妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
13 / 79

濡れる朝顔の、儚さと… 【十一】

しおりを挟む


「ままっ、真守殿! お戯れが過ぎます! あなたがおっしゃったこと、私には何の心当たりもないことです!」


 いや、ある。心当たりは、ありすぎるほどにある。


「おふざけは、いい加減になされてくだいねっ。迷惑ですから!」


 しかし、それを認めるわけにはいかない。なぜなら――。


「こちらの建殿は、“いつも迷惑をかけられている、単なる同僚”です。先ほどのような邪推は、二度となさらないでください!」


 真守殿が疑問に思ったことは、半分、合っている。


 私たちふたりの衣《きぬ》に焚きしめられている薫りが同じなのは、『偶然』ではない。


 建殿がいつも衣に焚きしめている沈香《じんこう》と丁字香《ちょうじこう》、それに甲香《こうこう》の配分を、私が真似ているからだ。


 好きな人と同じ薫りを纏いたいと、思ったから。


 そうすることで、少しでも、この人に近づけるような気がしたから。


 真守殿がおかしな邪推をした、互いの衣と衣を重ねて一夜を共にする恋人たちが纏う移り香のことも、ほんの少しなら考えた。


 が、それは恋人同士のような後朝《きぬぎぬ》の別れを、建殿と経験したいからじゃない。


 自分が建殿にとって、そんな対象になりうる存在だとは欠片も思っていない。


 けれど、同じ薫りを焚きしめることで、いつでも建殿に包まれているような、そんな気分に浸ることくらいは許してもらおうと。


 そんな、図々しくも儚い夢を、愚かな私は見てしまっていたのだ。


「光成様、申し訳ありません。俺、大変失礼なことをお尋ねしてしまいました」


「……っ。い、いえ。私こそ、大声を張り上げてしまい、お恥ずかしいです」


 ほんの数瞬、自分の物思いに沈んでしまっていた。


 だから、ごく間近から真守殿の声が届いたことでとても驚いたのだが、かえって、それで我に返ることができた。


「冷静に考えれば、光成様とそちらの蔵人様は男性同士なのですから、後朝《きぬぎぬ》の別れを交わす間柄のわけはなかったのに。本当に申し訳ないです。俺、職業柄、鼻が利くもので薫りが気になって、つい要らぬことを申し上げてしまいました。悪気はなかったんです」


「も、もうその話題は、勘弁してくださいっ」


 我に返った後だからこそ、居たたまれない。


 『後朝《きぬぎぬ》の別れ』と、改めて口にされると余計だ。


 先ほどと同じく、身を寄せての囁きで謝罪してくれているから、建殿にこのやり取りが聞こえていないことだけが救いではあるのだが。


「あ、謝罪するつもりが、さらに追い討ちを……すみません。では俺は、あちらの方を――」


 大げさな身ぶりではあったが、耳を塞いで『勘弁してください』とお願いしたおかげで、真守殿の追い討ちは止まった。


 良かった。これで、ほっと、ひと息つけ……。


「あの、お付き添いの蔵人様? 大丈夫ですか?」


 いや、全然良くはなかった。


「たっ、建殿! 壁にめりこませてしまい、申し訳ございません!」


 すっかり意識の外に追いやっていた建殿の現状をやっと思い出し、蛙《かわず》が飛び上がったような姿で情けない有り様をさらしている人のもとへと、急いで駆け寄った。





「……痛たたたたっ。鼻がっ……私の鼻がぁ」



――ぴくんっ


「おぉ、痛い。いやぁ、ひどい目に遭った。鼻が潰れてしまうかと思ったよ」


「……っ」


「あー、本当に痛かった。まさか、あんな目に遭うとは思ってもみな……」


「建殿っ、いい加減になされてください。もう幾度もお詫び申し上げておりますでしょう? ですのに、いつまでもそのように嫌みったらしくっ」


 あー、苛々する! 悪いことをした自覚はあるから、誠意を込めてあんなに謝罪したというのに。


 この人ときたら、助けに走った私に恨みがましい目線をくれた直後から、ずっとこんな感じなのだ。


 まるで見せつけるように鼻をさすっては、ぐちぐちと『痛い』を連呼して。しかも、どういうわけか、それを私の右横にぴったりとくっついて聞かせ続けてくる。


 私の左側には真守殿が、これまたぴったりと並んでいるから、両肩にふたりの身体が密着しているという、至極歩きにくい状態だ。


「あなた様のお鼻はもとから潰れておりますから、多少へこんでいても大差ありませんよっ」


 苛つきのあまり、こんな憎まれ口をきいてしまっても仕方ないと思う。


「何だと? 私の鼻のどこが潰れているというのだ。確かに、私は平凡な顔立ちだが、鼻は潰れてないぞ。ちょっと自分が『相当な美形』だと思って、『ごく普通』を馬鹿にするなっ」


「びっ、びびっ……えっ?」


 びっ、びけ……美形?


「うあぁ、なんだか、むかついてきたぞ! おい、光成! いつもいつも、私がうっとりとお前に見惚れていると思ったら大間違いなんだからな! 刺々しい美人もとても良いが、たまには内面も可愛くなれ!」


「え……いつ、も? うっと……え?」


 なんだ? 建殿は、今なんと言った?


 聞き間違いでなければ、わ、私のことを、いつもうっとりと見惚れ……?


「たっ、建殿っ。あの、今のお言葉は……」


「光成様、ここで始めましょう。お付き添いの蔵人様は、こちらにいらしてください。お手伝いをお願いしたいのです。ささっ、こちらに!」


 あ……。


 聞き間違いかどうかを確かめるべく建殿の袖を掴もうとした私の手は、相手に届く前に、その対象を失った。建殿をぐいぐいと引っ張って、先を歩き出した真守殿によって。


 宙に浮かんだままの手をぐっと握り込み、そのまま胸元へと持っていく。鼓動が跳ね上がり、どくどくと脈打っている、その場所へと。


「はあぁ……」


 大きく息をついた。


 どうしよう。鼓動がおさまらない。きっと、顔も赤い。


 これから大切なお役目をこなさなければならないというのに、こんなことでは……。


「光成様、よろしいですか?」


「はっ、はい。今、参りますっ」


 駄目だ。こんなことでは、いけない。


 切り替えろ、光成。狼狽えたまま仕事に取り組むなど、主上《おかみ》の御用を務める蔵人として、あってはならないことだぞ。



――ぱちんっ!


 両頬を思いっきり叩《はた》き、気合いを入れ直す。


 よし!


 正面を真っ直ぐ見据え、背すじをぴんと伸ばす。そうして、静かに踏み出した。


「真守殿。では、よろしくお願いいたします。――儀式を始めましょう」


 真守殿の陰陽の術で、内裏《だいり》に巣くっている妖《あやかし》を見つけ、退治するのだ。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

処理中です...