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番外編(壱)
夢か現(うつつ)か、沫雪の 【一】
しおりを挟むまっしろ。
まっしろだ。
しろい、お花。きれいな、お花。
「うわぁ、つめたーい!」
とてもとても、つめたいお花が、お空からおちてくる。
ふわふわの、しろいお花だ。
うすずみ(薄墨)いろのお空から、手のひらに、あたまに、ほっぺに、たくさんたくさん、おちてくる。
「ふぁー、つめたいなぁ。ぎゅってしたら、ゆびがちぎれそうなくらい、いたくて、つめたい」
手のひらにのった、つめたいお花をぎゅっとにぎると、つめがぴくぴくとふるえた。
「朝香丸《あさかまる》様、いつまでお庭にいらっしゃるのですか? おぉ、雪まみれではないですか。早く母屋《もや》にお戻りください」
「あっ、のりちかー! しろいお花がたくさん! へろへろ! へろへろだよ! あははっ! つめたい、つめたーいっ」
「『へろへろ』ではなくて、雪ですから『はらはらと降る』ですよ。朝香丸様はいつも可愛らしい言い間違いをされますねぇ。まだ六歳ですから、仕方のないことでしょうか」
ぐるぐる、ぐるぐる。まっしろなおにわをかけまわっていたら、けにん(家人)の『のりちか(規親)』がやってきた。
でも、いつもにこにこしてるのりちかなのに、こまったおかおしてる。どうしてかな?
「して、朝香丸様。後ろに引き連れておられる童《わらべ》は、どちらのお子ですか?」
「えっ……うわわっ! 君、だれ? いつから、朝香丸のうしろに……」
「ねぇ、どうして?」
「へっ?」
「どうして、さっき、お口をあけていたの? あーんって、すごくおおきなお口をあけて、おまぬけなかおで空をみあげてたのは、なぜ?」
「え……」
とつぜん、しらない子にはなしかけられて、とてもおどろいた。
「まさか、ゆきをたべてみようって、おもったの? そんなことして、なにになるの?」
朝香丸のそでをつかんではなさないその子の手は、ゆきのようにまっしろで――。
「ゆきをたべて、たのしい? ゆきは、おいしいの? おいしくないでしょう? おまぬけなかおでわらってたけど、おいしくないでしょう?」
二回も『おまぬけなかお』って言ったくちびるは、ゆきにおちた、あかいつばき(椿)のよう。ぷるぷるしてて、目がちかちかするくらい、まっか。
「おいしくないものを、あーんってして、なにがたのしいの?」
くいっとくびをかたむけてゆれた、かみの毛。朝香丸のみづら(美豆良)とはちがう、せなかにたらした、ふりわけがみ(振り分け髪)。この子、おんなのこ(童女)だ。
うわぁ、こんなにきれいなおんなのこ、はじめてみた! おさななじみの櫛子《くしこ》もかわいいけど、この『ひめぎみ』はぜんぜんちがう!
ゆきでつくった『かんのんさま』みたいに、とてもとてもきれい!
「それから、ただのゆきに、こんなにはしゃいで、ひまなの?」
「うん、ひま! ひまなんだ。よくわかったね。だから、君、いっしょにあそんでよ。ねっ?」
きれいな『かんのんさま』の手をにぎって、あそぼうとさそった。
いきなりだけど、かまわない。このひめぎみだって、朝香丸のそでをいきなりつかんで、たくさんしつもんしてきた。
それに、べにつばき(紅椿)みたいな、あかくてきれいなくちびるから、つめたいことばばかり出てくるのは、もったいない。
わらわせて、あげたい! だって、とてもきれいなおんなのこ(童女)なんだから。
「ねっ、いいでしょ? それに、ゆきはおいしいよ? あそんでくれたら、おいしいたべかた、おしえてあげるっ」
「え、おいしい、の? ほんとに? おしえてくれるの?」
「うん、もちろん! じゃあ、あそぼ!」
「う、うん」
「のりちか! この子とあそんでくるから、朝香丸はまだかえらないよ!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
お空からおちてくるお花との、たったひとりの、たわむれ。ひとりでさびしかったけど、だれにもそれは言えなかったから、あかるくわらってた。
ひとりぼっちでも、たのしいふりをして、わらってあそんでたんだ。
でも、こんなにきれいでかわいい子があそんでくれるなら、たのしいふりをするひつようはない。
「あははっ!」
手をつないではしるだけで、こんなにたのしくて、うれしいんだもの!
