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弐
濡れる朝顔の、儚さと… 【十二】
しおりを挟む「――建殿」
「……ん……」
「起きてください。建殿」
「……あ、あれ? 寝て、た? 嘘だろう? いつの間に?」
「はあぁ……いつの間に、ですって? 覚えておられないのですか?」
目をこすり、明らかに寝起きの様相できょろきょろと周囲を見回している建殿に、呆れた溜め息が零れ出る。
「建殿。あなた様は、儀式の準備が終わるなり、その場でうずくまって眠り込まれたのですよ。声をかけても揺すっても起きる気配がなく、仕方がないので儀式が終わるまで最寄りの木の根元で眠っていただいていたのです」
「儀式? あぁ、そういえば、何やら陰陽の術に使うとかで、樒《しきみ》の葉を地面にばらまく手伝いをしたなぁ。そうだ。それで、辺りがすっかり暗くなったなぁ。もう夜なんだなぁって思ってぇ……そうしたら、それからの記憶がないよ。あははっ」
「『あははっ』じゃありません! 全く! ご覧ください。もう朝ですよ。つまり、あなた様は日暮れから今までずっと、呑気に眠りこけられていたというわけです。私たちが一睡もしていないというのにね!」
美しい朱鷺《とき》色が広がる東の空。そこから輪郭を覗かせつつある朝陽を指差し、まだ眠そうに欠伸を噛み殺している相手にきつい口調が漏れ出ていく。
妖《あやかし》を見つけるべく、真守殿と私が一睡もせずに儀式にいそしんでいる間、驚くほどの熟睡ぶりをこの人は見せてくれていたのだ。
「建殿はいつもお気楽で、本当に羨ましいです」
いきなり、ばたっと眠りに落ちられた時は、本当に焦りました。何かの病かと、たいそう心配しましたよ?
「きっと、何の悩みもないからでしょうね!」
それに、死んだように眠りこけておられるし。こうして目覚められるまで、ずっと気を揉んでおりました。
「失礼だな。私にだって悩みはあるぞ。しかし光成、悪かった!」
「え?」
憎まれ口が止まらなくてどうしようと考えていた私に、突然、建殿が頭を下げられた。
「お前の袍《ほう》も袖も、かなり汚れている。眠ってしまった私を運ぶ際に汚れたのであろう? そちらにいる陰陽生《おんみょうせい》の少年の狩衣《かりぎぬ》も同様だ。無理やりついてきたくせに役立たずで、本当に申し訳ない」
「あ……い、いえ、この汚れは、そのせいばかりではないので……儀式の後片づけや、その他諸々で汚れましたから、建殿が気になさることはございません。ねぇ、真守殿?」
駄目だ。まともに見られない。
私の憎まれ口を笑って流し、尚且つ、眠りこけたことを素直に謝罪してくる建殿が向けてくる眼差しが眩しすぎて、まともに見返すなど無理!
「そうですよ。確かに、背丈の大きな蔵人様を運ぶのは骨が折れましたが。俺と光成様は、とても息の合った相方ですから、何の問題もありませんでした。ただ、仁寿殿《じんじゅうでん》、清涼殿《せいりょうでん》、それから紫宸殿《ししんでん》と儀式の場を移す度に、蔵人様をお運び申し上げるのは面倒くさかったです。かなり」
「えっ、そんなことをしてくれてたのか? うわぁ、本当にすまん!」
「も、もうよろしいです。いい加減、頭を上げてください。それより、一度、邸に戻りましょう。建殿の袍《ほう》も汚れておいでですよ?」
一睡もしていないが、身なりを整え、また参内《さんだい》せねば。頭《とうの》中将様に、御報告申し上げねばならない。“儀式の失敗”を。
「お、おぅ、そうだな。寝ているばかりだったが、私も汚れているな。ところで陰陽生《おんみょうせい》、その儀式とやらは上手くいったのか?」
「いいえ、空振りでした。もしかしたら樒《しきみ》の葉が足りなかったのかもしれません。俺の不手際です。光成様、申し訳ありません」
「私に謝罪は不要ですよ。真守殿もお疲れ様でした。それに、今回は時機が悪かったのでしょう。一日空けて、明晩にでも、またやり直すことといたしましょう」
そう、やり直しするしかない。妖《あやかし》を見つけるまで、何度でも。
「ほう、なるほどー。とすると、私が地面にばらまく手伝いをしたあの樒《しきみ》の葉を使って妖《あやかし》をあぶり出し、退治する段取りだったというわけか」
「左様です。樒を差した水は腐りにくいでしょう? あの葉には、妖《あやかし》絡みの効能があるのです」
紫宸殿《ししんでん》前で真守殿と別れ、建殿と内裏を出る道すがら、事の次第を説明。
内密の御役目だが、建殿は、お間抜けな仕事ぶりに反して口は堅いのだ。まぁ、念のための口止めはしておくが。
「けれど建殿、先ほども申した通り、このことは他の蔵人様方には内密でお願いいたしますよ?」
「わかってるって! それより、そんな危険な御役目を一介の陰陽生《おんみょうせい》とお前のふたりだけに任せるなんて、おかしいだろ。次回も私がついていくからな!」
以前も真守殿と組んで似たような問題を解決してはいるのだが、そのことには触れないでおこう。
私の身を案じてくれていることが、かなり嬉しいから。
「あの嫌みったらしい頭中将様は、いったい何を考えておられるのだ!」と、とても中将様には聞かせられない独り言を口にされていることも、誰にも秘密にして差し上げますね。
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