妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

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散ずる桔梗に、宿る声 【三】

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「見つけた! あそこだ!」



――ふぎゃーっ!


「真守、私は横に結界を張る。お前は縦の結界を!」


「はい、叔父上!」



――ざっ!


「光成様。結界を張りますから、俺の後ろに!」


「はい!」


 いた。



――ごぉっ!


「くっ。なんて、すばしっこい。霊波がことごとく、かわされる。光成様、俺の後ろから離れてませんよねっ?」


「ここにおりますよ。安心して妖《あやかし》に集中なされてください」


 本当に、いた。妖猫が。


 気配の残滓を求めてやってきた宜陽殿《ぎようでん》ではなく、その東に位置する御輿宿《みこやどり》に。


 その戸の前で身体を丸め、堂々と眠っていたのだ。


「叔父上! こいつ、身体から火を発してます!」


 しかも、どうしたことか、全身を覆っている白い体毛から同じ色の焔《ほのお》が、ちりちりと立ちのぼっているように見える。


 そして、その姿でちょこまかと動き、基射様たちの術をかわして逃げ回っている。


 これは、いけない。御輿宿《みこやどり》は祭礼用の御輿をしまっておくための倉。


 歴代の御物《ぎょぶつ》を収納している宜陽殿《ぎようでん》ほどではないが、御輿も主上《おかみ》の大切な品であることには変わりなく。この妖《あやかし》の焔が飛び火したら、大惨事になってしまう。


「叔父上、この焔はっ……」


「わかっている。まずは水の式神を呼ぶ。――佐保《さほ》! 来い!」


 基射様が宙に投げた霊符《れいふ》から、白銀色の長い髪を持つ、ほっそりとした少女が現れた。佐保《さほ》という名の式神なのだろう。


 『水の式神』というだけあって、南都《なんと》(奈良県)に流れる川と同じ名だ。瞳の色も、空の色を映す水のごとく、美しい水縹《みはなだ》色をしている。


「なぁ、光成? 式神とは、陰陽師が呪《しゅ》をかけて使役する存在のことだよな? とすると、賀茂様が呼び出された、あの白銀色の少女も妖《あやかし》か?」


「そうなりますね。『水の式神』ということですから、水に関する能力を持っているのでしょう」


「そうか。では、妖猫の身体が燃えていることについてなのだが。焔を纏ったあの姿でずっと内裏をうろついていたなら、なぜ今まで一度も火事が起きていないのだ? おかしくないか?」


「おや、珍しい。たまには冷静な指摘をなさるのですね。しかし私も同じ疑問を抱いておりましたよ。あの体毛に纏わりついている焔は、もしかしたら、妖《あやかし》が何かを燃やそうという意志を持った時にしか火の役目を果たさないのかもしれません。単なる推測ですが。――それより、あなた。なぜ、ずっと起きているのです?」


 やっと、一番聞きたかった質問ができた。


 ふたりの陰陽師が妖猫相手に術を繰り広げている背後で、のんびりと会話を仕掛けてきた相手に。


 妖猫が身に纏っている焔の謎よりも、私はあなたの現状のほうが、ずっと疑問ですよ。


 なぜ、妖《あやかし》と遭遇した今日に限って、ずっと起きているのですか!


 『役立たずの居眠り男』は、どこへ行ったのです!


「えー? なぜ起きてるか? それはだな。いつもいつも居眠りしてたら、そのうち『役立たずの居眠り男』呼ばわりされるかもしれないだろう? だから今日は、仕事中に塗籠《ぬりごめ》できっちりと昼寝をしておいたのだ。そのおかげで、今はすっきり覚醒できている!」


「なん、ですって? 昼寝? 仕事中に? どうりで、塗籠に文書を持ち込んだまま、なかなか出てこないと……まさか、あそこで昼寝をしていたとは」


 なんということだ。


 確かに、珍しく建殿がやる気を出していると思ったのだ。が、ひどく真剣な表情で塗籠に向かっていたものだから、うっかり安心してしまっていた。


 私としたことが、疑うことをしなかったのだ。


 『役立たずの居眠り男』呼ばわりされるかもしれないと、そういうところだけは妙に勘のいい、期待を裏切らないこの人のことを。


 仕事中に『“きっちりと”昼寝をしておいた』などという恥ずかしい口上を、得意満面の表情でしれっと言ってのける、至極残念なこの人のことを!


「ふーん。あの妖猫、本当に尻尾が二股に分かれているんだなぁ。『猫又』なんて初めて見たぞ。おぉっ、跳んだ! なんてすごい脚力なんだ。すばしっこいなぁ! すごいすごい!」


 おまけに、うるさい。声も動作も大きい。そんな風に手を叩いて賞賛したりしたら、目立つでしょう。


 基射様と真守殿が前に立って対峙してくださっているにしても、いつ妖《あやかし》があなたを目に留めるか、わからないのですよ?


「建殿、もう少し下がってください。あまり前に出ては危ない……」



――ふぎゃーっ!


「光成様、危ない! 伏せてください!」


……え?


「……っ」


 白い焔《ほのお》。


「光成!」


 視界の全てが、真っ白に染まった。


「光成様!」


 手にしていた弓に、矢をつがえる間もなかった。


 眼前に迫りくる真っ白な焔に、ただ飲み込まれ――。


「何してる! 馬鹿っ!」



――どんっ!


「わっ!」



――どさっ!


「いってててててぇ……」


 え?


「あっ! おい、大丈夫かっ?」


 何……?


「おい、光成! なぜ喋らないんだ。どこか怪我でもしたか? おいっ!」


「……た、ける……殿?」


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