「ねぇ、君。おなまえ、おしえて?」
「いすず」
おやしきから、ひとりで出てきてしまったという『いすずひめ』は、さがしに来たけにん(家人)につれられて、すぐにかえっていってしまった。
「これ、あげる。『いすず』みたいにきれいだとおもったから、あげるっ。もってかえって!」
朝香丸がむりやりおしつけた、ふゆのふかみぐさ(冬牡丹)を手に、ふりかえりながらかえっていった。
えらんだのは、べにいろの花。『いすず』のくちびるの色だ。
べにつばき(紅椿)がなかったから、ふかみぐさ(牡丹)にした。でも、それでよかった。
ふかみぐさは、花の王。はなやかで、きれいな『いすず』にぴったり。
「いすず……また、あえるかな。あえるといいな」
『またね』と、たくさんふりすぎて、力が入らなくなった手のひらに、ゆびで『いすず』と書く。こうしたら、またあえる気がして。
新年をむかえるまえに、はじめてのゆきがふった日。みやこから、とおくはなれた、なら(平城)のおくやま。はせ(初瀬)のお寺のしゅくぼう(宿坊)で、かんのんさまのようにきれいなおんなのこ(童女)と出会った。
けれど、つやつやのくちびるからはおんなのこ(童女)とは思えない、ずけずけとした、きついことばばかりがとび出してきてた。
かわいいけど、こわくて、こまった『ひめぎみ』でもあった。
その、ちょっとこわいところが、朝香丸にはとてもおもしろくおもえて――。
「……うん、ちょっと怖かったんだよ。でも、とても綺麗で可愛くて。だから、あの子が私の初めての恋の相手なんだ。きっと……でも、どうして私は思い出してしまったんだろう。“こんな時”に! うあぁ、私の馬鹿!」
「おや、酷い失敗をやらかしたというのに、頭を抱えてじっとしているだけとは、どういうことです? そんなに呑気にしていられる御身分でしたか?」
――びくんっ!
「み、光成っ」
「蒼白な顔で人の名を呼ぶ暇があるなら、手を動かしなさい。あなたのしでかした今回の不始末、挽回の時間は限られてるんですよ。黙って見ていれば、いつまでもぼーっとして! ほら、さっさとやる! 手を動かして!」
「はい、やります! ぼーっとしてて、すみませんでしたーっ!」
幼少時、家族揃って初瀬《はせ》寺詣りに出かけたものの、御堂に泊まり込みで念仏を唱える両親とは別の宿坊に家人と泊まることになり、独りぼっちで寂しかった自分。
それを口に出せず、明るく振る舞っていた自分にぐいぐい切り込んできて、笑顔と、淡い恋心をくれた姫君――――『いすず』。
再会を切望していたにも関わらず、初めての恋の相手とは二度と会うことは叶わなかった。
貴族の姫君なら邸から出ることはないから当たり前だが、当時四歳と言っていた『いすず』だから、お寺詣りならば再会の機会は幾らでも巡ってくると期待していたのに。
「お、終わった……やった。やりきりました! 失敗の挽回、できたぁぁ」
「ふん。私の想定よりは時間がかかりましたが、まぁ良いでしょう。お疲れ様です」
「光成」
「なっ、なんですかっ? この手は何ですかっ?」
だが、思い出の中の姫君よりも、目の前の人物のほうが、私にとっては段違いに魅惑的だ。
「ん? 『この手』は何となく繋いでみたくなったんだ。それより、いつも私の不始末につき合ってもらって済まない。疲れたろう? お詫びに何か贈りたいのだが、欲しい物はあるか?」
「べ、別に。これくらいのこと、何でもありません。あなたの失敗の後始末をするのは、不本意なことに慣れてますしね。そ、それに同僚なんですから、私には詫びも礼も必要ありませんっ」
「本当に? 何も、要らない?」
恐ろしく冷たい表情で私を叱責し、礼など要らぬと素っ気なく一刀両断。これが私の同僚、怜悧で辛辣な藤原光成。
「……っ……で、でしたら、ひとつだけ」
「うん、何でも言ってくれ」
「今ここで、口づけを」
「承知した」
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