妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
60 / 79
番外編(壱)

夢か現(うつつ)か、沫雪の 【二】

しおりを挟む


 私の想い人は、なんと不器用で愛らしいのだろう。


「んっ……たける、どの」


「わかってる。口づけをねだってみたが、あまり長引いて誰かに見られては困るのだろう? そのために几帳《きちょう》の陰に隠れたのだが。大丈夫。すぐに切り上げるから」


 真面目な光成を安心させるために言ってみたものの、すぐに切り上げるのは実は名残惜しい。ここが、我らが職場、蔵人所であっても。


 何せ、口づけを交わしながら私を見る光成は、いつも途轍もなく色めいていて、離れがたいのだ。


 特に、左目の下の泣き黒子《ほくろ》。これが、いけない。


 潤んだ瞳との相乗効果で凄絶に艶めかしく、こちらの官能が煽られる。堪らない。


 誰に知られても良いから、このまま押し倒してしまいたい欲にかられてしまう。


「光成?」


「……っ……ぁ、はい」


「唐突な問いで悪いが、ちょっと教えてくれ。お前の幼名、何というんだ?」


「幼名、ですか? 本当に唐突ですね。『五十鈴丸』ですが、私の幼名が何か?」


「五十鈴《いすず》川の『五十鈴』か……うん、良い名だな。教えてくれてありがとう」


 あれきり一度も再会することはなかった『いすず』は、左目の下に泣き黒子《ほくろ》を持つ、とても美しい『姫君』だった。


 童女のように肩に垂らした振り分け髪と美貌のせいで姫君だと思い込んでいたが、記憶にある『いすず』は、幼い私と同じ半尻狩衣《はんじりかりぎぬ》に指貫《さしぬき》という装束を身につけていた。


 髪を美豆良《みづら》に結っていなかっただけで、れっきとした少年だったのだ。


 なぜ童女の振り分け髪にしていたのかは謎だが、私との二歳の年齢差と、泣き黒子《ほくろ》の位置。稀に見る美貌と毒舌を有していたことから導き出される結論は、ひとつしかない。


 私の初めての恋の相手は、今、目の前にいる――。


「お返しに、私の幼名も伝えておこう。あさ……」


「朝香丸《あさかまる》、でしょう? 存じ上げていますよ。菅命婦《かんのみょうぶ》殿が、いつも親しげに呼ばれていますからね。『あさかちゃん』と」


「……っ、くっ、櫛子のあれを、今、引き合いに出さずとも良いではないか!」


「引き合いに出してはいけませんでしたか? 内侍司《ないしのつかさ》に出向く度に仲の良い場面を見せられているので、少しだけ言ってみただけなのですが」


「光成……」


 驚いた。これは、まさか……。


「光成、顔を上げてくれ」


 夕刻の殿舍。燈台《とうだい》に灯りはまだなく、薄暗くなり始めた空間で光成の頬に触れる。


 耳まで朱く染めて口に出してくれた今の言葉は、もしかしなくとも確実に悋気《りんき》。私と気安く話す幼なじみの櫛子に嫉妬してくれているのだ。


「顔を上げて? 私と目を合わせてほしい」


 おぉ、どうしよう。こんなことは初めてだ。


「駄目、です。顔は上げられません。今は」


 氷のごとき冷たい視線で鋭い毒舌を浴びせてくるのが通常の光成が、もじもじしながら妬心を露わにしてくれている。


「なぜ、駄目? もう一度、口づけたいだけなのに?」


「し、仕方ないですね。もう一度だけ、ですよっ」


 ぞくぞくする。


「許可をありがとう」


「んっ……」


 堪らない。この最上に可愛らしい光成の前では、どんな美姫も霞むことだろう。


「光成、愛している」


 実際、私は首ったけだ。光成以外、誰も目に入らない。


 幼きあの日を、『あさかまる』のことを覚えていなくとも構わない。私だって、唐突に思い出したのだ。


「私も、です。愛していますよ」


 ほら、目を合わせて想いを告げてくれる。これだけで充分。


 降る雪よりも密やかな囁きなのに、私の身体に一気に火をつけることが出来るのだ。なんと希少な相手だろう。


「あなただけ……建殿。ずっと恋してきました。これから先も変わりませんよ、決して」


 そして、ひどく罪作りな恋人でもある。



「光成っ」


 静かに情熱的に。とことん煽るものだから、もう一度だけのつもりの口づけが一度で済まなくなるんだ。


「ん……ふぁ、っ……たけるっ」


 まぁ、良いか。光成も、その気だ。


 冬の夕暮れは、あっという間に過ぎ去る。じきに、入相《いりあい》の鐘も鳴るだろう。


 先ほどから降り《そ》めた沫雪が、清《きよ》らに舞い落ちる濡れ縁。そこに灯を持った雑色《ぞうしき》たちが一斉に姿を現すのも時間の問題。


 だが、しばしの猶予をもらおう。


 あの日と同じ沫雪が降っているから。はらはらと舞う雪が、切ないほどに美しいから。


「建殿、もう少しだけ」


 この夢のような言葉をくれる私の光成が、『あの日』のように沫雪の向こうに消えていかぬよう、きつく抱きしめるのだ。


「あぁ。もう少しだけ、このままで――――僅かな残り時間を、いつもよりも濃密に」


 十五年の歳月を経て、ようやく巡り会えた。強く賢く、たまに怖くて、いつもとても美しい恋人。


 決して離さず、全力で愛おしむ。





言の葉を 持たぬ童《わらべ》に 沫雪の
夢か現《うつつ》か ともに見ゆらむ








-了-
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

処理中です...