? えぇっ?」
 これ! これっ! もしかして俺、抱きしめられてるんか? 土岐にぃぃっ?
「と……」
「動くな」
「はっ、はいぃーっ!」
 有り得ない現状に脳内処理が追いつかずジタバタしていた武田だが、奏人の命令ひとつで、その動きがピタッと止まる。
 まさに、飼い犬。気持ちいいほどの、躾の行き届いた飼われっぷりである。

 えーと、えーと……俺、どうしたらいいんだ? 土岐が『動くな』っつーから、おとなしくしたけどさ。土岐の動きも止まったまんまなんだけど?
 俺、いつまでこうしとけば……あぁ、けど土岐ってば、相変わらず良い匂いだよなぁ。剣道着なのに。
 色々と混乱中にもかかわらず、自身の欲求を我慢しきれなかった武田は、それとバレないようにこっそりと深く息を吸い込んだ。
 はわわわぁ……ヤベぇ! 俺、これ好き。
 目の前にある、奏人が身につけている濃紺の剣道着。きっちりと合わせられた胸元の印象が、ストイックであればあるほど。ほんの少しだけ汗のにおいが混じった奏人の薫りに、武田の目はトロンっと蕩けていく。
「武田、覚えてるか? 俺との約束。――いいか?」
「え? うん」
 ひっそりと落とされた問いに、わけもわからず武田が頷いてみせる。
 すると、眼鏡の奥で奏人の目が、すーっと細められた。ひどく満足げに。
「俺を見ろ」
 つと、身体を離した奏人の両手が武田の頬に触れ、その指先が顎とこめかみに滑っていく。
 武田の瞳を覗き込みながら、妖艶に笑った奏人の顔が近づき、至近距離で斜めに傾《かし》いだ。

「うぎゃっ! 痛っ! 痛たたたたっ!」
「静かにしろ、病室だぞ」 
「だって痛いって! うおっ! いてててててっ!」
 武田の顎をするりと撫でた奏人の指は、直後ソレをがっちりと掴み、もう片方の手が握り拳となってこめかみをグリッと押さえつけるための支えになっていた。
 つまり、いま武田は、奏人によってこめかみをグリグリと抉られる、お仕置きの真っ最中。
「やめっ! 痛たたたっ! もう、やめてくれようっ!」
「俺との約束、覚えてるって言ってたじゃないか、さっき。お前が言ったんだぞ? 『大会で不甲斐ない試合したら、自分にお仕置きしてくれてもいい』って。まさか、覚えてないのか? ん? どうなんだ?」
「うおぁっ! さっきよりグリグリがパワーアップしてるって! 約束は覚えてるけど! 覚えてるけど、ごめんなさいっ! ギブ! ギブぅぅぅっ!」
 そんな約束したこと、すっかり忘れてたなんて、口が裂けても言えねぇ! 恐ろしすぎて、土岐に言えるワケねぇっ!
「なんだ、もうギブアップか? 音を上げるには、まだ早すぎるだろうが。ほら、これはどうだ?」
「ふぎゃああぁぁーっ!」
 約束を忘れ果てていたことを奏人に見抜かれてるとは、露ほども気づいていない武田。涙目で許しを乞うものの、こめかみグリグリの刑は、その後も数分間続いた。


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